カセットテープのラブソングと自立の足音
【ケメ子:第4話】カセットテープのラブソングと、自立の足音
1990年代半ば。東京の街からは、あの浮ついた狂乱が嘘のように消えていた。
30代を迎えたケメ子は、大手広告代理店の中堅プロデューサーとして、責任ある仕事を任されるようになっていた。かつてのようにディスコで夜通し踊ることもなくなり、代わりに増えたのは、深夜のオフィスで一人、冷めたコーヒーを飲みながら企画書を練る時間だ。
そんな彼女にも、この数年、共に歩んできた恋人がいた。
相手は、仕事を通じて知り合ったフリーランスのカメラマン。バブル崩壊の余波を受け、仕事が激減して落ち込む彼を、ケメ子は持ち前の明るさとバイタリティで支え続けてきた。
「ケメ子、そろそろ……落ち着かないか? 田舎に帰って、二人でやり直すのも悪くないと思うんだ」
ある週末の夜、古いカセットデッキから流れる静かなバラードを背に、彼はそう切り出した。
彼との生活は穏やかで、心地よかった。結婚して、仕事を辞め、誰かの「妻」として生きる道。それは1982年の中学時代、漠然と想像していた「普通の幸せ」に近いものだった。
しかし、ケメ子の心は揺れた。
彼女が必死に手に入れた、東京でのキャリア。自分の名前で仕事をし、自分の足でこの街を歩く自由。
「……ごめん。私、まだこの街で、やりたいことがたくさんあるの」
結局、二人は別々の道を選んだ。
悲しくないと言えば嘘になる。だが、独りになったマンションの部屋で、彼女は不思議と清々しい気持ちでもあった。誰かに寄り添う幸せよりも、自分を使い切って生きる手応えを選んだのだ。
ふと、風の便りに聞いた仲間たちの噂を思い出す。
きよぴこは、不況の中でも「家族を食わせるために」と、泥臭く頭を下げて営業に励んでいるらしい。
やおたは、相変わらず一人の時間を愛し、山を買い取るという浮世離れした夢を追い続けている。
ちくは、守るべき職人たちを抱え、不器用ながらも「親方」としての顔を見せ始めているという。
「みんな、それぞれの大切なものを守ってるのね……」
ケメ子は窓を開け、夜の街を見下ろした。
時代は変わり、愛のカタチも変わっていく。
57歳になった自分がこの夜を振り返った時、「あの時の選択があったから、今の私がいる」と笑って言えるように。
ケメ子の30代は、甘い恋の終わりと共に、一人の女性としての「真の自立」へと加速していった。




