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【改訂版】ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物【リメイク】  作者: パラレル・ゲーマー
E級編

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35/36

第35話 死の円舞曲(ワルツ)と薄氷の勝利

 神崎隼人は、自らが足を踏み入れた空間のその異質さに、思わず息を呑んだ。

 これまで彼が進んできた、狭く湿った洞窟の通路ではない。


 そこは、まるで古代の円形闘技場を思わせる、巨大なドーム状の地下空洞だった。

 天井は遥か高く、そのてっぺんには、かつては光を取り込んでいたであろう巨大な亀裂が、闇に口を開けている。

 壁際には、何本もの鍾乳石と石筍が、まるで巨大な獣の牙のように天と地から突き出し、互いを求め合うかのように伸びていた。


 そして何よりも異様なのは、その空気と匂いだった。

 これまでの通路に満ちていたカビと土の匂いは完全に影を潜め、代わりに彼の鼻腔を突き刺すのは、ツンと鼻を突く酸っぱい腐敗臭。

 そして、魔素の密度が違う。

 これまでの場所がただの「濃い霧」だとするならば、ここはもはや「水の中」だ。

 呼吸をするだけで、肺が魔素の重圧に軋むような感覚。


 空洞の中央には、一つの巨大な「沼」が広がっていた。

 不気味な緑色の液体が、その表面張力を保っているのが不思議なほど盛り上がり、そのあちこちで、ぶつぶつと有毒の泡が弾けては消えていく。


 ここが、このE級ダンジョン【毒蛇の巣窟】の最深部。

 ボスの間。

 その事実を隼人は、誰に教えられるでもなく、その肌で理解していた。


 彼の配信のコメント欄も、そのあまりにも不気味で荘厳な光景に、これまでの雑談ムードから一変していた。


 視聴者A: うわ…なんだここ…

 視聴者B: ついにボス部屋か…! 空気が違うな…

 視聴者C: 毒蛇の巣窟のボスは確か…E級の中でも屈指の初見殺しで有名だぞ…

 視聴者D: JOKERさん、一度引いて準備を見直した方がいいんじゃないか?

 視聴者E: いや今のJOKERさんならいける! 俺は信じてるぜ!


 一万を超える観客たちが固唾を飲んで、画面の向こう側を見守っている。

 その緊張と期待が、まるで物理的な圧力となって、隼人の背中を押していた。


 隼人は、長剣の柄を強く握りしめると、警戒しながらその空洞へと、最初の一歩を踏み出した。


 その瞬間だった。


 ゴボッ、ゴボボボボボボボッ!!!


 中央の毒の沼が、まるで沸騰したかのように、激しく泡立ち始めた。

 そして、その緑色の水面がゆっくりと持ち上がり、一つの巨大な影が、そのおぞましい姿を現した。


 それは、ダンジョンの名が示す通り、巨大な一匹の毒蛇だった。


 全長は10メートルではきかないだろう。

 大型バスほどもあるその巨体。

 ぬらぬらとした深緑色の鱗は、洞窟の僅かな光苔の明かりを反射して、不気味な光沢を放っている。

 背中には、まるで剣山のように、無数の毒々しい紫色の棘が生えそろっていた。


 だが、何よりも恐ろしいのは、その鎌首をもたげた頭部だった。

 そこには、ただの蛇のそれとは思えない、残忍な、そして狡猾な「知性」を宿した、六つの血のように赤い瞳がぎらりと輝いていた。

 その全ての瞳が、侵入者である隼人ただ一人を、正確に捉えていた。


 ARシステムが、その新たな脅威の情報を、隼人の網膜に表示する。


 名前: 【古龍蛇エンシェント・サーペントバジリスク】

 レベル: 8

 種別: 竜亜種 / 魔獣

 脅威度: E++(最要注意対象)


