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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第一章 それでも、この世界で

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7/12

水色の光に、溶けて

「たくさん泣いてしまって、ごめんなさい……」

 

 泣いてしまったせいでジョイの工房の開店時間近くになってしまった。

 急いで仕事着に着替えたジョイについて歩きながら、ジョイの背中に向かって謝る。

 白いシャツに黒のスラックス。出会った時と同じ格好。これが制服らしい。


 会ったばかりなのに、私はジョイの前で感情を爆発させすぎている。

 恥ずかしいという気持ちもあるけれど、何よりもそれに付き合わせてしまってるという罪悪感がとても大きかった。

 ジョイは裏口に当たるドアを開けて、こちらを振り向いた。


「ううん。嬉しかった」


 そう言って、ジョイは穏やかに笑った。

 初めて見るジョイの笑顔に心が解ける。


「それならよかった……!」


 ほっと息をつく。

 気持ちが落ち着いてふと我に返った時、私は何を言ってるんだと思った。

 ジョイの話を聞いて悲しくてたまらなかったけど、よく考えたらジョイはとても淡々と話していたようにも思えて、私はジョイの過去や気持ちに、土足で入り込んでしまったのではないかと焦った。

 

「ティア、ありがと」


 そう言って、ぽんぽんと頭を撫でてからジョイは中庭の奥に進んでいく。

 自然と顔が笑顔になっていくのがわかった。

 気持ちを受け入れてもらえた事が、すごく嬉しかった。


「こちらこそ」


 小さくそう言ってジョイを追いかけると、ジョイは草の中を歩いて行っているように見えた。

 自由に成長している木や草の中に横に細長い池があって、池を分断するように小さな木製の橋がかかっている。

 その橋につながるように赤茶色系統のレンガで簡易的に道が作られていて、草を刈ったら、もしかしてとても華やかな庭になるのではないだろうかと思わせるような中庭だった。

 そんな事を考えながら中庭を突っ切ると、すぐに濃い赤茶色の煉瓦で作られた一階建ての建物が現れた。


「ここは工房ね。こう見えて俺人形作家だから、時間があれば大体ここで何か作業してるよ」

「ジョイの部屋にも、人形に関する本がたくさんありましたもんね」

「あれ、気づいた?」

「もちろん。私を作った人も、たくさん読んでいましたよ」


 そうなんだと言いながら、ジョイは鍵を回しドアを開けた。

 中に入るように促され入ると、独特の空気が広がった。

 どこか張り詰めたような、背筋がピンとするような、そんな空気だ。


 工房内は白い壁に沿って棚が設置されていて、そこに道具や部品等が置いてある。真ん中には大きめの作業台が置かれていて、その上には人形が一体横たわっていた。


 目覚めてから自分以外の人形は初めて見る。

 幼い顔立ちの少年の人形で、柔らかい真っ直ぐな金髪に水面のような瞳がすごく綺麗だ。

 服は茶色のズボンだけを身につけていている状態で左腕の肘関節が剥き出しになっている。

 もしかしてこの人形は修繕途中だったのだろうか?

 

「家側から入ると工房の裏側、作業場になるよ。で、あの仕切りの向こう側がお店ね」


 ジョイがそう言いながら正面を指差す。

 そこには作業場と店を繋ぐ入り口と、壁を人の胸の下くらいから頭の上くらいまでを横に二m程度くり抜かれたカウンターがあった。


 そのさらに奥には飾られた人形や小物などが見える。

 店側の窓から外を見るともう通行人がちらほら見えていて、人が活動し始める時間が来ていると感じた。

 窓から現れては消えていくたくさんの人に、人間の世界がすぐそこにあると少しだけそわそわする。


「もうすぐ開店時間だから、急ぎの引き取りの物だけちょっと用意するね」

「あ、はい! 私の事は気にしないでください。静かにしてるので」

「うん、自由にしてていいからね」

「はい!」


 ジョイは入り口近くに置かれてあった黒のエプロンを羽織る。

 そしてチラリと作業台にある人形を見る。


「一応人形作家だけどそれだけじゃやっていけないし、人形だけじゃなくて小物やアクセサリーとか、俺にできる作業や品物は受けるようにしてるんだ」

「そうなんですか?」

「そう。世知辛いよね」

 

 ジョイは人形から視線を外し作業台の左奥の棚に向かい、紺色の柔らかい布に包まれた何かを取り出して店側にあるカウンターにそっと置いた。

 その流れでカウンター側にある引き出しから紙とペンを取り出して、何かを書き始める。

 カリカリとした耳に心地いい音が響く。


「……そこにある人形も、昨夜修繕してる途中だったんだ。人形のちょっとした破損の修繕。表面がちょっと傷が多くついていたくらいで、本当なら、もうとっくの昔に完了してる依頼」

