沈む 泥船と5分間の独演会
【きよぴこ:第5話】沈む泥舟と、5分間の独演会
2000年代後半。きよぴこは40代半ば、人生の「踊り場」に立っていた。
かつての「広告代理店」の華やかさは影を潜め、ネット広告の台頭によって、彼の得意としていた足で稼ぐドブ板営業は「非効率」と切り捨てられつつあった。
会社では若手の台頭。家では思春期を迎えた子供たちとの微妙な距離感。
そんな中、彼を決定的な転機が襲う。長年勤めた会社が、大規模なリストラと事業縮小を発表したのだ。
「キヨさん、あんたは営業の鑑やけど、これからは数字とデータがすべてなんですわ」
年下の部長にそう告げられた夜、きよぴこは独り、道頓堀の川面に映るネオンを眺めていた。
(……俺の『笑い』は、もう古いんかな)
1982年、中学の教室。あの日、おむつマンの作戦を立てながら「人を笑わせるのが一番の才能だ」と信じて疑わなかった。その自信が、初めて根底から揺らいでいた。
だが、その翌日。きよぴこは最後の大口クライアントへの挨拶回りで、奇跡を起こす。
冷徹なことで有名な企業の社長を前に、彼は用意していたデータ満載の資料をそっと閉じた。
「社長、数字の話はもうええでしょう。最後やから、私の原点の話、聞いてもらえますか」
そこから始まったのは、1982年のあの日から続く、失敗と爆笑の人生独演会だった。
5分後。社長は椅子から転げ落ちんばかりに笑い、「キヨさん、あんたから買ってたのは商品やない、あんたの『物語』やったんやな」と呟いた。
その言葉が、きよぴこの心に火をつけた。
会社を辞めた彼は、退職金を注ぎ込み、小さな「喋り専門のコンサルティング事務所」を起業した。
効率化の時代だからこそ、人間臭い「笑い」と「語り」が必要だと確信したのだ。
ふと、風の便りに聞いた仲間の噂を思い出す。
ケメ子は、同じく組織を飛び出し、東京で「自分にしかできない表現」を求めて孤軍奮闘しているらしい。
やおたは、ついに手に入れた山の麓で、地域の子供たちに「ロマンの授業」を始めたという。
ちくは、不況で倒産した仲間の会社を引き取り、巨大な「職人共同体」を築き上げているらしい。
「みんな、人生の第2ラウンド、必死に戦っとるんやな」
きよぴこは、新しい事務所の小さな看板を磨き上げた。
57歳になった自分がこの「崖っぷち」を振り返った時、「あの時、泥舟から飛び降りて正解やった」と、満面の笑みで言えるように。
きよぴこの40代は、安定を捨てたことで、あの頃の「無敵な自分」を再び取り戻す冒険へと変わっていった。




