亀の甲より年と紅
「トシはJAXAに入りたいんだったわよね」
夢の宇宙旅行、きっと出来るはず。
「うん。だからしっかり勉強しないと」
年往はこういうが、入試の得点は紅と年往でワンツーフィニッシュだった。
「地球と月って、体感としてどれくらい離れてるか分かる?」
「え-! 38万キロ離れてるってのは知ってるけど、遠すぎてうまく言えないかなあ」
これでは宇宙パイロットにはなれない。
「そこで止まっちゃ駄目よ。手を動かさないと」
タブレット教育の弊害が露呈しつつある。原則紙の教科書とノートを使い、補助的に電子機器を使うのが成績向上には有効だ。教育現場では大幅な見直しが行われた。
「月の直径は3474.81kmで、地球のは1万2756km・・・」
トンボ鉛筆をキャンパスノートに走らせる年往。
「うんうん」
紅は将来何になりたいのであろうか。
「で、月までの距離が38万4400kmだから・・・」
暗算も得意だが、筆算で空白を埋めていく。
「地球を30個並べると、月に届くね!」
「その通りね!」
指をならす紅。
「でもね」
逆説の接続詞に、年往の表情が凍る。
「体感としてと言ったけど、地球30個分なんて肌感覚で分かるかしら?」
巨大すぎて、分かった気になるだけである。
「紅さんの得意なフェルミ推定を使った方がいいかな」
めげずに次の演算に移る。
「あっ!」
教室の後ろの遊び道具を見て、なにやら思いついたようである。
「ゴルフボールの直径が43mm、カップは108mm・・・」
年往は月をボールに、地球をホールに仮象した。
「へえ!」
この発想は紅も意外であった。
「この場合はボールから見て何個分ってしたほうがいいね」
ボールの111個分でホールに辿り着くとノートに刻まれていた。
「てことは、だいたい4.8mのミドルパットくらいの位置関係だね!」
「出題したのはわたしだけど、一本取られたわ」
拍手で讃える紅。
年往は20歳になる前に、どうしても故国へ帰らねばならなかった。
(紅さんなら、きっと導いてくれるハズ・・・!)