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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第一章 それでも、この世界で

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9/13

刻まれた祈り

 バラバラに壊れた懐中時計を差し出してから、ジョイは何も喋らない。

 喋りたくないほど、罵声すら浴びせたくないほど、嫌になってしまったのだろうか。


「……なあ、ティア。これ、どういう事?」


 ジョイの直球な言葉に審判の時が来たと身をこわばらせた。


「…………ごめんなさい」


 私にはもう、そう言うことしかできなくて震える声で何とか応える。


「いや、そうじゃない」

 

 そうじゃない?

 私の反省が、まだ甘い?

 私が気づいてないやらかしている事がまだあるのだろうか。

 それは視野が狭くて、本当に申し訳なく思う。 


 ジョイが続けて何かを話そうとした時、ブォンと空気を叩く様な音が小さく響いた。

 そしてその音と共に小さな微弱な振動が空気を揺らしだした。

 少しずつ少しずつその振動は強くなり、部屋や地面も同じ様に震えだす。


「…………揺れてる?」

「地震か?」


 差し出した格好のまま顔を上げて周りを見回す。ジョイも警戒する様に周りを見回した。

 振動ははっきりと大きくなり、部屋に飛び散った物が揺れてあちこちにぶつかりだす。

 おそらく金属製の物同士がぶつかったのだろう。

 空気を引き裂くような音が部屋中に響いた。


「うわっ!」

「きゃっ……!!」


 その瞬間、それが合図だったというように、何かが時を刻み始めた。

 カチ……カチ……と時計が時を刻むような音がどこからともなくいくつも聞こえてくる。


 複数の時を刻む音が重なり合い、さらにこの部屋全部を震わせている振動と重なり合うと、私とジョイを中心に螺旋を描くように音が響く。


 だんだん、だんだん、それは収縮する。

 そしてあっという間に目の前で、手のひらの懐中時計の上で“時が刻まれた”

 ぽっと光が灯るように両手の手のひらの上に熱が生まれる。


「えっ!? 時計が直ってる!?」


 手のひらの上で温かみある金色に輝き出した懐中時計は、無残なバラバラな姿ではなくなっていた。

 時を重ねてきたのがわかるブロンズ金属の懐中時計がそこにはあった。

 閉じられている蓋は鈍く艶めき、それが懐中時計の味わいになっている。


 作業場の淡い照明が懐中時計の金属に僅かに反射し、蓋を縁取るようにある細い三日月と散りばめられた星が淡く浮かび上がって見える。


 その星が瞬くデザインの合間に深緑色の宝石がいくつか嵌め込まれ、見る角度によっては煌々と光る星の群れにも思えるし、落ち着きのある上品な夜のようにも見えた。


 大事にしてきたのだろう。

 子供に好かれそうなデザインな上に、長く使われてきたのが一目でわかる。なのに鈍く艶めくなんて、それ以外考えられない。


「これが、あなたなんだね」


 つい嬉しくなってそうこぼした瞬間、多重に重なるたくさんの歯車が噛み合う様な、カチリ、という音がした。

 懐中時計から、熟成したような金色の光の束が溢れ出す。その光は触れると心が包まれるような柔らかさがある。


 どんどんそれは強くなり、その中から魔法陣にも見える複雑に何かが刻まれた時計の文字盤が現れた。

 ゆったりと、文字盤は輝きながら回っている。

 しばらくすると文字盤の真ん中に深緑を纏った焦げたような金色の光の柱が立つ。


 その光の柱は幾つにも分裂して、花が開くように文字盤にそうように倒れた。

 光の柱は今度はたくさんの光る時計の針のようになり、動きだす。そしてそのままゆっくりと、懐中時計の中に吸い込まれるように消えた。


――――熱い。


 手に持っている懐中時計から、熱いほどの振動と時を刻む音を感じる。

 振動も熱も、奥深くからどんどん湧き出てくるようだった。

 ここにいる。

 そう、自分の存在を訴えるように。


『ティアさん』

「えっ!?」


 呼び慣れた言葉を話すように、懐中時計から名前を呼ばれる。

 同時に、ただ名前を呼ばれただけなのに体が重くなるような重圧感がかかる。


『あなたがくれた時間が、私を生かした。だから今度は、私があなたを守る番』

「――――どういう事?」


 ぐぐっと押さえつけられるような重圧が強くなる。それに呼応するように手のひらも燃えるようだった。


 懐中時計が言っている事に全く心当たりがない。

 今回目覚めてまだ一日も経っていないし、そもそもジョイやクリスとしか接していない。少年の人形はきっと論外だろう。


 百年前の知り合いなのだろうか?

