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【改訂版】ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物【リメイク】  作者: パラレル・ゲーマー
F級編

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第8話 一点集中のアンバランス

 選択は終わった。


 神崎隼人の眼前に浮かんでいた荘厳なクラス選択のウィンドウは、彼が【無職】のパネルに触れたのを最後に、光の粒子となって霧散した。罵詈雑言の嵐が吹き荒れるコメント欄をBGMに、隼人は静かに己の内面へと意識を沈めていた。


(…力が足りない)


 それは、レベルアップの時に感じた高揚感とは真逆の、あまりにもリアルな現実だった。戦士を選んでいれば得られたはずの揺るぎない安定感も、体の芯から湧き上がる力強さも、今の彼には何もない。ただ、戦闘で負った傷が癒え、疲労が回復しただけ。根本的な「格」は、何一つ変わっていなかった。


 彼は試しに、その場で軽く足踏みをしてみた。地面を蹴る足の裏の感触も以前と変わらない。洞窟の湿った空気も、肌を刺す魔素の気配も、相変わらず彼を苛む。


 隼人は自らの両手を見下ろした。


 左手には、相変わらず虹色の魔石が妖しく輝く【万象の守りパンデモニウム・ガード】。そして右手には、刃こぼれした安物のナイフ。


 そのアンバランスな組み合わせは、彼の現状そのものを象徴していた。ナイフを握る右手には、己の非力さに対する焦燥感が再びじわりと込み上げてくる。ナイフが変わったわけではない。それを振るう彼自身の肉体も、何も変わっていないのだ。


 彼の視界の隅では、コメント欄が失望と罵倒の嵐で埋め尽くされていた。視聴者数は二千人を超えたあたりから、少しずつ減少し始めている。


 視聴者P:なんでだよ…なんで一番堅実な戦士を選ばなかったんだ…

 視聴者Q:これまでの冷静な分析はなんだったんだよ! ただのイカれた目立ちたがり屋か!

 視聴者R:もう応援するのやめるわ…ガッカリだ…


 次々と投げかけられる批判の奔流。だが隼人は、その熱狂の逆流を冷静に受け止めながら、一つの希望に目を留めていた。


 レベルアップによって得られた、唯一の確実なアドバンテージ。


 彼は意識を集中させ、自らのステータス画面を開いた。配信上にも、彼が見ているものと同じウィンドウが共有される。


 ====================================

 名前:神崎 隼人(JOKER)

 レベル:2

 クラス:無職 Lv2

 HP:60/60

 MP:50/50


【ステータス】

 筋力:5

 体力:10

 敏捷:12

 知性:8

 幸運:??

 ※残りステータスポイント:5


【スキル】

 ユニークスキル:【複数人の人生(マルチアカウント)】【運命の天秤(フェイト・スケール)

 クラススキル:なし

 ====================================


「ほう…」


 隼人は思わず、乾いた笑いを漏らした。


 戦士になっていれば大幅に底上げされていたはずのステータスは、レベル1の時と全く変わっていない。ただ「レベル2」になったことと、「残りステータスポイント:5」という表示が追加されただけ。


 視聴者S:ステータス何も変わってねえ…

 視聴者T:クラスボーナスって偉大なんだな…

 視聴者U:この5ポイントをどうするかが、JOKERの今後をマジで左右するぞ…


 コメント欄では、再びステ振りの議論が始まりかけていた。体力に振って生存率を上げるべきか、敏捷に振って回避能力を高めるべきか。


 だが、隼人の考えは最初から決まっていた。


「ステータスポイント…面白いカードだ。そして、配られたカードは全て使うのがギャンブラーの礼儀だ」


 彼は、洞窟の奥で動く新たな獲物の影を捉えていた。それは、これまでの個体よりも一回り大きく、いびつな兜のようなものを被った、明らかに格上のゴブリンだった。


「さてお待ちかね。この乏しい手札でどうやって勝負するか…見せてやるよ」


 隼人は、その体格の良いゴブリンを、記念すべき最初の「実験台」としてロックオンした。彼の瞳には、もはや一片の恐怖もない。あるのは、自らが選んだ茨の道で、いかにして「最適解」を導き出すかという純粋な好奇心と挑戦心だけだった。


 彼は迷いなくステータス画面を操作し、残り5ポイントの全てを、一つのステータスへと注ぎ込んだ。


【筋力:5 → 10】


「――オール・インだ」


 彼の呟きと共に、コメント欄がどよめいた。


 視聴者V:筋力極振り!?

 視聴者W:体力振らないとか正気かよ! 死ぬぞ!