 E級ダンジョン【毒蛇の巣窟】の主。

 その圧倒的な存在感を前にして、隼人は思わずゴクリと喉を鳴らした。


 だが、彼の瞳には恐怖の色はなかった。

 むしろその瞳は、最高の獲物を前にした狩人のように、そして、最高のカモを前にしたギャンブラーのように、妖しく爛々と輝いていた。


「シャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 バジリスクが動いた。

 その巨大な顎を、まるで裂けるかのように大きく開くと、そこから扇状に数十発の緑色の毒液の弾丸を、隼人へと吐き出してきたのだ。


 一発一発が、人間の頭ほどの大きさを持つ、質量の塊。

 それが凄まじい速度で空間を引き裂き、隼人へと殺到する。


 だが隼人は、動かなかった。

 彼は、これまでの雑魚戦の経験から、自らの防御能力に絶対的な自信を持っていた。

 彼はあえてその場から一歩も動かず、その毒の弾幕を正面から受け止めることを選んだ。


 彼の全身を覆う青白いオーラ…【元素の盾】が、その輝きを増す。

 そして彼は、ベルトに差した一つのフラスコを起動させた。


 紫水晶の霊薬…【アメジストのフラスコ】。

 彼の体を、気高い紫色のオーラがさらに包み込んだ。


 混沌耐性+50%。

 神の護り。

 これさえあれば、どんな毒も恐るるに足らず。


「見せてやるよ、大蛇。格の違いってやつをな」


 彼はそう嘯いた。

 そして、その慢心は次の瞬間、致命的な結果となって彼に跳ね返ってくる。


 ドッドッドッドッドッ!


 数十発の毒液の弾丸が、彼の体に次々と着弾する。

 そのほとんどは【元素の盾】と、アメジストのフラスコがもたらす圧倒的な耐性によって、ジュッという音を立てて蒸発し、消えていく。


 彼のHPバーはほとんど動かない。

 やはり大したことはない。


 彼がそう確信しかけた、その瞬間だった。

 彼のステータスウィンドウに、一つの忌々しいアイコンが表示された。


『毒状態(強)』


 そして悪夢は、そこから始まった。


 彼の体を貫いた数発の毒液。

 それらがもたらした毒のアイコンが、彼のステータスウィンドウに次々と追加されていくのだ。


『毒状態(強)×2』

『毒状態(強)×3』

『毒状態(強)×4』

『毒状態(強)×5』

『毒状態(強)×6』


「…なんだと…?」


 隼人の顔から、余裕の笑みが消えた。

 そして彼は気づいた。

 自らのHPバーが、これまで経験したことのない異常な速度で削られていくのを。


 HP: 337... 321... 305... 289...


 彼の指にはめられた【混沌の血脈ケイオス・ブラッドライン】が、毎秒15のHPを回復してくれているはずなのに。

 その緑色の回復の数字が、まるで焼けつくような赤いダメージの数字に、完全に飲み込まれていく。


 彼は瞬時に計算した。


 毎秒15回復している。

 それなのに、秒間16ずつ減っていく。


 つまり、この毒のスタック一つ一つが、秒間16ダメージ。

 それが今、六つ積み重なっている。


 秒間96ダメージ。

 それに俺のリジェネ15を引いても、秒間81ダメージが俺の体を内側から蝕んでいく。


 10秒経てば810。

 彼の最大HPは337。

 つまりこのまま何もしなければ、わずか4秒で彼は死ぬ。


「クソが…!」


 隼人は、初めて心の底からの悪態を吐いた。


 これがE級のボスの洗礼。

 これが、雫が言っていた混沌属性の本当の恐ろしさ。


 毒は「スタック」するのだ。


 視聴者A: まずい! 毒がスタックしてる!

 視聴者B: リジェネが追いついてない! HPの減りが早すぎる!

 視聴者C: JOKERさん逃げて! 距離を取ってフラスコを!

視聴者D: だから初見で突っ込むのは無謀だって言ったんだ!


