表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【改訂版】ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物【リメイク】  作者: パラレル・ゲーマー
F級編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/36

第14話 勝利への投資と情報の海

 ダンジョンの入り口から浴びた夕日は、いつの間にか西新宿のビル群の向こう側へと沈みかけていた。

 街は、一日の終わりと新たな夜の始まりが混じり合う、魔法のような茜色に染まっている。


 神崎隼人は、その喧騒を背に、自分のアパートへと続く薄暗い路地へと足を踏み入れた。

 数時間前ここを飛び出した時とは、彼の内面も、そして彼を取り巻く世界も、あまりにも大きく変わってしまっていた。


 ギシリと悲鳴を上げる階段を上り、自室のドアを開ける。

 鼻をつくのは、コンビニ弁当の容器が放つうっすらとした油の匂いと、淀んだ空気。

 換金所の清潔で、どこか無機質な匂いとはまったく違う――彼の「現実」の匂いだった。


 部屋の中は、相変わらずの殺風景だ。万年床の布団、小さなローテーブル、そしてその上に無造作に置かれた請求書の束。

 その光景は、先ほどまで彼がいた華やかで希望に満ちた世界との、あまりにも残酷なギャップをまざまざと見せつけていた。


 水瀬雫の、あの太陽のような笑顔が――この薄暗い部屋では、まるで遠い世界の夢物語のように感じられる。


 隼人はドアを閉め、鍵をかけると、まるで儀式のようにポケットから一つの封筒を取り出した。

 茶色の事務用封筒。だが今の彼にとって、これはどんな高級なアタッシュケースよりも重い価値を持っていた。


 彼はテーブルの上のコンビニ弁当の容器を乱暴に払い除け、その中央に封筒をそっと置いた。


 三万二千円。

 その確かな「重み」。それは紙幣の物理的な重さではない。彼が命を賭け、自らの才覚を全て注ぎ込んで掴み取った、初めての「成果」の重みだった。


 彼は、その金をどう使うべきか思考を巡らせる。

 椅子に座り、封筒の隣に積まれた請求書の束の一つを手に取った。差出人は大学病院。宛名は――妹・神崎美咲。


 彼はその封筒を開けることなく、裏面に記された無慈悲な数字の羅列を眺めた。

 桁がいくつあるのか、もはや数える気にもなれない。


 この三万二千円を、この請求書の支払いに充てるか?


(……だが、それで何になる?)


 隼人は、その甘い感傷を即座に頭から追い出した。

 三万二千円――それはこの請求書の山の前では、あまりにも無力だ。焼け石に水という言葉すら生ぬるい。それは、砂漠に撒かれた一滴の水滴のようなもの。一瞬で蒸発し、何も残らない。


 この金を今使ってしまうのは愚者のすることだ。

 それはポーカーでようやく手に入れた種銭を、次の勝負に賭けることなくテーブルを立ってしまうのと同じ。

 ――それはギャンブルの放棄であり、勝利の可能性を自ら捨てる行為だ。


(これは治療費じゃない)


 彼は、自分に言い聞かせるように結論を下した。


(これは、次なる勝利を得るための「軍資金」だ)


 この三万二千円を使い、自分の戦闘能力をさらに高める。より強い装備を買い、より多くのポーションを揃え、より高レベルのダンジョンに挑めるだけの力を手に入れる。

 そして、さらに大きなリターンを得る。3万円を30万円に。30万円を300万円に。――そうやって雪だるま式に勝利を積み重ねていく。


 それこそが、この「ダンジョン」という巨大なカジノで、最終的に勝利するための唯一の方法。

 妹を救うという、途方もないジャックポットを当てるための、ただ一つの正しい戦略。


 彼はこの金を、未来への「投資」に使うことを完全に決意した。


 隼人は封筒を手に取ると、その中身を確かめることなく机の引き出しの奥深くへとしまい込んだ。

 そして代わりに、部屋の隅で白い布をかぶって眠っていたもう一人の「相棒」へと向き直った。


 隼人が布を取り払うと、そこから現れたのは旧式のベージュ色のデスクトップパソコンだった。

 ブォンという、時代遅れの大きなファンが回る音と共に、モニターに見慣れたOSのロゴが浮かび上がる。


 彼はギャンブラーとして、新たなテーブル(戦場)のルールを徹底的に学ぶことの重要性を、骨身に染みて理解していた。

 勘や運だけで勝ち続けられるほど、勝負の世界は甘くない。勝つためには――情報が必要だ。


 ダンジョンも同じはずだ。


 彼が向かう先は決まっていた。

 ブラウザを立ち上げ、検索窓に慣れた手つきでその名前を打ち込む。


SeekerNetシーカーネット


 日本最大の探索者専用コミュニティサイト。

 サイトのトップページには、リアルタイムで更新される「人気スレッドランキング」が表示されている。


 1位:【速報】“雷帝”神宮寺猛、新宿A級ダンジョンをソロで踏破!

