表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【改訂版】ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物【リメイク】  作者: パラレル・ゲーマー
F級編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/36

第7話 最強への最も退屈な一歩

 神崎隼人が運命の分岐路を提示し、その選択を千人を超える観客へと委ねた瞬間、コメント欄は沸騰した。


 それはまるで巨大なカジノで、ディーラーが全てのプレイヤーに「次のゲームのルールを決めていい」と宣言したかのようなもの。興奮と、無責任な好奇心と、そしてほんの少しの真剣さが入り混じった熱狂の渦が巻き起こった。


 視聴者A:きたあああああ! 視聴者参加型イベント!

 視聴者B:まじかよ! 俺たちの意見でJOKERさんの未来が決まるのか!

 視聴者C:これは面白い! 最高の配信者だろあんた!


 最初の興奮が少しだけ落ち着くと、コメント欄は、さながら国会のように、四つの選択肢を支持する各派閥による激しい議論の場と化した。


 まず最も勢いが良かったのは、【盗賊(Rogue)】を推す一派だった。彼らは、隼人が見せたトリッキーな立ち回りと、ハイリスクなギャンブルを愛する狂気に魅了されていた。


 視聴者D:絶対に盗賊だろ! JOKERっていう名前からして、これ以外ありえねえ!

 視聴者E:分かる! あのゴブリンとの戦い方、完全に盗賊のそれだった! ひらりと避けて急所に一撃! 最高じゃん!

 視聴者F:ナイフ捌きも上手くなりそうだしな! クリティカルヒットで一撃必殺とかロマンありすぎる! JOKERさんの配信で見たいのはそれだよ!


 彼らにとって隼人は、ファンタジー世界の主人公そのもの。派手で格好良く、視聴者を魅了するプレイスタイルこそが、彼に相応しいと信じていた。


 それに待ったをかけたのが、より長期的な視点を持つ【魔術師(Mage)】支持派だった。彼らは、隼人の持つ最大の切り札【万象の守り《パンデモニウム・ガード》】とのシナジーを重視していた。


 視聴者G:いやお前ら分かってないな。目先の格好良さより将来性だろ。選ぶべきは魔術師だ。

 視聴者H:その通り。【万象の守り】の「全属性耐性+25%」があれば、詠唱中に敵に殴られても死なない。最強の魔法要塞になれるぞ。

 視聴者I:Lv1でこんなぶっ壊れ耐性装備を手に入れた意味を考えるべきだ。これは神が「お前は魔術師になれ」って言ってるんだよ。後々、魔法剣士とかに派生しても熱い。


 彼らは、隼人の幸運を単なる偶然ではなく、壮大な物語の伏線だと捉えていた。目先の利益よりも、未来の爆発的なリターンに賭けるべきだと主張した。


 そして少数ながらも、ひときわ異彩を放っていたのが【無職(Jobless)】を支持する、いわば「狂人」たちだった。


 視聴者J:あえての無職。これしかない。

 視聴者K:www 分かる。この狂った流れで一番狂った選択をするのがJOKERだろ。

 視聴者L:全てのクラスのスキルをちょっとずつ覚えられるっていう噂もあるぞ無職。器用貧乏を極めし者、それもまた一興。茨の道だけどJOKERさんならやってくれる!


 彼らはもはや、強さや効率など求めていない。ただ、神崎隼人という男が見せてくれるであろう、予測不能で破天荒な物語そのものを楽しみにしていた。


 三つの派閥がそれぞれの正義を振りかざし、コメント欄で激しい論戦を繰り広げる。隼人はその全てを、まるで高みの見物を決め込むディーラーのように、静かに、そして興味深そうに眺めていた。


 一つ一つのコメントが、彼にとっては貴重な情報源だ。視聴者が何を求め、何に熱狂するのか。それもまた、このテーブルの重要な「ルール」の一つだった。


 そんな白熱した議論の中に、ふと、これまでとは少し毛色の違う、冷静なコメントが流れ始めた。それはおそらく、実際にダンジョンに潜っている現役の探索者か、あるいは隼人と同じようにゲームを極めることを愛する熟練プレイヤーからのものだったのだろう。


 視聴者M:…いや待て。お前ら一番大事なことを見落としてる。


 その一言は、荒れ狂うコメントの海に投じられた、小さな、しかし重い一石だった。


 視聴者N:↑Mさんどういうこと?

