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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第一章 それでも、この世界で

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人形の願い、人のかたち

 ギリッと歯を食い縛る音が響いた。

 いつの間にか少年の人形が人間化している。

 そしてとても怒っている。


 もしかしなくても、私が見たものはこの少年の過去なのだろうか?

 勝手に過去を、のぞいてしまったのだろうか?


「…………どういう事?」

「それはこっちの台詞だ」


 一応聞いてみたけれど、冷たく切り捨てられる。

 もしあれが過去なのであれば怒るのはわかる。

 わざとではないけれど勝手にのぞいてしまったし、あの映像の事を考えると楽しい過去だったとは思いにくい。

 怒りを滲ませながら少年は観察するように聞いてくる。


「ねえ、あんた誰」

「私は、ティアって名前だけど」

「わかって言ってるよな? 聞きたいのは名前じゃない」

「うっ……」

「あんた、何をした」

「私は何も、してないよ?」


 違うと主張するように私は首を横に振った。

 本当に何もしてない。意図的に何かしようとしたわけではない。

 ただ横になってる人形の胸の奥に水色の光が見えたから、見てしまっただけだ。ちょっとだけのぞきすぎてしまったけど、わざとではない。


「何もしてなくて、今ここにこうやって俺がいるわけがない」

「……どういう事?」

「あんた、本気で言ってるのか?」

「うっ……だって本当にわからない」


 わからないと、また私は首を振る。

 少年は眉間に皺をギュッと寄せてイラつきを吐き出すように息をつく。

 少年は今にも舌打ちしそうな雰囲気で、私から視線を横にそらした。


「まず、今までだってあんたみたい話しかけてくる奴はたくさんいたけど、こうやって会話できたことはない」

「うん、それはわかるよ」


「意思疎通できないのが当たり前。聞こえないのが当たり前。そんな意思疎通できない俺の声を認識して発信源を見つけた後、俺を強制的に人間化させた」

「………強制人間化?」


 そんな事をしたつもりはない。

 そもそも私にそんな力はないし、やり方があったとしても知らない。


 人間化はその人形に“その時がくれば”勝手に起こるものだ。

 これはこの少年が自力でした事を私のせいにしているのではないのだろうか。

 少年はわかりやすく、ついに舌打ちした。


「俺はまだ人間化できるほどの力を持ってなかった。そもそも、自我もそんなに強くなかった」

「………………なるほど?」


「あんた絶対わかってないだろ。あえて教えてやるよ。あんたがここに入ってきて自我が急速に固定化されてはっきりした上に、あんたに話しかけたら強制的に人間化させられたんだ」

「そんな事してない」

「してる。しかも」


 少年は続けようとして、また苛立ちをぶつけるように舌打ちした。


「あんた、見たよな?」


 少年から今にも飛びかかってきそうな強さで私を睨んでくる。

 何をと聞かなくてもこれは多分、最後に見た頭の中に差し込まれた映像の事を言ってるのだろう。


「ごめん、わざとではないし、勝手に見る気はなかった」

「なあ、あんた誰」

「……何が言いたいの?」


 私も少し苛立ってきて少年を睨んでしまう。

 この少年は何が言いたいのだろうか?

 さっきから誰誰って。


 過去を見た事を怒ってるのなら謝るし、誰にも公言はしない。でもやってる事は怒ってお前は誰だって私に圧をかけてくるだけ。

 何が言いたいんだ。

 はっと少年は馬鹿にしたように笑う。


「あんた、わかってんのか? 今の、この状況の異質さが」

「異質?」

「もう一度聞くぞ。あんたは何者だ?」

「私はティアだよ。あなたと同じ人形で、それ以上でも、それ以下でもない。そもそも何が言いたいのかわからない」


 そう、私は人形だ。

 どんなに人間のように見えたとしても、世界に一つしかないティアという人形だ。

 私が何か特別とかいうわけではない。


 人形として生まれた事も、手厚く修繕してもらった事も、こうして人間のように動ける事も、ジョイという人のそばで目覚めた事も。

 彼の言う本当かどうか知らない現象も、もし私に原因があるのだとしたら、それは“偶然”だとしか言いようがない。

 少年はまた舌打ちした。


「わかってはいたけどさ。直感で理解してしまってはいたけどさ。何この理不尽」

「理不尽?」

「じゃあ寄越せよ」

「はっ?」


 少年の人形は座っていた作業台からゆらりと立ち上がる。

 こっちをギラギラと睨む氷のような目には強い攻撃性と翳りが映っていて、全身からは炎のように燃え立つ水色の揺らぎが見える気がする。


 少年は一歩踏み出した。その一歩は作業場の空気を波紋を描くように振動させる。

 思わず、一歩後ずさる。


「じゃあ寄越せよ。その力」

「何を言って……」


 少年が一気に掴み掛かってくる。

 私の肩に少年の右手が触れる。それと同時に少年の体の周りで揺らいでいた水色の何かが爆発したように吹き出して、私を包み込んだ。


 掴まれた肩が痛い。包み込む水色の何かは、一気に私に取り憑いて喰らおうとしている。

 体に入って侵食しようとするその力に、自分の心がミシリと音を立てた気がした。

 

――――また私は、壊れるのだろうか?