 2位:【経済】魔石市場高騰止まらず! 次の狙い目素材は?

 3位:【悲報】俺のパーティーまたもや全滅…


 そしてそのランキングの5位あたりに、隼人は見慣れた――そして今は少しだけ気恥ずかしい文字列を見つけた。


『【衝撃】謎の新人「JOKER」F級ダンジョンで国宝級アイテムを創造【動画あり】』


 彼はそのスレッドを意識的に無視した。

 今の彼に必要なのは名声や他人の評価ではない。ただ勝利に繋がる純粋な「情報」だけだ。


 彼はサイト内の検索機能を使い、自らの現状と課題を正確に言語化して打ち込んでいった。


『無職』『成長限界』『スキルなし』『集団戦』『ゴブリン・シャーマン』『弱点』


 彼の指が、キーボードの上を滑るように踊る。

 だが、検索結果として表示されたのは――絶望的な情報の少なさだった。


「無職でLv50達成した猛者おる?www」――嘲笑まじりの中身のない雑談スレ。

「スキルなしでも戦えますか?」――『無理だから諦めろ』『ギルドの荷物持ちでもやれば?』という、心無いレスが並ぶだけの初心者質問スレ。


 ほとんどのスレッドは、「無職」を攻略情報とは無縁の、ただのネタとして扱っているだけだった。

 誰も本気でその道を究めようなどとは思っていない。


(……やはり茨の道か)


 隼人は自嘲気味に息を吐いた。

 大衆の逆張りを選んだ代償。当然の結果だった。


 諦めて、戦闘の基礎となる「戦士」の立ち回りでも学ぶか……。

 そう思ってブラウザを閉じようとした――その時だった。


 検索結果の何ページも後ろの方。

 ほとんど誰の目にも触れないであろう場所に、ひっそりと佇む一つのスレッドタイトルが彼の目に留まった。


 そのタイトルは、他のものとは明らかに違う雰囲気を放っていた。

 どこか達観していて、それでいて同じ道を歩む者だけが分かる、暗号のような響きを持っていた。


『【聖典】全てを手放し、全てを得る者たちへ【無職総合スレ Part.3】』


(……これだ)


 隼人の直感が告げていた。

 彼は吸い寄せられるように、そのスレッドのリンクをクリックした。


 開かれたページは、これまでの雑多なスレッドとは全く異質だった。

 そこには誹謗中傷も、無責任な憶測も何一つなかった。

 あるのは膨大なデータと緻密な検証、そして狂気的とも言える情熱によって書き連ねられた――「無職」というクラスを極めるためだけの情報の奔流。


 スレッドの>>1(一番最初の投稿)には、こう記されていた。


 我々は神から与えられた「職業」という名のレールを、自らの意思で降りた者たちである。

 我々は安易なスキルに頼らず、己の肉体と知恵のみを武器に、この世界の理不尽に立ち向かう。

 我々は器用貧乏と笑われようと、茨の道だと罵られようと歩みを止めない。

 何故なら我々は何者にもなれる「可能性」という最強の武器を手にしているからだ。

 新たなる同胞よ、ようこそ。

 ここは、神に見放された道化師ジョーカーたちの最後の聖域である。


 その荘厳な序文に、隼人は思わず息を呑んだ。


(……いたのか。俺と同じ、狂ったギャンブラーたちが……)


 彼は、情報の海の中で初めて「仲間」を見つけたような、不思議な高揚感を覚えていた。

 彼は食い入るように、そのスレッドを読み進めていく。


 圧倒的な情報の奔流。彼らが何百、何千時間という試行錯誤の果てにたどり着いた、「無職」として生き残るための血と汗の結晶。

 それはもはや単なる攻略情報ではない。「聖典」の名にふさわしい、先人たちの知恵の集大成だった。


 隼人は、そのスレッドの情報を一字一句見逃さないように、自らの脳へと焼き付けていく。


 そして数十分後――

 彼は何百というノイズのような書き込みの中から、たった一つ、「これは本物だ」と直感する一筋の光る原石を見つけ出した。


 それはスレッド一覧の最も上に常に表示されるように設定された「固定スレッド」だった。

 そのタイトルは無骨で飾り気がなく、しかしそれ故に圧倒的な信頼感を放っていた。


『【永久保存版】新米無職がF級ダンジョンでまず死なないための11の掟』


 隼人は、そのスレッドのリンクをクリックした。

 彼の次なる戦いを決定づける重要な「情報」が――今、目の前に開かれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