 その瞬間、彼の右腕に内側から力がみなぎるのを感じた。筋肉が、これまでより確かに力強く脈動している。戦士クラスほどの劇的な変化ではない。だが、確実に彼はレベル1の時よりも強くなっていた。


「グルォ…?」


 兜のゴブリンは、縄張りに侵入してきた闖入者に気づき、警戒の唸り声を上げた。その手には、獣の骨を削って作ったような鋭い槍が握られている。


 数分前の隼人であれば、間違いなく最大限の警戒をし、慎重に立ち回るべき相手だった。


 だが今の彼は違った。


(一点豪華主義のクソデッキ…なら、その一点を極限まで尖らせるだけだ)


 隼人は短く呟くと、正面から堂々と、ゴブリンとの距離を詰めていった。その姿には、以前のような奇襲や策略の気配は微塵もない。


「グアアアアッ!」


 ゴブリンが槍を構え、突きを繰り出してきた。鋭く、速く、これまでとは比べ物にならない一撃。


 だが隼人は、それを避けない。


 彼は、その槍の穂先を、右手に握った刃こぼれのナイフで、真正面から打ち払った。


 ガギンッ!!


 洞窟内に、甲高い金属音が響き渡った。


 隼人の腕が衝撃に大きく弾かれる。痺れが走り、体勢がわずかに崩れた。だが――。


(…いなせる!)


 パワーアタックのような破壊力はない。だが、純粋な筋力の上昇と、【万象の守りパンデモニウム・ガード】による攻撃速度補正が、奇跡的な相乗効果を生んでいた。攻撃を受け流し、即座に次の動作へと移行する速度が、ゴブリンの反応を上回っていたのだ。


「…ギ?」


 ゴブリンは、渾身の一撃をいなされたことに一瞬の戸惑いを見せる。その醜い顔に、初めて「計算外」という色が浮かんだ。


 だがショーは、まだ終わらない。


 隼人は、その0コンマ数秒の隙を逃すはずがなかった。


「――終わりだ」


 彼は、受け流した勢いをそのまま利用し、コマのように体を回転させ、ゴブリンの懐へと潜り込む。そして、力を込めたナイフを、がら空きになった胴体へと連続で叩き込んだ。


 ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!


 肉を切り裂く湿った音が三度響く。


 パワーアタックのような一撃の重さはない。だが、それを補って余りある圧倒的な手数。強化された筋力で振るわれる一撃一撃は、確実にゴブリンのHPを削り取り、「攻撃速度+15%」の恩恵は、ゴブリンに反撃の暇を与えない。


 ゴブリンは、悲鳴を上げる間も、苦しむ暇も与えられなかった。


 その巨体は、腹部に三つの深い傷を刻まれながら後方へとよろめき、壁に激突するよりも早く、光の粒子となって爆散した。


 しんと静まり返る洞窟。


 後には呆然と立ち尽くす隼人と、激しい速度で流れていくコメント欄だけが残された。


 隼人は、自らの右拳を、ゆっくりと開いたり閉じたりした。まだその感触が残っている。硬い皮膚を、手数で貫いた確かな感触。


「…なんだよこれ…」


 想定以上の結果に、彼自身が一番驚いていた。


 そして彼は悟った。


 便利なスキルがなくたっていい。

 クラスボーナスがなくたっていい。


 この【万象の守り】がもたらす速度と、自らが選んで強化した純粋な「力」。そして何よりも、それらを最適に運用する「頭脳」。それさえあれば、戦える。


 プレイヤーである俺自身が、ゲームのルールをハックするほどの「答え」を導き出せばいいのだ。


「ハ…ハハ…」


 乾いた笑いが彼の口から漏れた。それは、自らが選んだ狂気の選択が間違いではなかったと確信した、純粋な喜びの笑いだった。


 彼は、その圧倒的な力を確かめるように、洞窟の奥へとさらに歩を進めた。


 もはや彼の進軍を阻むものは、何もなかった。


 次に現れたゴブリンの二体同時も、もはや敵ではない。一体の攻撃を捌きながら、もう一体を瞬時に切り刻み、時間差なく二体とも光の粒子に変える。


 狭い通路で待ち伏せしていたゴブリンも無駄だった。隼人は、もはや地形の利など必要としなかった。彼は、その圧倒的な速度と手数で、ゴブリンが棍棒を振りかぶる前に勝負を決めた。


 戦闘は、もはやスリリングな「戦い」ではなく、単純で確実な「作業」へと変わっていた。


 視聴者X:パワーアタックなしでこれかよ…

 視聴者Y:いや違う。パワーアタックがないからこそこの立ち回りなんだ…手数と速度でゴリ押すスタイル…

 視聴者Z:JOKERさん完全にこのダンジョンのヌシじゃん…ゴブリンが可哀想になってきた


 コメント欄も、彼の勝利を疑う者は一人もいなかった。ただ彼が次にどんなクレバーな戦い方を見せてくれるのか、その一点にのみ期待が集まっていた。


 隼人は、一体一体ゴブリンを処理するたびに、自らの新しい力に馴染んでいくのを感じていた。


 無職としての立ち回り、力の込め方、スキルのなさを補う戦術。その全てが、経験を積むごとに彼の血肉となっていく。


 彼は、この蹂躙の中で、確かな手応えと自らの成長を、心の底から楽しんでいた。


 これは最高のゲームだと。

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