「そうなんですか?」


 作業台にある人形をじっと見る。

 さっきも見たけれど、幼い顔立ちの少年の人形だ。綺麗な顔立ちでもあるのに、どこか活発そうな表情がその美しさを自然に馴染ませている。


 見ているとどこか元気がもらえるような、そんな人形だ。

 なんとなく、この人形の制作者がそんな人なのか、そんなふうに人形を作る人なのかなと思った。

 

「左肘関節がまだ途中なのかなと思うけど、それでももう、とても綺麗に仕上がってるように見えますよ?」

「見た目はね」

「見た目?」

「そう。もうこれ、半年以上かかってる」

「それは…………」


 どの程度の仕事の進み具合が普通なのかはわからないが、表面の傷が多いくらいなら半年はかからないのではないだろうか?

 本職の人形作家がこの修繕依頼で半年使ってしまうのは、正直時間効率が悪そうに思う。

 人間の世界の常識はよくわからないけれど、生活をするためには働かなくてはならない。お金を稼がなければならないはずだ。


 生活するのにもお金がかかる。食事や衣服、燃料はもちろん、それ以外にもお金はかかっているはず。

 この仕事に関する事だってお金がかかるのではないだろうか? 実際人形の部品や工具を買うために、私を作った制作者もかなりのお金を使っていた。

 ジョイは自分の手を見ながらため息をつく。


「人形に触れると手が震えて作業が進まないんだ。さっきみたいに」


 思わず息を呑む。

 さっき思わず手に取ってしまったジョイの手は、触れてる方が心細くなってしまうほど震えていた。

 ジョイの気持ちを抱きしめるようにぎゅっと握っても、もっとずっと奥の方で震えてしまっていて止めることなんてできない。


 でもきっと誰よりもジョイ自身が、その震えをどうにかしたいと思ってる。

 止まらない震えがジョイの悲しみと優しさの摩擦をそのまま表しているように思えて、心が痛かった。

 何か言葉をかけたいけれど、何を言ってもジョイを傷つけるような気がして何も言葉が出てこない。

 ジョイはそんな私に笑って、私の頭をぽんぽんと撫でた。


「でもなんとなく、今度は大丈夫な気がするんだ。ほんとに。じゃあ店を開けてくるから、その辺でも見ながらゆっくりしてて」


 ジョイは何かを記入した紙と包みをカウンターの端に置いて、足早に店の方に向かっていった。

 すぐに店のドアの鍵を開けて外に出ていくジョイの背中が見えなくなる。

 店を開けた時に鳴る呼び鈴の余韻が穏やかにしみるように拡散していく。


(人形に触れると、手が震える……)


 カウンターに置かれている紺色の包みを見る。

 さっき話していたジョイの言葉を思うに、きっとこれは人形やそれに関する物ではないのだろう。


 私を作ってくれた人は昼夜問わず触れる限りずっと人形に触れていた。

 勉強でも作業でも創作でも、とにかく思うまま自由に人形に関わっていた。

 そのせいなのか、おかげなのかはわからないけれど、あっという間に技術も実力も密度を増して上がっていった。

 人形を作りたくて人形作家になっているのに、人形に関する仕事ができない。


 それはどれだけ、ジョイの心を傷つけるのだろうか。

 ジョイはどれだけ、傷つき続けてきたのだろうか。


『   』

「ん?」


 呼ばれた?

 そう思って、戻って来たジョイに話しかけられたのかと思い店側の入り口を見るが、ジョイの姿はない。


「あれ? 空耳?」


 首を傾げる。


『   』

「え? 何?」


 思わず耳を押さえる。

 最初は単純に名前を呼ばれたのかと思ったけど、これは違う。

 何か音にならない音が入ってきている。

 思わず周りを見回すけれど、何もない。当たり前だけれど誰もいない。


『   』

「え、誰?」

 

 間違いなく人の声ではない。

 でも確かに、何か話しかけられている。


「――――――誰? 申し訳ないけれど、私には誰が話しているかわからない。もう少しわかりやすく、教えてくれる?」


 ゆっくり作業場を見渡しながらそう言って耳を澄ます。

 さっきジョイが来たのかと思って店側を見ながら音を聞いたけれど、発信源はわからなかった。

 多分目の前で話されたらわかると思うから、発信源は店側ではない。

 つまりここ、作業場からだと思うのだけれど。


『   』


――――下?

 下に目線を落とすと、そこには作業台に置かれた少年の人形があった。

 少年の人形に視線を合わせるために腰を落とす。


「もしかして、あなた? 申し訳ないけれど、あなたの言葉が私には聞き取れない」

『   』

「えっと……」


 どうしても何か言いたい事があるのか、少年の人形は話す事をやめない。

 何が言いたいのだろうか?