 歩くことさえ、命の危険を孕みながら生きてきた。

 一歩歩くたびに、何かが壊れ命を削った。動くたびに、進むたびに、私は私を失いながら生きてきた。

 この少年から噴き出ている強い力に攻撃されてしまったら、そんな私なんて呆気なく壊れてしまうに決まってる。


 今も元凶の二人はまだ存在している可能性がある。

 昨夜目が覚めたばかりで、その対策もできていない。

 私はまだこの街を守りきれていない。

 私を作ってくれた彼が大事にしていたものを、私はまだ、守りきれていない。


 目を見開いて、口もぽかんと開いて、さっきの勢いはどこに行ったのだろうか。

 驚愕の表情でこちらを見てくる少年を、水色の視界の中からじっと見つめる。


「あんた……!?」


 さっきまで怒りを宿していた目を動揺に揺らしながら、今更私が何を考えているのか探ってくる。


――――私は何も知らないよ?


 さっき何が起こったのかもよくわかってないし、この世界の事もまだ何も知らない。

 知りたかった。

 百年前のどうしようもない状況とは違って、今は色んな事ができそうなのに、人間になったらやってみたい事がたくさんあったのに。


 ジョイも楽しんだらいいよって言ってくれた。そんな事人形の私に許されるのかって思ったけど、人形だからこそ言ってくれてるその言葉は何よりも心に響いた。


 私はもっと知りたい。

 私はもっと世界を見たい。


――――――私はまだもう少しだけ、ここにいたい。


 ミシリと音を立てた心の奥の方から、声が聞こえたような気がした。

 その瞬間、胸の奥の方で熱を持った何かが、力を溜めるように一気に圧縮した。そうして全てを吹き飛ばすと言うように、爆発した。


 私を中心にして極所的に嵐が起こったように暴風が吹き出す。

 暴風と共に少年が触れた左肩から帯のような何かが吹き出すように飛び出して、少年に襲いかかる。

 同時に頭の中にキンッと、もともと組にして使う部品がはまったような金属音がした。


「うわっ!? なんだこれ!?」

「きゃっ!!」


 少年は吹き飛ばされ、私は反動で少し後ろに飛ばされて尻餅をつく。

 部屋中の物も吹き飛ばされ、部品や工具が壁に叩きつけられてバラバラと落ちていく。

 視界の端に作業場の奥の壁に叩きつけられて落ちていく紺色の布が映った。


「――――――あっ!!」


 あれはジョイが急ぎの引き取り品だとさっき出してきた物だ。


「嘘でしょ!?」


 慌てて紺色の布のもとに駆け寄ろうとするけれど、帯のような何かと格闘して暴れる少年が間に割り込んできて阻まれる。


「いやいや、邪魔!!」


 私の左肩から飛び出した帯のようなものは、少年を包み込むように高速でぐるぐる渦巻いている。

 少年を包んだまま大きく膨らんだり、締め付けるように縮んだり、それそのものが生きているように動く。

 少年は必死にその帯を何とかしようとしていた。


「どけよっ!!」

「こっちがどけよだよ!!」


 私は早くジョイの急ぎの引き取り品の無事を確認しなければならないのだ。早くそこを退いてよ。

 少年はさっきこの部屋に波紋の振動を広げたような存在感を放つ。

 でもさっきとは違い、特に現実に変わった事は起こらなかった。

 

「はっ!? 力が吸われる!?」


 少年がそう言って愕然としている。

 何も起こらなかったのは、あの帯のようなものが少年の力を吸い取ったからのようだ。

 正直どうでもいいから、早く退いてほしい。

 よくも攻撃してくれたな? とばかりに帯のようなものは少年をぐいぐい締め付け始めた。


「ぐ……っ!? やめろ……っ!!」


 そのまま反対の方の壁によたよたと動いていったので、その隙に私は紺色の布に駆け寄った。

 これは今日ジョイが急ぎの引き取りだと言っていたものだ。


「壊れていたらどうしよう……!?」


 中身は紺色の布から飛び出してはいないようだ。

 それだけで少し衝撃は弱まっているからマシだけど、それでも壁に吹っ飛ばしてぶつけてしまっているから大した差はないに違いない。


(うわぁぁぁ嫌だぁぁぁ!!)


