第四話 マンドラゴラさんの目的地
植物園から脱走したマンドラゴラさんを追いかけて、アーシュタは廊下を走り出した。
魔法職の職員たちが、その様子を目を丸くしながら見守っている。
「すみません! すみません! マンドラゴラさんが脱走しました! ちょっとどいて!」
アーシュタの悲痛な叫びに、人々はさっと道を開けた。当のマンドラゴラさんは、職員の足元をちょこまかと器用に駆け抜けていく。
長い廊下を抜けて外に飛び出す。まぶしい。アーシュタは脇腹と先ほどぶつけた腰に手を当てて、肩で息をした。
すっかり息が上がったアーシュタの目の前で、マンドラゴラさんの頭上の葉っぱがすっと消えていく。その先は一般職エリアだ。
「ちょっと! それはダメだってぇぇぇ!」
魔法職ならば、マンドラゴラさんの悲鳴を防御するシールドも展開できるし、多少は耐性もある。
しかし一般職の職員には、マンドラゴラさんの悲鳴を防ぐ術がない。
アーシュタは長いローブを着てきたことを後悔しながら、一般職エリアに踏み込んだ。
砂地の上に、いくつかの杭が立っている。警備担当の騎士の訓練場だ。足元をちょろちょろと走るマンドラゴラさんを見て、騎士たちがきょとんとしている。
「なんだあれ」
「マンドラゴラさんです! 危ないから、近づかないで!」
アーシュタの叫びに、マンドラゴラさんは足を止めて振り返ると、一声「ピギャー!」と鳴いた。
「ヒッ! 防御シールド展開!」
青ざめてシールドを張ったアーシュタのすぐ近くで、騎士団の団長があごひげを撫でた。
「……あのふとももの上げ方……走るときの姿勢……実に見事だ」
マンドラゴラさんは団長の言葉に葉っぱをくるりと回してみせると、再び走り出した。
階段を上るマンドラゴラさんの足取りは先ほどよりも軽やかで、うれしそうだった。
***
竜騎士たちのドラゴン厩舎にマンドラゴラさんが入っていくのを見たとき、アーシュタはすでにくたくただった。
せっかく治りはじめていたのに、これではまた筋肉痛になってしまう。
「マンドラゴラさん! 危ないって!」
人間よりも何倍も身体の大きなドラゴンにとって、マンドラゴラさんはとても小さい。うっかり踏み潰してしまうかもしれないし、もしかしたら美味しそうに見えるかもしれない。
大きな身体を立派な鱗に包んだドラゴンたちが、長い首をゆっくりと動かして、アーシュタの方を向いた。
「失礼しまーす……」
アーシュタはドラゴン厩舎の柵に手をかけてぐったりしながらも、ドラゴンたちを刺激しないようにおそるおそる声をかけた。
ドラゴンの飲み水を用意していた竜騎士が振り返る。
「どうかした?」
「マンドラゴラさんが……脱走しまして……こちらに……お邪魔してないかと……」
息苦しさでゆっくりとしか話せないアーシュタに、竜騎士の青年は水を差し出した。一気に飲み干して「ごちそうさまでした」とコップを返す。
「え、あいつ、マンドラゴラだったの? よく遊びに来てるよ」
「えっ!? ……えっ!?」
竜騎士の青年が指差した先には、ドラゴンの角のまわりではしゃぐマンドラゴラさんがいた。
「ピギャー! ピップルリァ!」
うきうきとステップを踏むマンドラゴラさんに、ドラゴンたちはまんざらでもない顔をしている。
ドラゴンの角を真似たのか、マンドラゴラさんの頭上の茎と葉っぱが、ぎゅるぎゅると尖った。
それを見たドラゴンが、こそばゆそうにそっと目を細める。
「ここに遊びに来てたんだ……」
アーシュタは疲れ果てた笑いを浮かべて、マンドラゴラさんとドラゴンの交流を見守った。
ひとしきりはしゃいだマンドラゴラさんは、ドラゴンの脇腹のところに転がって、ぷうぷうと寝息を立てはじめた。全力疾走で疲れたのだろう。
ドラゴンも長い首をマンドラゴラさんに向け、特に邪険にする様子がない。
「でも、なんでドラゴンのところに? かっこいいから?」
「ちょっと待って。ドラゴンに聞いてみる」
「話せるの!?」
「まあ、竜騎士だから」
竜騎士の青年が近づいていくと、ドラゴンは額をすりつけるようにして喜んだ。
「マンドラゴラとドラゴン……名前が似てるから……だって」
「は!? そんな理由!?」
苦笑いしている竜騎士の青年をよそに、アーシュタはマンドラゴラさんをながめた。
相変わらず、ドラゴンの腹の辺りで健やかな寝息を立てている。
「仲間かご先祖なんじゃないかと思って、会いに来たみたいだね、マンドラゴラが」
「脱走理由は知的好奇心かあ……」
知的好奇心なら、魔法職の誰もが持ち合わせている。先ほど読んでいた魔法植物辞典の著者が片っ端から魔法植物を食べてみたのも、知的好奇心によるものだろう。
力なく笑ってドラゴン厩舎の藁の上に座り込んだアーシュタの目の前で、マンドラゴラさんの鼻からシャボン玉のようなものが飛び出した。
「あいつ、爆睡してる……」
「まあ、いいんじゃない? 悪さするわけじゃないし」