 でもその時も必死だったし、何よりもそんなに長い事活動はしていない。

 懐中時計はどんどん熱く重圧感は増し、時を刻む音が遅く不規則になっていく。


「――――あなたは、誰?」

『あなたは誰よりも幸せにならないといけない人。だからどうか――――最後まで、自分を諦めないで』


 懐中時計に向かって圧縮されているような力を感じる。

 ぱらぱらと深緑を纏った焦げた金色の光の粒子が立ち昇っていく。


『どうか――――信じて』


 そう言った瞬間、パキンと、何かが割れるような音が響いた。


 そして重圧感や熱、圧縮されているような力が解放されるように、熟成した金色の光が一気に広がった。

 広がった光は光の粒子になり、少しずつ少しずつまた懐中時計に入っていく。


 懐中時計の蓋がゆっくりと開き、文字盤に刻まれた文字が滲むように光出す。

 人の命が脈打つように、カチ……カチ……と時を刻む音を刻み出す。


 どこか神聖で厳かな儀式のようだと、手のひらにある懐中時計を見つめた。


――――私はこの懐中時計の事を知らない。

 

 百年前の事を含めても、私がやった事でこの懐中時計が言ったような流れになるとは思えない。

 でも明らかにこの懐中時計は私を知っている。


「あなたは、誰なの?」


 よく考えたら少年の人形のように自分も誰誰言っているなと思った。

 こうやって少年の人形の中でも、現実も理解も超えていくわからない事が起こっていたのかもしれない。

 懐中時計が息をしたかのように、ふわりと風が起こる。


『――――私は、フォーチュンと申します。ご覧の通り、ある程度の長い時を過ごしてきた懐中時計です』

「フォーチュン?」

『はい、よろしくお願いします。差し支えなければあなたのお名前を、お聞かせいただけますでしょうか?』


「え? ティアだけど……」

『ティアさん』

「え、うん。……よろしくね?」

『はい、よろしくお願いします』

 

 首を捻る。

 噛み締めるように私の名前を繰り返したフォーチュンをまじまじと見つめてしまう。

 さっきフォーチュンは私の名前を呼んでいたと思うのだけど、あれは空耳だったのだろうか。


『ティアさん、ありがとうございます』

「ん? お礼言われるような事、私はしてないよ?」


 むしろフォーチュンをバラバラに壊していたのは私だから、謝る事ならある。


「むしろ、ごめんなさい。そうしようとしたわけではないけど、結果的にフォーチュンを壊してしまったのは私です」

『いいえ、違います。私はすでに、終わっていたんです』

「――――すでに終わっていた?」

 

 また私は首を捻る。

 私の発言を聞いて、今までずっと黙っていたジョイが息を呑んだのがわかった。

 ジョイはフォーチュンの言う、もう終わっていたの意味がわかるのだろうか?

 ジョイを見つめると、小さく息をついた。


「ティアが何を話しているのかわからないから間違えてたらごめんだけど、その懐中時計はもう動いていなかったんだ。外側と、特に中の部品がダメになっているみたいで、依頼主もそれをわかったうえでダメ元で修理と磨きを依頼してきたものなんだ」


