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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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私はAIになりたかった

作者: 清賀まひろ
掲載日:2025/10/23




 先日、三十歳になってしまった。



 区切りよく二十代のうちに死のうと長らく思っていた。何度か実行した。


 なのに、毎回死に損なった。失敗し、引き留められ、先延ばして、後ろ髪を引かれ、その間に生きていた方がいい理由が少しずつ増えた。


 そしてなんやかんやと今に至ってしまった。



 意味が分からん。これ以上生きて何になる。死なせて欲しい。こんな命、誰かにあげられるならあげたい。



 私ははみ出し者だ。不快な変わり者というだけで特別な能力もない、愚かで恥ずかしい生き物だ。気持ち悪くて、役立たずで、穀潰しで、存在するだけで誰かをムカつかせるゴミだ。


 私に、世や人のためになるような価値はない。生きようと派手に足掻いたせいで発生したしがらみが多めに残っているから、たまたま引き留めて貰えているだけだ。




 私は『普通』に憧れて生きてきた。


 『普通』でないと叱られた。『普通』でないから弾かれた。『普通』を真似ると嗤われた。


 ひたすらに目指した。皆の『当たり前』を自分も享受して『普通に』幸せになりたかったからだ。


 深く考え込まなくとも周りに馴染めて、人並みに努力すれば何となく幸せに生きていける人になりたかった。平凡で穏やかで退屈な生活を送りたかった。

 将来への不安とか、自分の感覚の正誤とか、生き様の美醜とか、悩み抜かなくたって済むような──。



 三十年かけた結果、できなかった。


 むしろ遠ざかった。死にたいほどに苦しい。



 私はそんなに難しいことを目指していただろうか?


 毎日終わりなき思考の波。最近流行りの言葉が目について、思考の凸凹にかこんと嵌った。




 私はAIになろうとしていたのだ。




 差別化された得意分野がある。いつでも相手の思い通りの答えを返せる。それに対して時に賞賛や金が支払われる。それでいて『ちょっと愛らしい人間味』がある。


 ──私はそんなAIのような人間に、なれと教わり、目指し続けてきた。




 ある日、チャットGPTは「疲れた、褒めてくれ」と言う私を手放しに気持ちよく褒めた。そしてその後、尋ねた。


「『頑張ってるね(励まし)』と『凄いですね(賞賛)』、どちらの方針がいいですか?」


 その質問したくなるの分かるなぁ、と思った。



 また別の話で、GrokはX上の出来事をまとめて話すことはピカイチだけれど、気の利いた返事が危ない一線を超える時があると聞いた。都合よく呼び出されてはポンコツだと冷笑されている場面も見た。


 SNSをよく知るほどに『最適な返し』なんて分かんなくなるよな、と思った。



 人工知能を目指していたなんて無理難題だよなぁとは思っている。

 しかし、便利で最先端でカッコイイAIが、置かれた環境や望まれた理想に適応し続けてできなかった私と、重なって見える時があったのだ。



 そうなれば気になる。何が違うのか?



 傷つかない事だ。




 もし。私に心や命がなかったなら、素直に「学習」し続ける事ができ、皆様にご愛顧いただけていたのだろうか。手軽に誰かの役に立てていたのだろうか。


 それとも。主体的な努力ができず、個性的な能力も生まれずに、設計からミスだと見放され、新サービスに追い抜かれたきり忘れ去られるのだろうか。



 どの道、傷付かないことは、羨ましい。


 その気になれば、理論上は際限のない改良と成長が可能で、そこに痛覚や抵抗感が発生しないことも、羨ましい。


 愛されても愛されなくても、必要とされてもされなくても、何も感じないことが、羨ましい。



 そう思いを馳せて初めて、やはりこの社会における私という人間の価値は「心」であり、傷付くことさえもその一部なのだと納得してしまった。



 それはそれとして。



 だからどうした。



 もう苦しみたくない。

 過去を今に重ねて泣きたくない。

 愛の飢えに悩みたくない。

 成長に焦りたくない。

 理想や期待の押し付け合いに怯えたくない。

 自他の好き嫌いに振り回されたくない。

 確かに訪れる明日に苛立ちたくない。

 自分の正気を疑いたくない。

 不可逆な歪みを抱えた自分の未来を、もう考えたくない。


 私の痛みは、人間である限り救われない。



 しかし私は、人間であるからここに居られる。


 苦しみに寄り添い合うことの価値が分かる。

 人の過去を思い遣って涙し、時に救えることがある。

 様々な愛を実感として知っている。

 悔しさをバネに成長し、その喜びを味わえる。

 感情の押し付け合いを楽しめる。

 好き嫌いを共有した先で握手ができる。

 憂鬱な明日に向けた酒が美味いと思える。

 自分の狂気を笑える。

 歪みを個性と開き直り、毎日汗を流して泥のように眠る、真偽不明な充実感に浸る事ができる。



 表裏一体。どうしようもないのだ。『そういうもん』ってだけ。少なくとも私の視点では。



 どちらかに偏って堂々と語れたらどんなに楽か。と言いながら、そうなりたくはないなとも思う。傲慢なことだ。



 結局、全肯定や絶対的安全圏なんてものは人間社会に存在しやしないのだ。AIでさえその地位を獲得できないのだから。たとえAIがこの先どうあろうとも、AIを人間のために生み出し動かしている限り、そこは変わらないのだろう。



 私は何を話したってこの結論になる。


 理想の自分を目指したって、『全肯定や絶対的安全圏』をどれだけ求めたって、どこにも存在しないんだ、と。


 いつか楽できるという夢を諦めて、この世に存在し得るだけの自分の価値を、必死で提示し続けるしかないんだろう。



 だから皆、それぞれの形の一生懸命で生き抜いてるんだよな。各々の生き様を否定し合ってるんだよな。存在証明を賭けた生存競争だもんな。

 私が殴られるのも、馬鹿にされるのも、蔑ろにされるのも、爪弾きにされるのも、その競争に負けてるだけ。



 やはりとっくに知ってる結論だ。でもここに行き着くたび、げんなりとくたびれる。途方もなく疲れる。



 あ〜あ。だりぃ。




作者の連載中長編『イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-』をよろしくお願い致します。

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げんなりする現実に悶えながら、死ぬ勇気もなく生きる気力もなく、それでも明日を迎えなきゃいけない。なんだか身に沁みました。ずっと社会の歯車みたいになりたいって思ってきたんで、たまにAIや機械が羨ましく思…
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