4.
「おい、七瀬 海、俺は逃げんなって言ったよな?」
オレは今、学校最強のヤンキーに誰もいない廊下で、少女漫画なら一度は憧れる壁ドンをされている。
漫画やアニメなら、ここから始まる恋もあるかもしれない。
強面だけどイケメンの分類に入る広瀬は、隠れファンが結構いるらしい。
なに?ヤンキーブーム?オレには関係ないので、今すぐ解放してください。
いやマジで……オレ、なんかした?
「コレ、同じネイルだよな?」
目の前で見せつけられたスマホには、とあるアカウントが表示されていた。
可愛らしい水色のショートカットの女の子の格好をした子が、プルンとした唇に可愛らしい水色のネイルを施した小指を添えて笑顔で写っている。
それは、オレにとってはよく知ったアカウントであり、同じ学校の人間には絶対にバレたくないアカウントだった。
「な……ち、ちがっ……」
「お前がこのウミってヤツだったなんて驚きだな。ネイルを見るまで同一人物だとは一切思わなかったぜ」
メディア欄に映し出された何枚ものコスプレ写真をスライドしてどんどん見せてくる。
昨日のイベントでの自撮り写真やそれまで参加してきたイベントでの写真、あと宅コスで練習している写真をワザとゆっくりと見せつけてくる。
オレがコスプレをしていることがバレていただけでなく、コスプレアカウントまでバレてしまったことに目の前が暗くなるのを感じる。
「――ッ!!が、学校の……みんなには……」
辺りを見渡し、誰もいないことを確認しながら必死に涙目で哀願すると、ニヤリと笑みを浮かべ顔が近づけられる。
獰猛な肉食獣が獲物を見つけたような視線に、憐れな草食獣のようにふるふると震えてしまう。
「いいぜ、内緒にしてやるよ。俺の言うこと聞いてくれたらな」
耳元で囁かれた言葉に恐怖でブルッと身震いする。
一瞬希望が見えるも、次に言われた言葉で絶望に落とされる。
どうしよう……誰かに助けを求めなきゃ……でも、誰に?
オレのことを助けてくれるような友人なんていない。
ましてや、コスプレをしてることをバラされたら……もう、学校に来れなくなる……
「今日の放課後、ココに来い。あの衣装を忘れず持って来いよ」
どこかの住所が書かれたメモを渡され、誰にも見られないように上着のポケットに突っ込まれる。
「約束、忘れんなよ?」
どこか嬉しそうな広瀬の声が、魔王のささやきのようだった。
どうしよう……逃げられない。
やっと、自分らしく居られる世界ができたのに……
マリリンなら……こんな時どうしていただろう?
第7話のマリリンの葛藤のシーンが脳裏をよぎり、強く拳を握り締める。
一回だけ……この一回だけ広瀬を信じてみよう。
「大丈夫、悪者にもいい奴はいるはず……」
唇を噛み締め、気持ちを押し殺す。
大丈夫、オレはマリリンみたいに強くなれる。