 ずっと言葉が続いているようにも感じるから、もしかしたら喚いているのかもしれない。


『   』

「うーん、全然聞こえないけど、何か不満があるの? それが伝えたいとか?」


 少年の人形を見つめてみるけれど、表情は当然、口も動いていないようだ。

 まあ確かに、自分が人形だった時も人形時は全く動けなかった。

 体は動かないけれど、思考や記憶、そういうものは人と変わらないように流れていたと思う。

 この少年の人形のように何かを訴えるという事をあまりした事がないのもあるけれど、人間にそれが伝わった事はない。


(――――話せるのなら、話したかった)


 無意識に、彼には話しかけていたかもしれない。

 一緒に見て、笑って、時間を共有する事、それが何よりも好きだったから。

 ティアって呼んでくれるように、私も私を作ってくれたあなたの名前を呼んでみたかった。


「――――ん?」


 まだ何かを訴えている少年の人形の胸の奥。

 いや、さらにその奥に、何か水色の光のようなものがあるような気がした。

 目を凝らして、水色の光を見る。


 見失いそうになるような小さな光。でもそれはこちらに何かを強く訴えかけていて目を逸らせなくなるような引力があった。

 水色。一言で言ってしまえばそれだけだけど、その色は白に近い水色や、濃い水色、さらに輝きや濁り、透明感がそれぞれ違う、たくさんの水色の層が折り重なっている。


 最初は、もはや水色の面影はない翳った灰色を帯びた色。水色に染み込むようにある灰色は、暗く澱んでまとわりつくようなしつこさがあるように見える。

 また違う層では、それ吹き飛ばそうとする水色の波が起こっている。

 混じり合い、反発し合い、混沌とした雰囲気だ。


 少し進むと灰色混じりの濁った水色から、暗く沈んだ濃い青になる。

 所々思い出したかのように澄んだ水色があるけれど、それを飲み込まんとするように濁った水色が範囲を広げている。

 暗く沈んだような青にも当たり前に重なっている濁りも、腐ったような臭いを漂わせているようなそんな重みを感じさせる。


 最初に見た光なんてこんな所にはない。存在しない。

 全てを否定すると言われているみたいで、ここは心が重くなった。


 それでも、光は変わらず見えている。

 たしかに大きくはない。眩しくもない。

 けれどその光は真っ直ぐに私に届く。


――――何か伝えたい事があるのだろうか?


 少年の人形が何かを訴えているように、この光も私に何かを訴えているのかもしれない。

 光の方へ進むと層が深まり、重なりの厚みが増した。そして今までの混沌とした様子から離れ、だんだんと澄んでいく。

 中心に光。その周りの空間は澄んだ水色で満たされていた。

 ただ光の後ろにはまるで雷が落ちたような大きな黒い亀裂があり、澄み渡るこの空間の美しさに恐怖という衝撃を生む。


――――ここはどこだろう?


 そしてあの黒い亀裂はなんなのだろう?

 何よりあの光はどういうものなのだろうか?


 ゆっくりと、一歩一歩、水色の光に近づく。

 光は安定して静かに発光している。穏やかに脈打って、ここに生きていると主張するように。


 光のもとに着いて、惹かれるようにそっと光に触れた。

 触れる手のひら、指の間から光が溢れ出す。その勢いはどんどん強くなり、あっという間に私を飲み込んだ。

 冷たい微弱な痺れが、指先から全身に走った。


――――――頭の中に差し込まれるように映像が浮かぶ。


 逆光でよく見えないが、小さいが綺麗に整った部屋の隅で隠れるように女の子が私を抱きしめて丸まっている。

 その女の子の後ろには何かを振り上げている男の影が見えた。

 女の子も男も身なりがよく、それなりに裕福なように見える。


 抱きしめられ接触している場所からは、女の子の温もりを感じていた。

 温かくやわらかい女の子の体を通して伝わる衝撃は、何度も何度も、繰り返された。

 たしかに自分を包んでいた温かさが失われていく様をずっと見つめ続けた。


――――――また映像が差し込まれる。


 さっきとは雰囲気が真逆の壁は穴だらけ、隙間だらけのなんとか雨風が凌そうな小屋と言ってもいいのかわからない建物内で、先程とは違うぼろぼろの女の子が息を白くさせながら笑っていた。

 とても大事なものを慈しむように、私の頭を撫でる。

 体のあちこちから血を流しながら。

 汚れるから抱きしめられないけど、また明日ね、と言って、彼女はそのまま目覚めなかった。 


「――――――やめろ!!」


 差し込まれる映像をぶった斬るような声に、はっと意識を取り戻す。

 そして同時に手に触れる感触が人間の肌で驚く。


「えっ!?」


 驚いて手を引いて、相手を確認する。

 そこには茶色のズボンを履いた、上半身裸の少年がいた。


「触るな」


 少年は起き上がりながらさらりとした金髪を揺らめかせ、透き通るような水色の瞳をギラギラと燃えるような怒りに染めて、こっちを見ていた。

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