 ジョイに迷惑はかけたくない。でもこれは、完全に迷惑をかける。しかも致命的に。

 泣きそうになる。

 そっと紺色の布を掬い上げる。

 中からカシャリ、と軽く耳障りのいい金属音がして血の気が引く。


「嫌だ……っ!! カシャリっていってるんだけど……っ!? これ、壊れてない!?」


 嫌だ嫌だ嫌だ。誰か嘘だと言って。

 ぶるぶると震える手で、紺色の布を開いていく。

 布を捲るたびに、小さくカシャカシャ音がする。


 布を捲るたび、音が聞こえるたびに、どんどん血の気が引いていく。

 鼓動が大きくなり、私の気持ちに呼応するように不規則に脈打っている気がする。


「大丈夫大丈夫大丈夫、大丈夫であってください、お願いします……っ!!」


 最期の布をそっと捲ると完全にバラバラになっている懐中時計があった。

――――それを見た瞬間、意識が遠くなった。

 いやいやいやいや。馬鹿か私は。そんな事をやっている場合ではない。

 現実を受け入れられなくて全身がガクガクと震える。


――――あいつのせいだ。あの失礼で態度の悪い人形が悪い。あいつが私の力とやらを奪おうとしなければ、奪うにしても攻撃的にしなければ、多分きっとこんな事にはならなかった。


 何度見ても、この懐中時計は壊れている。

 バラバラになっている事はもちろん、バラバラになってる部品の一部が歪んでいる。

 致命的。これは、無理だ。致命的だ。

 もう、避けられない。


「うわぁぁぁ…………っ!!」


 せめて少しだけでもいい、時間が戻ったらいいのに。

 ジョイに迷惑はかけたくない。迷惑なんてかけたくなかった。

 その時カラン、と呼び鈴が鳴った。

 ドクンと心臓が跳ねる。


(来ないで……!!)


 耳の中からドクンドクンドクンと脈打つ音が聞こえる。

 ジョイに向かって背中を向け、隠すように紺色の布ごと懐中時計をぎゅうっと胸に抱き締める。


(来ないで来ないで来ないで……!!)


「ティア、今すごい音がしたけど何かあった? 大丈夫?」


 店の中に入ってきたジョイがそう声をかけてくる。


――――優しい。


 思わず泣きそうになる。

 そんな優しいジョイに背中を向けて、壊してしまった懐中時計を隠して、このままでいいのか? と自分に思う。


 多分あの暴風は店の方まで被害を出してるはずだ。それだけでも怒るのが普通だ。

 それでもジョイは、こうやってまず私に声をかけてきてくれている。大丈夫かと聞いてくれている。


 今の私の態度はそんなジョイの信頼を裏切る行為ではないのかと、自分に問う。

 悪いのはあの少年の人形だ。間違いなくあいつが悪い。


(――――――でも)


 無意識に手の中にあるつるりとした懐中時計を握りしめる。

 こういう時は正直に話して、素直にごめんなさいをした方がいいのではないか。


 怒られるのは間違いないけど、嫌われてしまうかもしれないけど、でもこうやって隠して自分を守る行為は、逆にジョイを裏切るのではないか。


(うう……っ)


 声が聞こえても無視すればよかった。

 大人しく何もせずにいい子にしてればよかった。

 あんな誰誰うるさい人形なんて、ほっとけばよかった。

 濃い木目の床を穴が開くのではないかと思うほど睨みつける。


「えっ!? ぐちゃぐちゃになってる!? えっ、どういう事!?」


 ジョイが作業場に入ってきて、そう驚いた声を上げる。

 作業場がぐちゃぐちゃなのは、おそらく私が吹き飛ばしたからだ。

 原因がどうであれ、やったのは、私だ。


 だよね。そうだよね。

 親切にしてくれたジョイの事を大事にするのなら、責任は取らないといけない。

 嫌われても、もうジョイと関わる事がなくなっても、ジョイを大事に思うなら、そうしないといけない。


 作業場の奥に入り込んできたジョイの気配が、背後にする。


「…………ティア?」


 座り込んで俯いている私の背中から、ジョイの声がかかる。

 今私はどんな顔をしているのだろう。

 こんなの理不尽で悲しすぎて、ほんとやってられない。


「ジョイ…………ごめんなさい」

 

 声が、か細く震えた。

 よく、ごめんなさいが言えたなと思った。

 それくらい喉が震えて声も震えて、ちゃんと自分の意思を伝える事ができるとは思えなかった。


「ティア、どうした?」


 ジョイが私の様子に慌てた様子で駆け寄ってくる。

 私の肩にそっとジョイの手が添えられる。


 言わないといけない。

 伝えないと、いけない。

 これがもしかしたら、ジョイと話す最後になるかもしれない。


 嗚咽が喉の奥から込み上げるけど、私が泣くなんてお門違いだと甘えた自分を叩いて黙らせる。

 ゆっくりと息を吸って、ジョイに抱きしめて隠していた紺色の包みをそっと差し出した。


「えっ!?」

「……壊してしまいました。本当に、すみません」


 ジョイに嫌われていくのを見ている勇気なんてなくて、俯いたまま言う。

 こんなに早く、ジョイに嫌われたくなかった。

 我慢していた涙が、じわりと浮かんだ。

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