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バブルの喧騒と静寂の観測者


【やおた:第3話】バブルの喧騒と、静寂の観測者

 1980年代末。日本中が「浮かれている」という言葉では足りないほどの熱気に包まれていた。

 やおたが勤める名古屋の事務機会社も、その波に飲み込まれていた。新型のコピー機やFAXが飛ぶように売れ、営業車を走らせれば至る所で新しいビルが建ち、夜の繁華街は札束が舞うような騒ぎだった。

 同僚たちは仕事終わりに高い酒を飲み、ゴルフのスコアや株価の話に花を咲かせている。

「やおた、お前もいつまでも古いジムニーに乗ってないで、もっといい車に買い換えろよ。今はそういう時代だぞ」

 そう言われて、やおたは「はは、そうですね」と曖昧に笑う。

 だが、彼の視線はその同僚の肩越しに、窓の外の夜空、そのさらに先にある「何か」を見つめていた。

 

 週末。やおたは誰にも行き先を告げず、ひとり愛知と長野の県境にある深い山へと向かっていた。

 彼が今、追いかけているのは「ツチノコ」でも「山和尚」でもない。

 それは、誰も見たことがない、あるいは存在すら疑われている『山の精霊』の正体……ではなく、より現実的で、かつ幻想的な「原始の風景」だった。

 最新の暗視スコープを覗きながら、やおたは森の呼吸を聴く。

 都会では一分一秒を争って数字が動いている。だが、この森では数百年変わらないリズムで木々が揺れ、生き物たちが命を繋いでいる。

「……みんな、忙しそうだな」

 やおたは、中学時代のあの夏を思い出していた。

 風の便りでは、かつての仲間の一人は東京で広告の荒波に揉まれ、もう一人は大阪で「笑い」を商売にしようと必死に足掻いているという。

 あいつらは、あの狂乱の都会で、自分の形を失わずにいられているだろうか。

 1982年、裏山で一緒にツチノコを探していたあの頃の「純粋な好奇心」を、まだ持ち続けているだろうか。

 深夜。やおたのスコープに、一瞬だけ、奇妙な光が反射した。

 カメラを回す。だが、そこには何も映っていない。

 

「……それでいいんだ」

 

 やおたは小さく独り言を漏らした。

 手に入らないもの、証明できないものがあるからこそ、人は明日も生きていける。

 効率と結果だけを求める今の時代において、彼が山にこもるのは、一種の「抵抗」でもあった。

 山を下り、月曜日の朝にネクタイを締める時、やおたの瞳には、同僚たちには見えない「静かな光」が宿っていた。

 時代は移り変わり、バブルもいつかは弾けるだろう。

 けれど、自分が信じたロマンだけは、決して色褪せない。

 やおたの20代は、孤独でありながらも、誰よりも豊かな「沈黙」と共に過ぎ去っていった。

 57歳になった彼が、この山道を再び歩くとき、その瞳には何が映っているのだろうか。


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