「…………そうなの?」

「ああ、だから修理は諦めてなるべく丁寧に磨きを施したんだ。そもそも人形作家に、こんな精密な懐中時計が直せると思うか?」

「たしかに!」


 すごく納得してしまって深く頷いてしまう。

 ジョイはまた小さく息をついた。

 ジョイは私の手のひらにあるフォーチュンを見て、目を細める。


「依頼主も知り合いだからさ。最後に磨きくらいならと思ったんじゃないかな。俺の伝手で奇跡的に修理できたらなお良し、みたいな」

「なるほど」


 ジョイとの会話を聞いている限り、フォーチュンはもう絶望的だったようだ。

 私がフォーチュンをバラバラに壊してしまった時にもう壊れていたなら、それなら今はどういう状況なのだろうか。


『ティアさん。蘇生してもらってすぐに図々しいのは承知なのですが、お願いがあります』

「え、蘇生? え、お願い?」

『はい。私の懐中時計としての時間は終わっていました。そして私はたった今、ティアさんによって蘇生されました』

「えっ!? そんな事してないよ!?」


 ギョッとしてフォーチュンを凝視する。

 フォーチュンをバラバラに壊してしまっていて、たしかに少しでも時間が戻って欲しいとかは思ったけど、命を復活させるなんて大それた事はやってない。

 ていうか、できるわけがない。


「さすがに嘘ついてるよね?」

『お二人の話を聞いていて、もしかして自覚がないのではと思いましたが、やっぱり自覚がないようですね』

「いや、本当に違うよ?」


『もう一度言いますが、私はティアさんにたった今、蘇生してもらいました。一度失った命を、もう一度もらいました。もう一度、生きる時間をもらいました。本当に、感謝しても仕切れない』

「ええ……?」


 違うと思うんだけど。何回考えても違うと思うんだけど。

 フォーチュンは何か勘違いしていると思う。

 私はただの人形だよ? 何かを蘇生させるなんてできないよ? ていうか、普通誰もそんな事できなくない?


『信じてなさそうなので言いますが、私が初めて会ったティアさんに嘘をつく理由がないんですよね? しかも私は今お願いをしようとしてる立場です。お願いを聞いてもらいたいのに、なおさら嘘なんてついて、心象を下げる意味はありません』

「…………」

『とは言っても、ティアさんの混乱もわかりますよ。私がティアさんなら同じようにきっと“わからない”』


 ぐうの音も出ない。

 本当にやってないものはやってない。

 でも、否定する材料が私にはただやってないって気持ちしかない。

 これでフォーチュンの誤解を解くのは無理だ。


 不本意すぎるけれど、ここは一度受け入れるしかないのだろうか。

 黙っていたジョイがおずおずと口を開いた。


「ティア、話の途中でごめんな? もうすぐ引き取りに来る時間だから、そのフォーチュン? のお願いをできれば聞いておきたい。申し訳ないけど、聞いて教えてくれないか?」

「あっ、うん、ジョイごめんね。フォーチュン、お願いって何かな?」

『はい。私をなるべく早く、ご主人のもとに返していただきたいです』

「あれ? それならもうすぐ受け取りに来るみたいだよ」


 だよね? とジョイを見れば、ジョイは頷いてくれた。


『よかった……!!』

「……どうかしたの?」


 フォーチュンのどこか焦っている雰囲気が気になって聞いてしまう。

 何か事情がありそうだけれど。


『確証があるわけではありませんが……ご主人の命が、尽きようとしている気がするんです。だから……私は一秒でも長く、彼のそばにいたい。離れたくない』

「えっ、そうなの?」

『はい』

「どうして?」


『私の最後の記憶では、仕事で無理をしすぎて持病が悪化しているように思いました。彼は仕事人間でもあるので無理をよくしていたのです。毎回なんとなく持ち直していたのですが、今回は逆に体調を崩していました。見た事のない、姿でした。あれは、だから」


 そこまで言った瞬間、フォーチュンは言葉にならなかった言葉を震わせた。

 フォーチュンの蓋に嵌め込まれた小さな宝石が、まるでその心を映すかのように淡く陰る。

 私はフォーチュンの想いに寄り添うように、そっと外縁を撫でる。


――――終わるのは、怖い。


 まだそうと決まったわけじゃない。

 けれど、ずっとそばにいて、ずっと見ていたのなら、その紙一重のような大きな違いに気づいてしまうのだろう。

 その人へのその想いが大きければ大きいほど、それは怖くて仕方なくなる。


「私も……そばにいたかったからわかるよ。できるならずっと、無理ならせめてそばにいられる限界のその時まで、そばにいたいよね」


 いっそこのまま忘れてしまえたら。

 そう思ってしまうほど、大事な人を失うのは怖い。

 それでもフォーチュンは、そばにいようとしている。

 それは覚悟を伴ったあたたかい想いだ。


『ありがとう、ございます……!!』

「こちらこそ、大事な事を話してくれてありがとう」


 フォーチュンは声を震わせながら、そう言った。

 フォーチュンが大事な人と過ごす大事な時間をなるべく長く過ごせたらいいなと、そう思った。

 蘇生したのは私ではないけど、フォーチュンにもう一度命が宿ってよかったなと思う。

 その時カラン、と呼び鈴が鳴った。

 

