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【改訂版】ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物【リメイク】  作者: パラレル・ゲーマー
F級編

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第9話 一万円の希望

 神崎隼人の独壇場――しかし、それは決して「無双」と呼べるほど盤石なものではなかった。


 もはや彼の前に立つゴブリンは敵ですらなかった。それは、彼の新しい力と成長し続けるプレイヤースキルを試すための、ただの(まと)。あるいは、経験値というチップを払い出してくれる、都合の良いスロットマシンの絵柄でしかなかった――彼の集中力が続く限りは。


 一体のゴブリンが奇声を上げて飛びかかってくる。隼人は、それをもはや目で追うことすらしなかった。肌で風の流れを、耳で空気を切り裂く音を、そしてギャンブラーとしての直感が、攻撃の軌道を寸分の狂いもなく彼に伝えていた。


 彼は最小限の動きでそれを回避すると、すれ違いざまにナイフを振るった。クラスを得る前の彼であれば、確実に仕留めるために神経をすり減らして急所を狙わなければならなかった一撃。だが、レベルアップと筋力へのステータスポイント集中によって、彼の攻撃は、かろうじて必殺の一撃へと昇華されていた。


 刃こぼれのナイフがゴブリンの脇腹に深々と食い込み、その勢いのまま体内の臓腑を滅茶苦茶にかき回した。ゴブリンは断末魔の叫びを上げることすらできずにその場で崩れ落ち、おびただしい光の粒子となって霧散していく。


「…ふぅ」


 隼人は短く息をついた。戦闘だというのに彼の心拍数は安定したまま。だが、その額には玉の汗が浮かんでいる。以前のようにアドレナリンに身を任せる戦い方ではない。一本のワイヤーの上を渡るような、極限の集中力を強いられる戦いの連続。その精神的な疲労は、肉体的な疲労よりも遥かに重かった。


(…危うい綱渡りだ)


 パワーアタックのような必殺技はない。戦士クラスのような頑強さもない。ただ、極限まで研ぎ澄ませた観察眼と一点集中のステータス、そして【万象の守りパンデモニウム・ガード】がもたらす速度のアドバンテージだけが、彼の生命線だった。


 彼はその圧倒的な成長と、その裏にある脆弱さを、自らのことながらどこか他人事のように冷静に分析していた。


 視聴者A:うますぎる…

 視聴者B:見てるこっちが緊張するわ。一発でも食らったらヤバそうだもんな。

 視聴者C:でもそれを完璧に捌ききってる。これがJOKERニキの才能か。


 視聴者たちも、彼の無双が、いかに繊細で危ういバランスの上に成り立っているかを理解し始めていた。


 光の粒子が完全に消え去った跡に、いつものようにいくつかのドロップアイテムが残されていた。


「さてと。今回の配当は…」


 隼人は配信を意識した口調で、地面に落ちたアイテムを拾い上げようとした。おそらくまた「ゴブリンの耳」や「汚れた布切れ」だろう。そう思いながら無造作に手を伸ばした、その時だった。


 彼のギャンブラーとしての鋭敏な五感が、それに気づいた。


 ガラクタの中に、一つだけ明らかに異質なものが混じっている。


 それは、いつものドロップアイテムが放つ淡く頼りない光ではなかった。もっと強く、もっと濃密な、確かな存在感を主張する輝き。


 隼人は思わず手を止め、その光源を凝視した。


 そこにあったのは、彼の拳の半分ほどの大きさの、黒く濁った水晶のような石だった。一見すると、ただの黒い石ころ。だが、その内部で、まるで脈打つ心臓のように鈍い紫色の光が、ぼんやりと、しかし確かに明滅していた。


 それは、周囲の光苔の青白い光を吸収し、自らの糧としているかのように、禍々しくも美しかった。


「…なんだこれ…?」


 隼人は思わず呟いた。


 これまでのドロップ品とは、明らかに「格」が違う。彼がこれまで見てきたゴブリンの耳や布切れが「一ドルチップ」だとしたら、これは少なくとも「百ドルチップ」の風格を漂わせていた。


 彼は慎重に、その黒い水晶石へと手を伸ばした。


 指先が触れた瞬間、ひんやりとした、それでいて微かな振動が伝わってくる。まるで小さな生き物が、その中で息づいているかのようだ。


 彼がそれを拾い上げると、ARシステムが即座に鑑定を開始し、彼の視界に新たなウィンドウをポップアップさせた。


 ====================================

【ゴブリンの魔石(小)】を入手しました


 種別:換金用アイテム

 レアリティ:アンコモン

 説明:ゴブリンの心臓部から稀に採取される魔力の結晶体。

 ギルドや専門店で買い取ってもらえる。

 ====================================


「魔石…」


 隼人はその単語を口の中で繰り返した。


 ダンジョンから産出される最も価値のある資源。エネルギー源として、あるいは魔法のアイテムを創るための触媒として、現代社会では金やプラチナ以上の価値を持つとされる、あの「魔石」か。


 それが、こんな最下級のダンジョンで、最弱のゴブリンからドロップしたというのか。


 彼の心臓がドクリと大きく脈打った。


 彼がアイテムを拾い上げた瞬間、それまで彼の緊張感のある戦いを見守っていたコメント欄の空気が、再び一変した。


 視聴者D:ん!? 今のドロップなんか違ったぞ!

