【間話後編】きよぴこ 奪還計画とサクサクの正体
【間話:後編】きよぴこ奪還計画と、サクサクの正体
1982年、土曜日。
本来なら家で『女の60分』の過激なレポートや『モーレツしごき教室』のスパルタぶりを笑いながら眺めているはずの午後。だが、俺、やおた、ケメ子の3人は、駅前の植え込みに身を潜めていた。
「サクサク! 世界をサクサクに! アシスタントきよぴこ、もっと大きな声でサクサクだよ!」
「……サクサク。世界を、サクサクに……(もう嫌だ、帰りたい)」
駅前で虚ろな目をしてチラシを配るきよぴこ。その後ろで黄色い服の男が吠えている。
「よし、作戦開始だ」
俺は屋上を見上げて、大きく手を挙げた。
すると、駅ビルの屋上に「青い仮面」が姿を現した。あおちゃんだ。彼は昨日からの「仕込み」により、今や人間スプリンクラーと化している。
次の瞬間、あおちゃんから放たれた「聖なる雨」が、サクサクの頭上に降り注いだ。
「サクサク!? 予報にない雨だ! きよぴこ、今日はサクサク中止だよ。撤退だ!」
濡れるのを嫌ったサクサクは、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
奪還成功……に見えたが、あいつは明日もまたやってくる。俺たちは根本的な解決を求めて、やおたの家へと向い作戦を練り直すことにした。
やおたの部屋には、弟のちはるも待機していた。やおたとちはるは、昨晩から徹夜で「サクサク」の正体を分析していたらしい。
「河童の僕にはわかるのですが……」
ちはるが、いつになく真剣な表情で口を開いた。
「彼は、人間じゃないです」
「じゃあ何なんだよ!」
俺のツッコミに、部屋の温度がスッと下がった。ちはるが言った。
「彼は……ピカチュウです。妖怪の一種です」
「痛っ!」
ケメ子がちはるの頭をスパーンと叩いた。
「妖怪なんてこの世にいるわけないでしょ」
「でも、これを見てください」
ちはるがクラス名簿を指さした。
「父さんたちのクラスは42人のはずです。でも、教室の机は何個ありますか?」
俺とケメ子は顔を見合わせた。「……43個だ」
背筋に冷たいものが走った。ずっと、数がおかしかったんだ。
やおたが棚から古い和紙の束を取り出した。
「江戸時代の妖怪図鑑だよ。ここを見て……」
そこには、黄色い服を着て『サクサク』と鳴きながら村人を洗脳する、奇怪な妖怪の姿が描かれていた。名は『比蚊忠』。
「僕、何年か前にこいつを見たことがあるんです」
「お前、5歳 だろ……いや、今はいい。どうすればいいんだ?」
やおたが、赤い木の実を改造したような奇妙な球体を取り出した。
「……妖怪球。これに閉じ込めるしかない」
翌日。再びチラシ配りに現れたサクサクの前に、俺たち4人と、先頭に立ったちはるが立ちはだかった。
「サクサクくん、久しぶりだね」
ちはるの言葉に、サクサクの動きが止まった。初めて見る、動揺の表情。
「この世で悪いことしちゃ、ダメだよ」
ちはるが説教を終えると同時に、右手に持ったボールをフルスイングで投げつけた。
カチッ、という音とともにボールが開き、激しい光がサクサクを包み込む。
「サク……サクサクゥゥゥーッ!」
断末魔の叫びとともに、黄色い影はボールの中へと吸い込まれ、最後には静かになった。
……静寂。
きよぴこは解放された。お姉さんへの下心が生んだ悲劇は、まさかの「妖怪封印」という形で幕を閉じたのだ。
俺たちは、足元に転がる赤いボールを見つめていた。
起きたことは現実だ。でも、あまりにも非現実的すぎて、誰も声が出ない。
「……なあ。これ、どうするんだ?」
俺の問いに、誰も答えなかった。ただ、1982年の秋の風が、少しだけ冷たく通り抜けただけだった。