「――――来たな」


 ジョイがドアの方を向いて、小さくそう言った。

 私はそっとフォーチュンをジョイに手渡す。


「フォーチュンはご主人のそばにいたいんだって。それがお願い」

「わかった。ありがとう」


 ジョイは立ち上がり、散らかった物を颯爽と避けつつ店に向かう。

 私もゆっくりと立ち上がった。

 散らかっている物を少しずつ避けて、ジョイの後を追う。


「おはようございます、エステヴァンさん。事情があって、ちょっと散らかっててすみません」


 ジョイがそう来客に応対する。

 やっぱり店側まで被害が出ていたようだ。申し訳なさすぎて心が痛む。

 ジョイにごめんなさいと思いながらカウンターからこっそりジョイの様子を覗く。


 店側も派手に散らかってしまっていた。

 棚に展示してあった物は全部落下してモカブラウンの床に散らばっている。


(うう……取り返しがつかなすぎる……)


 繊細な商品だってあるはずだ。

 見た感じ絶望的でしかないけれど、少しでも傷ついていなければ嬉しい。

 ジョイに少しでも迷惑はかけたくない。


 ジョイは店側のカウンターから新しい用紙、上質な紙袋と梱包資材を取り、入り口に向かってまた颯爽と散らかった物を避けながら進んでいた。

 ジョイの向こう側、入り口の辺りで佇んでいる男性がそんなジョイに向かって爽やかに微笑んだ。

 

「ああ、レーベンさん、おはよう。入った時あまりに豪快だったから、朝から盛大に大掃除してるのかと思ったよ」

「もう、そうしようかと思っていたところです」


 ガクッと肩を落としたジョイに、おそらくフォーチュンの依頼主――エステヴァンがははっと笑い声を上げる。

 エステヴァンはジョイの事をレーベンと呼んだ。ジョイのフルネームはジョイ・レーベンと言うのだろうか。

 

(なんか、フォーチュンのご主人にしては若くない?)

 

 エステヴァンは働き盛りの成人男性のように見える。

 艶のある茶色の短髪に細目の凛々しい顔つきをしている。髪よりも落ち着いた焦茶のスーツを着慣れたように着こなしていて、身だしなみにも気を遣っていそうに思う。

 体格も思ったよりがっちりしているし、今にも儚くなりそうには思えない。


(代理だろうか?)


 さっきフォーチュンはご主人の命が尽きようとしてるって言っていたから、その可能性の方が高いかもしれない。

 じっと、エステヴァンを観察する。

 エステヴァンの元まで辿り着いたジョイは、入り口付近にある今は何もない棚の上に、紺色の布に包まれたフォーチュンをそっと置いた。


「こんな所ですみません。こちらが修理と磨きの依頼をいただいていた懐中時計です。確認をお願いします」

「ああ、ありがとう」


 エステヴァンは置かれたフォーチュンをチラリと見ただけで頷いた。


「申し訳ないが、もう包んでもらってもいいだろうか。簡単で構わない」

「はい、それは構いませんが……もう少し確認しなくても大丈夫ですか?」

「ああ、少し急いでいるから」

「わかりました」


 ジョイは新しく出した用紙に何か書き込み、エステヴァンに差し出した。


「こちらにサインをお願いします」

「ああ」

 

 エステヴァンが棚に置かれた用紙に記入する。

 その間にジョイは慣れた手つきで手早く梱包していく。

 最後に紙袋に入れて、エステヴァンに紙袋を手渡した。


「エステヴァンさん」

「ん、なんだい?」

「なるべく早く、懐中時計をルドヴィクおじさんに手渡してあげてください」

「ああ、そのつもりだけど……どうかしたのかい?」


 不思議そうにエステヴァンはジョイを見る。

 ジョイは真っ直ぐにエステヴァンを見る。


「信じられないと思いますが、その懐中時計はルドヴィクおじさんのそばにずっといたいそうです」

「なるほど?」


 エステヴァンはおもしろそうに笑った。

 そして紙袋を自分の目線まで上げてその中に入ったフォーチュンを見て笑みを深めると、何かを思い出すようにまた楽しそうに笑った。

 その楽しみを共有するようにエステヴァンはジョイに返す。


「知っているよ。父とこの懐中時計は相思相愛なんだ。レーベンさんはよくわかったね?」

「……なんとなく、そんな気がしたので」

「ははっ、わかった。ありがとう。帰ってすぐに手渡すよ」

「はい、ありがとうございます」


 少しだけ居心地が悪そうなジョイにそう言って、エステヴァンは目を細めて笑った。


(――――大丈夫そう)


