【きよぴこ第6話】マイクの熱量と静かなリビング
【きよぴこ:第6話】マイクの熱量と、静かなリビング
2010年代後半。
きよぴこは50代前半になり、今や「コミュニケーションの達人」として、全国各地で講演会を行う日々を送っていた。
かつてのドブ板営業で培った「泥臭い笑い」と、40代の挫折から学んだ「再生の物語」。その二つを掛け合わせた彼の講演は、不況に喘ぐ中小企業の経営者や、人間関係に悩む若手社員たちから絶大な支持を得ていた。
「皆さん、人生なんてね、スベってからが本番ですよ!」
スポットライトを浴び、マイクを握るきよぴこの姿には、1982年のあの中学2年生が持っていた「根拠のない自信」が、本物の「確信」へと変わった輝きがあった。
しかし、そんな華やかなステージから離れ、新幹線で大阪の自宅へ帰ると、そこには50代の男が直面する「静寂」が待っていた。
子供たちは成人して家を出ていき、長年連れ添った妻とは、互いの空気感だけで会話が成立するような、穏やかすぎる関係。
「お父さん、また明日から出張?」
妻が淹れてくれたお茶を飲みながら、きよぴこはふと、自分の「声」が届く範囲について考えるようになった。
何百人を前に話すのは得意なのに、一番近くにいる家族と向き合う時、自分はまだあの頃の「お調子者」のまま、本音をジョークで隠してはいないだろうか。
ある日、講演の帰りに名古屋駅のホームで、黄色いTシャツを着た男を見かけた気がした。
一瞬、心臓が跳ねた。
「……サクサク、か?」
思わず口に出したが、それはただの見知らぬ他人だった。でも、その瞬間、自分の中に眠っていた「1982年の記憶」が鮮烈に蘇った。
あの頃、意味もなく笑い、意味もなく叫び、全力で生きていた仲間たち。
風の便りでは、ケメ子は東京で「本物」だけを扱うプロデューサーとして、更年期の波さえも優雅に乗りこなしているらしい。
やおたは、自分の山に天文台を建て、星を見ながら「宇宙の起源」を本気で語っているという。
ちくは、息子に会社を託し、自分は職人の魂を守るために全国の古民家を救って歩いている。
「みんな、人生の第3ピリオドを、自分の一番好きなフォームで戦っとるな」
きよぴこは、自宅のリビングで、久しぶりに妻の目を見て話した。講演会のようなテクニックではなく、今日見た夕日の美しさや、少しだけ足が疲れやすくなったこと。
50代。マイクを置いて「一人の男」に戻る時間の尊さを、彼はようやく理解し始めていた。
「静かな夜」を振り返った時、「あの時、家族との時間を再発見できてよかった」と、心からの笑顔で言えるように。
きよぴこの50代は、外に向かって叫ぶ情熱を、内側にある「大切な絆」を温める光へと変えていく、成熟の季節となっていた。




