家族の設計図と父の背中
【ちく:第4話】家族の設計図と、父の背中
1990年代後半。名古屋の空を埋め尽くしていたクレーンの群れは、不況の影響でその数を減らしていた。
現場監督として30代半ばになったちくは、大手ゼネコンから独立し、小さな建設会社を立ち上げていた。バブル崩壊後の厳しい時代だが、彼の「嘘をつかない仕事」は職人たちからの信頼が厚く、なんとか食い繋いでいた。
そんなちくも、20代の終わりに結婚し、今や一男一女の父親となっていた。
仕事が終われば、泥に汚れた作業着のまま、軽トラを飛ばして帰宅する。
「お父さん、おかえりー!」
玄関まで走ってくる子供たちの声を聞くたびに、昼間の現場での張り詰めた空気が、ふわりとほどけていくのを感じる。
かつて100円玉を積み上げてゲーム機と向き合っていた男は、今、積み木で遊ぶ子供たちの横で、明日発注する鉄骨の計算をしていた。
ある夜、妻が子供を寝かしつけた後、ちくは一人で晩酌をしながら、古いアルバムを開いた。
そこには、1982年、中学の校舎の裏で撮った色あせた写真があった。
「……あいつら、元気かなあ」
風の便りでは、ケメ子は東京で大きなプロジェクトを仕切る「戦う女」として名を馳せているらしい。
きよぴこは、大阪で家族のために必死に愛想笑いを振りまき、営業のトップを走っているという。
やおたは、相変わらず山を愛し、孤独とロマンを天秤にかけて生きているらしい。
独身を貫く者、家族のために頭を下げる者、夢を追い続ける者。
30代。自分たちはあの頃のように「みんな一緒」ではいられない。選んだ道によって、背負うものの重さも、守るべきものの形も、バラバラになってしまった。
「ちくさん、また難しい顔して。仕事のこと?」
妻が淹れてくれた熱い茶に、ちくは「いや、なんでもないわ」と短く答えた。
彼は不器用だ。愛しているとも、感謝しているとも、なかなか口には出せない。ただ、彼にできるのは、家族が安心して住める家を守り、子供たちが大人になった時に「俺の親父は、あんなすごい建物を造ったんだ」と誇れるような仕事を遺すことだけだった。
ちくは、アルバムをそっと閉じた。
かつて画面の中で戦っていた勇者は、今、現実という名の最も難易度の高いステージを攻略している。コンティニューはきかない。けれど、守るべきパーティーがいる今のほうが、ずっと力が湧いてくるのを感じていた。
57歳になった自分が、大きく成長した子供たちと酒を酌み交わす時、どんな顔でこの苦労話をしようか。
ちくは少しだけ未来を想像して、静かにグラスを傾けた。




