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鉄筋のジャングルと消えない ドット絵


【ちく:第3話】鉄筋のジャングルと、消えないドット絵

 1980年代末、名古屋。

 ちくは、かつてない巨大な「迷宮」の中にいた。

 それは、栄のど真ん中に建設中の、当時最新鋭のインテリジェント・ビル。現場監督として20代半ばでこの規模を任されるのは異例だが、彼の「ミリ単位の正確さ」と、職人たちを黙らせる「胆力」が会社に買われた結果だった。

「ちくさん! 3階のコンクリート打設、生コン車が渋滞で遅れてますわ!」

「あほか! 予定表見ろ! 5分遅れたら硬化が始まってまうやろ。予備のルート指示しといたはずだ、すぐ連絡せえ!」

 ちくの怒号が響く。

 バブルの勢いに乗り、現場は24時間体制に近い。工期は短く、要求は高い。

 周囲の建設ラッシュで、職人も資材も奪い合いだ。少しでも気を抜けば、プロジェクトという名の「ゲーム」は一瞬でゲームオーバーになる。

 そんな殺伐とした現場で、ちくが密かに楽しみにしていた「儀式」があった。

 それは、複雑に組み上げられた鉄筋の隙間から、夕日に染まる名古屋の街を眺めることだ。

 オレンジ色に輝くビル群、忙しなく動くクレーン。その光景が、ふとした瞬間に、あの頃ゲームセンターで見た「8ビットの背景グラフィック」に見えることがあった。

「……あいつらは、今どこを走っとるんだわな」

 風の便りでは、かつての仲間の一人は東京でアフロをなびかせて広告賞を狙い、もう一人は「UMA」を捕獲するための最新機材を買うために残業に明け暮れているという。

 あいつも、あいつも、それぞれの「現場」で、必死に汗を流しているはずだ。

 1982年、中学の教室で「おむつマン」の作戦に頭を悩ませていた頃。あの時、自分たちが必死に守ろうとした「絆」は、今、それぞれの場所で「プロとしての責任」に姿を変えていた。

 ある夜、ちくは接待で高級な料亭に連れて行かれた。

 出てくるのは見たこともない豪華な料理。取引先の重役たちは、数千万円の契約を、まるでゲームの点数を競うように笑いながら決めていく。

 

「ちく君、君ももっとこっち側の『旨み』を覚えなあかんよ」

 そう言われ、ちくは愛想笑いを浮かべながら、手元の箸をじっと見つめていた。

 この狂乱の時代、誰もが「結果」と「金」に酔いしれている。

 だが、ちくが本当に求めているのは、そんな浮ついたものではなかった。

 自分が引いた図面通りに、一ミリの狂いもなく鉄筋が組まれ、コンクリートが流し込まれ、何十年も残る「形」が出来上がること。その手応えだけが、彼にとっての真実だった。

「……自分は、現場の泥を落とす暇がないくらいが、ちょうどいいんですわ」

 料亭を出た後、ちくは一人、深夜まで営業している駅前の古いゲーセンに立ち寄った。

 最新の派手なゲーム機には目もくれず、一番隅にある古いシューティングゲームの前に座る。

 100円玉を入れ、ジョイスティックを握る。

 

 明日もまた、鉄筋のジャングルが待っている。

 57歳になった自分が、このビルを見上げた時、胸を張って「俺が造った」と言えるように。

 ちくの20代は、コンクリートの匂いと、消えることのないドット絵の記憶と共に、力強く刻まれていった。


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