 視聴者E:紫色に光ってた! なんだあれ!

 視聴者F:【ゴブリンの魔石(小)】だと!?

 視聴者G:おおお魔石! 薄氷の勝利の先に、ついにきたか!

 視聴者H:レアドロップじゃん! おめでとう! ナイスドロップ!

 視聴者I:ゴブリンから出るのはマジで運いいな!

 視聴者J:やったなJOKER! それ換金アイテムだぞ!


 そして、隼人の運命を再び大きく揺さぶる決定的な一言が、コメント欄に表示された。


 視聴者K:小サイズなら今の相場で1万円くらいで売れるはずだぞ!


 そのコメントが隼人の瞳に飛び込んできた瞬間だった。


「――いちまんえん…」


 隼人の口から、かすれた声が漏れた。


 彼は手のひらの上にある黒く濁った石と、ARウィンドウに表示された「1万円」という文字を、何度も何度も交互に見比べた。


 彼の頭の中で、その数字が現実の重みを持って、ゆっくりと再構築されていく。


 一万円。


万象の守りパンデモニウム・ガード】が持つという「四千万円」という価値とは、全く意味合いが違う。あの四千万円は、あまりにも非現実的で、まだ彼の実感にはなかった。それは、宝くじに当たったとか、システムのバグで手に入れたとか、そういう類いの、自分の人生とはどこか乖離した物語の中の数字だった。


 だが、この一万円は違う。


 これは、ダンジョンが生み出す正規の「産物」だ。視聴者のコメントによれば、ギルドや専門店に持って行けば、いつでも確実に「現金」に変わる価値を持っている。


 それは、雀荘の薄暗い光の下で、ハイエナのように他人の懐具合と顔色を窺いながら、半日神経をすり減らして、ようやく稼げるか稼げないかという金額。


 それは、深夜のコンビニで理不尽な客に頭を下げながら、一日立ち尽くして、やっと手にできる金額。


 それを彼は、たった数時間の探索で。いや、この魔石そのものは、たった一体のゴブリンから、自らの力で勝ち取ったのだ。


 これまで彼が身を置いてきた裏社会の、汚れたテーブルとは違う。正当なリスクと正当な実力、そしてほんの少しの幸運によってもたらされた、クリーンで、あまりにも大きなリターン。


 隼人は、手のひらの魔石を強く強く握りしめた。


 ひんやりとした石の感触。その内部で脈打つ微かな振動。


 この石の重みが、彼の心にずしりとのしかかってくる。


 これはただの一万円ではない。


 これは、彼女が病院のベッドの上で、少しでも痛みに苦しまずに済む、一日の時間だ。


 これまで彼がどんなに足掻いても掴むことのできなかった、確かな「希望」の欠片。


 それが今、確かにこの手の中にある。


(…届く)


 彼の心に、これまで抱いたことのない確かな感情が芽生えていた。


(この場所なら、この力なら…美咲を救うことができるかもしれない…!)


 彼の目に、これまで以上に強く、そして切実な光が宿った。それは、単なるギャンブラーの狂気やショーマンとしての自信ではない。愛する者を守るために全てを懸ける覚悟を決めた男の光だった。


「…もっとだ」


 彼の唇から、渇いた声が漏れる。


「もっと…もっと稼ぐ…!」


 その声は、もはや配信用のパフォーマンスではなかった。彼の魂の奥底からの、偽らざる叫びだった。


 レベルアップなどどうでもいい。

 名声など、今は必要ない。


 彼が今求めるものは、ただ一つ。


 この確かな価値を持つ「魔石」を、一つでも多く手に入れること。


 一万円。その具体的な数字が彼の脳裏に焼き付き、新たな、そしてより強力な原動力となって、彼を次なる戦いへと駆り立てていた。


 隼人は、初めて自力で手に入れた「成果」である魔石を、まるで宝物のようにポケットの奥深くへとしまい込んだ。ズボンの生地越しに感じる石の硬い感触が、彼の決意をさらに強固なものにしていく。


 彼は顔を上げた。


 その視線は、もはや洞窟の出口には向いていない。


 さらに奥深く、まだ見ぬ獲物が潜む漆黒の闇を見据えていた。


 彼の最初の目標は、もはや単なるレベルアップやスキルの習熟ではない。


「一万円」という、あまりにもリアルで、あまりにも切実な目標が、彼を突き動かしていた。


 新たな力と、確かな目標を得た彼の、綱渡りのような無双劇はまだ始まったばかりだ。


 いや、本当の意味での彼の戦いは、ここから始まるのかもしれない。


 闇の奥で、次のゴブリンの唸り声が聞こえた。


 隼人の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。


 それは、獲物を見つけた飢えた獣の笑みだった。

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