 コメント欄が、阿鼻叫喚の悲鳴で埋め尽くされる。


 隼人は慌てて、ベルトに差した最後の生命線…【ライフフラスコ】を呷った。

 ゴクンという音と共に、彼のHPバーが半分ほど一気に回復する。


 だが、それもただの気休めにしかならなかった。

 回復したそばから、猛烈な勢いでHPは再び削り取られていく。

 まるで、穴の空いたバケツに必死に水を注ぎ込むような、不毛な作業。


 そしてバジリスクは、そんな彼の絶望的な状況を、その六つの赤い瞳で、愉悦に歪めながら見つめていた。


 王者は、ゆっくりとその巨大な鎌首をもたげ、次なる必殺の一撃を放つべく、その準備を始めた。


 それはもはや弾幕ではない。

 全ての毒を凝縮した、一撃必殺のブレス。

 あれを食らえば終わりだ。


 隼人の脳裏に、初めて明確な「死」の一文字が浮かび上がった。


(…面白い)


 絶体絶命の状況下で、しかし彼の思考はどこまでも冷静だった。

 ギャンブラーとしての血が、この最悪のテーブルを前にして、歓喜に打ち震える。


(カードの相性が悪いなら、手札を全て捨てて、流れを変えるしかない)


 彼は即座に思考を切り替える。

 耐えきるという、これまでのセオリーは捨てる。

 HPと耐性に頼る、あの『聖典』の教えだけでは、この王は倒せない。

 俺は、俺のルールで戦う。


「――避けなければ死ぬ」


 単純明快な結論。

 だが、それこそがこの盤面における唯一の正解。


 彼のプレイスタイルが、完全に変更される。


 バジリスクが、苛立ちを隠せない様子で、その巨大な尻尾による薙ぎ払いを放ってきた。

 それは広範囲をなぎ倒す、回避困難な一撃。


 これまでの隼人であれば、大きく後方へ跳躍して避けるしかなかっただろう。

 だが彼は違う。


 自らその攻撃の懐へと踏み込んだ。


『なっ!?』

『JOKERさん何してんだ!』

『自殺行為だ!』


 視聴者が悲鳴を上げる。


 だが隼人の目は、冷静に薙ぎ払われる尻尾の、最も威力が乗るその一点を見据えていた。


 彼は長剣で、完璧なタイミングでその一撃を【パリィ】した。


 キィィィィィィィィィィンッ!!!


 これまでこのダンジョンで響いたどの金属音よりも、甲高く、そして美しい音が、広間全体に響き渡った。


 バジリスクの渾身の一撃が、信じられないというように明後日の方向へと弾かれる。


 そして奇跡は起こる。


 パリィが成功したその瞬間、隼人の体がふわりと優しい緑色の光に包まれた。

 積み重なった毒でみるみるうちに削れていたHPが、確かな量回復していく。

(【ガード時にライフ回復】の効果)


 それだけではない。

 彼の長剣が、まるで意思を持ったかのように自動で、超高速のカウンター攻撃を、がら空きになったバジリスクの胴体へと叩き込んだ。

(【リポスト】の効果)