 視聴者M:彼のスキルをよく見ろ。【複数人の人生マルチアカウント】持ちなんだぞ。つまりこのクラス選択は、一度きりの取り返しのつかない選択じゃないんだ。


 その指摘に、熱狂していたコメント欄が、わずかに静けさを取り戻す。そうだと、誰もが思い出した。彼は、後からいくらでもビルドを、人生をやり直せるスキルを持っているのだ。


 視聴者O:そうか! なら話は別だ!

 視聴者P:だったら最初の一手はセオリー通り、最も生存率が高く全ての基本となる【戦士(Warrior)】を選ぶべきだ。まずはこの過酷なダンジョンで「死なないこと」が最優先事項だろ。

 視聴者Q:その通りだ。戦士で近接戦闘の基礎、立ち回り、敵の対処法を完璧に学んでから、別のアカウントで盗賊や魔術師に派生するのが定石。焦るな新人。まずは足元を固めろ。

 視聴者R:【万象の守り】があるからって油断は禁物。他の部位は紙なんだからな。戦士のクラスボーナスでHPと防御力を底上げして、生存確率を1%でも上げるべきだ。


 その冷静かつ論理的な意見は、圧倒的な説得力を持っていた。熱狂に浮かされていた視聴者たちが、次々とその意見に同調し始める。


「確かに…」「言われてみればそうだ」「まずは戦士が安定か」


 あれほど激しく対立していた各派閥の勢いは急速に衰え、コメント欄の空気は徐々に一つの結論へと収束していった。


 最初に選ぶべきは【戦士】であると。


 隼人は、その見事な流れの変化を、満足げに眺めていた。


(…なるほどな。視聴者は最高の軍師か)


 千人を超える客観的な視点が、彼に「最適解」を――最も堅実で、最も合理的な勝利への道筋を示してくれた。


 彼は、ARカメラの向こうにいる新たな「仲間」たちに向かって、ニヤリと笑いかけた。


「確かに、お前らの言う通りだ。どんなギャンブルも、まずはテーブルのルールと定石を覚えることから始まるもんな。盗賊や魔術師で派手に立ち回るのは、もう少し俺がこのゲームに慣れてからのお楽しみってことにしよう」


 彼は芝居がかった仕草で一礼する。


「よし、お前らの意見採用だ」


 その言葉にコメント欄が「うおおおお!」「採用きた!」「俺たちのJOKER!」と再び歓喜に沸き立つ。千人の軍師たちが、自分たちの選んだ「正解」が実行される瞬間を、固唾を飲んで見守っていた。


 隼人は、その熱狂を背中で受け止めながら、迷いなく目の前のウィンドウに手を伸ばした。


 彼の指が、四つの選択肢の上をゆっくりと滑る。[1] 戦士(Warrior)の上で、その指が一瞬止まった。視聴者の期待が最高潮に達する。


 だが。


 隼人の口元に、全てを裏切る悪魔のような笑みが浮かんだ。


(――だが、知っているか?)


 彼は心の内で、千人の軍師たちに語りかける。


(ギャンブルで最も儲かるのは、いつだって大衆の逆張りだ。誰もが「これだ」と信じ込む鉄板の選択肢に賭けても、得られるリターンはたかが知れている。本当にデカい配当は、誰もが見向きもしない狂気の選択肢の先にしか眠っていないんだよ)


 本物のギャンブラーは狂人ではあっても、愚か者ではない。


 だからこそセオリーを知った上で、あえてそれを壊すのだ。


 最強への最も退屈で堅実な一歩?


 そんなものに、俺の魂は震えない。


 彼の指は、[1] 戦士を通り過ぎ、[2] 盗賊を通り過ぎ、[3] 魔術師をも通り過ぎ――そして誰もが冗談だと思っていた最後の選択肢、[4] 無職(Jobless)のパネルを、確かに強く押し込んだ。


 一瞬の沈黙。


 コメント欄が「え?」という一言で埋め尽くされる。


 そして次の瞬間、歓喜の渦は、絶叫と怒号、そして純粋な困惑の嵐へと変わった。


 視聴者A:はああああああ!?

