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第三話 マンドラゴラさん、再び脱走する(三日ぶり二回目)

 マンドラゴラさんの脱走から三日後、休日を爆睡して過ごしたアーシュタは、植物園に出勤した。まだところどころに筋肉痛は残っているものの、すっかり元気である。

 植物園の職員用ロッカーに荷物を預けると、腕まくりをして、ジョウロに水を入れる。持ち上げると、少しばかり筋肉痛があった。


「どっこいしょ」


 アーシュタはマンドラゴラさんの植木鉢の前にかがんで、そっと根元に水をかける。


「ねぇ、マンドラゴラさん。昨日どこに行ってたの?」


 アーシュタの声に返事はないが、植木鉢から伸びたマンドラゴラさんの葉っぱが、ふるふるとうれしそうに揺れた。

 他の植物たちにも水をやって、枯れた葉っぱを摘み、薬や茶葉に使えそうなものを選り分ける。

 植物園の午前中の日課である。元気のない植物があれば状態を調べて栄養剤を与えたり、肥料を足したりする。

 午後は大抵、植物に関して気になることを調べている。たまに植木鉢が小さくなって窮屈そうにしている魔法植物を見かけたら、大きな鉢に植え替える。

 昼になって暖かくなった日差しを頬に受けながら、アーシュタは魔法植物辞典のページを開いた。

 ページをめくる音に気づいたマンドラゴラさんが、そっと土の上に腕を出す。

 アーシュタは気づかずに、そのまま辞典を熱心に読み込んでいる。


「どの植物にも食べた感想が載ってる……。口に含んだときは爽やかだが、舌に乗せるとビリビリする……毒がある……。なんで食べたんだ、著者……」


 マンドラゴラさんが、アーシュタの独り言に耳を傾けるように、頭の上の葉っぱをピコッと動かした。

 葉ずれの音を、ページをめくる音でごまかすようにマンドラゴラさんは静止と活動をくり返し、ときに胴体をくねくねさせ、ときに足を土の上に出して、脱走を企てている。

 小さな手を地面について、いつでも飛び出せるように前屈みでお尻を上げたマンドラゴラさんの葉っぱの上を、外を飛ぶドラゴンの影がさっと通り過ぎた。


「……あ。マンドラゴラのページ……。マンドラゴラさん、どこに行ってたんだろ」


 アーシュタの独り言に、マンドラゴラさんがびくりと身体を震わせる。頭の上に伸びている葉っぱが他の植物にあたって、かさりと乾いた音を立てた。


「……なに?」


 振り返ったアーシュタの目の前を、マンドラゴラさんがちょこちょこと走って逃げ出す。むっちりとした脚に生えた細い根っこが、まるですね毛のようだ。


「え! マンドラゴラさん!? また脱走すんの!?」


 アーシュタはあわててマンドラゴラさんに手を伸ばすが、ひょいとかわされてしまった。意外と素早い。


「ちょっと! 植木鉢に戻りなさい!」


 マンドラゴラさんは小さな手足を必死にばたばたさせて、植物園の中を縦横無尽に駆け回る。

 そのたびにアーシュタは身体をかがめたり、うっかりよろけて机の角で腰をぶつけたりした。


「ピギャー!」

「な、鳴かないで! 気絶しちゃう! また始末書出さなきゃいけなくなるじゃん!」


 思わず身構えたアーシュタをよそに、マンドラゴラさんは泥拭きマットで土を拭いもせずに、植物園から飛び出して行った。

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