 ザシュッ、という重い斬撃音。


「ギシャアアアッ!?」


 バジリスクが、初めて明確な苦痛の声を上げた。

 自らの攻撃が相手を回復させ、そして手痛い反撃となって返ってきた。

 そのあまりにも理不尽な現実に、その六つの赤い瞳が困惑に揺れる。


『なんだ…今のは!?』

『パリィで回復したぞ!』

『しかも自動でカウンター入った! あれが鉄壁の報復か!』


 ベテラン視聴者たちが、そのスキルの組み合わせの意味を瞬時に理解し、驚愕の声を上げる。


 彼はその一撃離脱を繰り返す。


 バジリスクの大振りな攻撃は、一度パターンを見切ってしまえば対処は難しくない。

 毒の弾丸もブレスも、その予備動作はあまりにも大きい。

 所詮はE級のモンスター。

 動きの洗練度はまだ低い。


 隼人は、バジリスクの全ての攻撃を紙一重でパリィし、回復し、反撃する。

 そしてすぐに距離を取る。


 毒のスタックが再び積み重なる前に離脱する。


 その華麗な立ち回りは、まるで死の円舞曲ワルツのようだった。

 猛毒の雨の中を、たった一人舞い踊り、確実に王の生命を削り取っていく死神のダンス。


 攻撃と防御と回復が一体となった、完璧な永久機関。

 彼のプレイヤースキルが、今このE級ダンジョンというテーブルの上で、満開の才能を咲き誇らせていた。


 長い長い攻防の末。

 隼人は、着実にしかし確実に、バジリスクのHPを削り続けていた。


 自らの攻撃がことごとくいなされ、逆にダメージを受ける。

 その屈辱的な状況に、バジリスクはついに苛立ちを募らせ、その最大の攻撃を放ってくる。


 口から巨大な毒のブレスを直線状に放射する大技だ。

 それは洞窟の壁を溶かし、床を腐食させる必殺の威力を持つ。


 その攻撃は強力だが、同時に巨大な「隙」を晒すことにもなる。


 隼人は、その一瞬の好機を見逃さない。


 彼はブレスのわずかな死角へと滑り込むように移動すると、この瞬間のために温存していた全てのMPを解放する。


 彼の無銘の長剣が、天からの雷光を呼び込み、バチバチと激しい稲妻をその身に纏った。


「――これが俺の必殺技だッ!」


 【必殺技】衝撃波の雷槌ショックウェーブ・サンダーを、バジリスクの頭部へと全力で叩き込む。


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!


 砦全体が揺れた。

 着弾と同時に特大の雷撃がバジリスクの頭蓋を砕き、そこから放たれた半透明の力の衝撃波が、周囲の毒の沼を吹き飛ばし、壁を震わせる。


 気絶効果を持つその一撃は、バジリスクの貧弱な精神を完全に刈り取り、その巨体を地面へと崩れ落ちさせる。

 六つの赤い瞳から、光が消えた。


 そして隼人は、その無防備な急所に追撃の【無限斬撃インフィニット・スラッシュ】を嵐のように叩き込み、その長い死闘に終止符を打つのだ。


 ガキン、ザシュッ、キィン、ザシュッ!


 もはやそれは、一方的な蹂躙。

 彼の長剣が、何度も何度も致命的なダメージを与え続け、ついにバジリスクの巨体は、ひときわ強く、そして禍々しい光を放ちながら霧散していった。


 静寂が戻る。


 後に残されたのは、夥しい光の粒子と、その中心で荒い息をつきながら剣を杖代わりに、かろうじて膝をつく隼人の姿だけだった。


 コメント欄は、勝利を祝福する絶叫の嵐と化していた。


 バジリスクの最後の光の粒子が、洞窟の闇へと消えていく。


 その静寂の中。

 傷だらけで膝をついていた隼人の全身を、これまでにないほど力強く、そして温かな黄金の光が包み込んだ。


【LEVEL UP!】

【LEVEL UP!】


 祝福のウィンドウが、彼の視界に立て続けに二度ポップアップする。

 ゴブリン・シャーマンを倒した時とは比較にならないほどの絶大な経験値。

 それが彼の魂と肉体を、一気に次のステージへと引き上げたのだ。


====================================

神崎 隼人(JOKER) Lv.5 -> Lv.7


『勝ったあああああああああああああ!』

『神! 神! 神! 神!』

『あの絶望的な状況から一人でボスを倒すとか人間じゃねえ!』


 勝利した隼人。

 だが彼の心には、確かな「課題」が残っていた。


(今回の勝利は、あまりにも彼のプレイヤースキルに依存しすぎていた)


 もし一度でもパリィに失敗していれば、死んでいた。

 もし最後のブレスを避けきれなければ、死んでいた。


(今回の勝利確率は限りなく低かった。何度もダイスを振り直し、奇跡的に最高の出目を引き続けただけだ。こんな勝ち方、次も通用する保証はない…)


 あまりにも危うい綱渡りの勝利。

 もっと安定して勝つためには、何が必要か。


(もっと『期待値』の高い勝ち方が必要だ。プレイヤースキルという不確定要素に頼らない、もっとシステム的な確率を100%に近づけるための勝ち筋が)


 プレイヤースキルに頼らない、もっとシステム的な絶対的な勝利の方程式はないのか。


 彼は、ドロップしたボスの素材…ひときわ大きく、そして不気味な光を放つ【古龍蛇の心臓エンシェント・サーペント・ハート】を見つめながら、次なるビルドの強化へと思考を巡らせ始めるのだった。

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