 心配で詰めていた息をほっと吐き出す。

 フォーチュンのお願いは問題なく叶いそうだ。

 あとはこのままフォーチュンがご主人と穏やかな時間が過ごせると嬉しい。それができるだけ長かったら、最高だ。

 

「よかったぁ……」

 

 小さく呟いたつもりだったけれど、思ったより声が通ったのかもしれない。

 カランと呼び鈴が響く中、こちらを振り向いたエステヴァンと目があった。


(あっ)


 じっと見ていた事がばれてしまった。

 どうしようと一瞬悩んで、ぺこりと頭を下げる。

 悪い事はしていない。フォーチュンの事が心配だっただけだ。


 エステヴァンも一瞬驚いた顔をしたけれど、小さく笑って会釈して、そのまま帰って行った。

 無事フォーチュンの引き取りは終わった、で合ってるよね?

 ジョイを見ると、少し散らかってしまった物を片付けながらこちらに戻ってきていた。


「引き取りは一応、無事終わったよ」

「うん、よかった。ありがとう」

「こちらこそありがとう。ティア」


 ジョイはさすが緊張したようだった。

 会計カウンターの上にもたれかかるように力を抜いてジョイは笑った。


「懐中時計が直ってる事や動いてる事、どう説明しようか悩んでたんだけど、大丈夫だったな」

「確認しなかったね?」

「うん、急いでいたみたいだけど……」


 なんだろうな? とジョイは体を起こしながら首を捻った。


「まあ、エステヴァンさん自体もかなり腕のいい時計職人だから、あの懐中時計が直せない事くらいは確認しなくてもわかるのかも。外装さえ大きく問題がなければ大丈夫って判断なのかな」

「なるほど」


 ジョイはフォーチュンの外装も少し部品がダメになっていると言っていたような気がするけれど、エステヴァンが代理なら依頼時の状態を知らない事も普通にあり得る。


「でも本当の問題は、その直せないはずの懐中時計が直ってるって事なんだよな。多分気づいた時、一気に来るぞ」

「え? 何が来るの?」

「質問攻めだよ、きっとね。まあ、その時までに言い訳考えておく」

「う、ごめんなさい」


 私は最初の状態を知らないけれど、やっぱり、直るはずがないものが直っていたらそうなるよね。

 がくりと項垂れる。

 奇跡を願って修理も依頼してみたけど、きっとフォーチュンの持ち主は、世界で一番フォーチュンを知っているはずだ。

 すぐにフォーチュンの異変に気づくのだろう。


「大丈夫。まあ、素直にわからないって言ってもいいしね? むしろ逆に良い事なんじゃない? 言い訳を考えるのは大変だけど、ルドヴィクおじさんは喜んでくれると思うよ」

「うん……ありがとう」

「よし、切りよく終わった所で片付けよっか。今見てて思ったんだけど、ラッキーな事に商品も壁も傷がないみたいなんだよな」


 ほら見て? とジョイは手に持っていた小さな手鏡を見せてくる。

 楕円形の鏡に薔薇をモチーフにした装飾が施されている。その鏡はぴかぴかだった。


「え!?」

「あの衝撃で鏡が割れてないなら、きっと被害は少ないと思う」

「うわぁぁぁ……!!それなら嬉しい……!!」


 せめてもの吉報。

 わざとではないけれど、これだけの被害を出したらもう私はここにはいられない。


「よかった……!!」


 安心して涙が溢れてしまう。

 何もわからないまま目覚めて、それなのにこうして受け入れてくれているジョイに、恩を仇で返したくなかった。

 迷惑に、なりたくなかった。

 私はまだ、ここにいたいから。

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