 視聴者B:ちょ待て待て待て! 押し間違えだろ!?

 視聴者L:まさか本当に選びやがったぞこの狂人!!!!(歓喜)


 視聴者たちの阿鼻叫喚をBGMに、隼人の全身が淡い光に包まれた。


 それはレベルアップの時のような力強い光でもなく、何かが劇的に変わる予兆を感じさせるものでもなかった。


 ただ、ほんのりと発光し、そしてフッ…とすぐに消えてしまった。あまりにもあっけない光。


【クラスが 無職(Jobless)に決定しました】

【ステータスボーナス:なし】

【新規スキル:なし】


 彼の眼前に表示されたのは、無慈悲なまでの「変化なし」という現実だった。


 ステータスボーナスも、新しいスキルも、何もない。彼はただ、レベル2の「無職」になっただけ。


 戦士を選んでいれば得られたはずの筋力+5、体力+10、そして【パワーアタック】という確実なアドバンテージ。その全てを、彼は自らの手でドブに捨てたのだ。


「……」


 隼人は自らの体を確かめるように拳を握りしめたが、そこに新たな力が宿っている感覚は全くなかった。


 刃こぼれのナイフを握り直しても、その手応えは先ほどと何も変わらない。軽い鉄の棒のまま。


 絶望的なほどの無風。


 視聴者P:なんでだよ…なんで一番堅実な戦士を選ばなかったんだ…

 視聴者Q:これまでの冷静な分析はなんだったんだよ! ただのイカれた目立ちたがり屋か!

 視聴者R:もう応援するのやめるわ…ガッカリだ…


 コメント欄には、失望と罵倒が溢れた。千人の軍師は、言うことを聞かない狂った王を見限り、一瞬にして千人の敵へと変わった。


 だが、その嵐の中で、隼人はただ一人、静かに笑っていた。


 クツクツクツと喉を鳴らし、やがてそれは、洞窟の闇を震わせるほどの、腹の底からの大爆笑へと変わっていった。


「ハハ…ハハハハハハハハハハ!!」


(ああそうだ…これでいいんだ!)


 彼は、全身に満ちる無力感を、「何も得られなかった」という結果を、むしろ最高の快感として受け入れていた。


 なぜなら。


 戦士を選んで得られるささやかなアドバンテージなど、彼にとっては何の意味もなかったからだ。ステータス+10?【パワーアタック】? そんなもので妹を救えるのか? 億を超える借金を返せるのか?


 否。


 彼が必要としているのは、そんなちっぽけな成長ではない。常識の範疇に収まる強さではない。世界の理そのものを捻じ曲げるほどの、圧倒的な「奇跡」。


 そして、奇跡の価値は、その確率が低ければ低いほど跳ね上がる。


 彼は【無職】という、最も成長の遅い、最も不遇なクラスをあえて選んだ。それは、自らの首に最も重いハンデキャップを課したのと同じこと。


(賭け金がデカければデカいほど、勝った時のリターンもデカくなる…!)


 自らを極限の不利な状況に追い込み、その上で【運命の天秤フェイト・スケール】を揺さぶる。


 それこそが、彼の本当の戦い方。


 彼にとって戦士を選ぶことは、最初の賭けで安全策を取る臆病者のムーブでしかなかったのだ。


「勘違いするなよ、お前ら」


 隼人は、罵詈雑言の嵐に向かって、挑発的に言い放った。


「俺はお前らが示してくれた『正解』の道を選ばなかったんじゃねえ。『正解』だって分かった上で、あえて捨てたんだ。だってその方が――面白いだろ?」


 彼の視線は、もはや手元のナイフにはない。


 洞窟のさらに奥。まだ見ぬ次の獲物が潜む、深い闇を見据えていた。


 最強のガントレットと、最弱のクラス【無職】。

 そして、何一つ成長していない貧弱なステータス。


 これ以上ないほど歪で、狂気に満ちたデッキ。


「俺のショーの第二幕はここから始まる。最強への道は、いつだってセオリーの外にしかねえんだよ」


 期待感を煽るように、虹色のガントレットが闇の中で妖しく輝いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