ひとときの祝福
「ティアさん! いらっしゃい!」
接客を終えたアメリアがカウンターからそう声をかけてくれる。
今日も動きやすそうな服の上に、清潔感あふれたパリッとした真っ白なエプロンを身につけている。
まとめた赤髪に映える真っ白な三角巾をひらりと揺らして、アメリアは溌剌と笑った。
弾けるような笑顔に、私まで元気になる。
「アメリアさん、こんにちは! この前はすごく楽しかったです。ありがとうございました」
そう言うと、嬉しそうにアメリアは顔を綻ばせた。
「こちらこそありがとう。久しぶりに誰かが遊びに来てくれて、私達も楽しかったわ。よかったらまた遊びに来て」
そう言われて思わず頬が緩んでしまう。
「はい、もちろん!」
「クリスもすごく喜んでたのよ。あの子、私達にそういう事をあまり言わないけど」
少しだけ苦笑しながらアメリアは言う。
たしかにクリスは自分の発言が誰かの負担になるような事を嫌がる気がする。
私は頷いた。
「きっと心配をかけたくないんでしょうね」
私がそう言うとアメリアは少し驚いた顔をして、ふっと優しく笑った。
「そうね。ティアさん、ありがとう」
「こちらこそです」
アメリアのクリスを想う柔らかい笑顔に心がぽかぽかした。
「でもね、最近ほとんど姿を見ないの。また仕事漬けになっているみたい。ティアさん、クリスを見つけたら無理矢理にでも休ませてやって?」
「え? 仕事が忙しいんですか?」
「そうみたいなのよねぇ? 慰霊祭が近いから、この時期は元々忙しいんだけど」
「そうなんですね……」
「今年は百年祭も一緒に行うから、そのせいなのかしら」
頬に手を当ててアメリアは心配そうにしている。
家族が姿を見ないなんて相当だ。
そんな中、一緒に遊ぶ時間を作ってくれたなんて感謝しかない。
(クリスさん、また絶対遊びましょうね……!)
ぎゅっと手を握りしめて、そう心に誓う。
アメリアはふぅ、と息をついた。
「心配よね」
そう言うアメリアに、思わずジョイを思い出して私は強く頷いてしまう。
「好きな事に打ち込むのはいいけど、休む時は休まないと」
じゃないと、ここぞと言う大事な時に体を壊してしまう。
ほんとに、とアメリアは頷く。
「ティアさん、よろしくね」
強い眼差しでそう言われる。
それに応えるように、私は重々しく頷いた。
「もちろんです」
アメリアは私の返事に嬉しそうに笑う。
「ありがとう。よし、じゃあティアさん、お待たせしたわね。今日は何にする?」
アメリアは笑みを深めて、どうする? と手を広げた。
アメリアの前には甘い香りのするシナモンロールやりんごのデニッシュ、長い食パンが肩を寄せ合うように並べられている。
ちらりと入り口側を見ると、三種類のクロワッサンの一角があり、さっきからずっと途切れる事なく賑わっている。
「それなんですけど……実はですね、アメリアさんが接客中に考えてたんです」
「うん?」
壁側に目をやれば、棚には粉をはたいたバゲットが並んでいる。
「アメリアさんの手が空くまでに決めようと思ったんですけど……でも、どれも食べてみたくて、決めきれず……」
考えすぎてどれを選んでいいのか、結局わからなくなってしまった。
しかも、何度見てもずっとどれもおいしそうで愕然とする。
「そうなの?」
「私には選びきれませんでした。全部買える財力があれば全部欲しい。でもそうじゃないし」
どのパンもきっとおいしいしかない。
そんなの全部食べてみたいに決まっている。
並んでいるパンを見つめていると、目が泳ぐ。
どれが正解なのか、いや、どれも正解なのだ。
「うぅぅっ」
「ティアさん、おもしろいわね」
頭を抱える私に、アメリアはくすくす笑っている。
「もうすぐ昼時だからホットサンドはどう? チキンが入ってるのもあるし、卵や野菜がたくさん入ってるのもあるわよ」
お腹も満たされるし、とアメリアは言う。
「あ」
いい事を思いついた。
「ん? ホットサンドにする?」
「あ、はい。それでお願いします。チキンと野菜たくさんのものと、あとおすすめがあればもう一つ」
ジョイの分も買って、一緒にお昼にしよう。
「わかったわ。包むから少し待っててね」
「はい、ありがとうございます」
初めてパンを買う。
どきどきしながらアメリアの包む作業を眺める。
流れるように包まれるホットサンドに感動してしまう。
「なぁ、あなたがティアさん?」
夢中になって見つめていたら、声をかけられる。
声の方を見ると、奥の工房から白い上下の服に白い帽子を被った青年がひょこっと顔を覗かせていた。
青年はアメリアと似た鮮やかな赤髪をしている。
「はい、私はティアと言います」
頷きながらそう言うと、青年はぱっと弾けるように笑った。
「やっぱり! 俺、クリスの弟のルカって言います。よろしく」
「そうなんですね! こちらこそよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
ルカは頷きながら人懐こい笑顔で丸いリング型の揚げパンを掲げた。
こんがりとしたおいしそうな色と艶が眩しい。
甘い香りがふんわりと漂ってくる。
「今、ドーナツできたから持って帰りなよ。あっ、ドーナツ嫌いじゃなかったらだけど」
「ぜひ! ぜひ食べさせてください!」
思わず前のめりで答えてしまう。
ルカは一瞬驚いた顔をして、おもしろそうに笑った。
「ははっ。みんなから聞いてたけど、ティアさんがパン好きってほんとなんだな。じゃあ二つ入れとくね」
「はい、ありがとうございます!」
もう顔がにこにこするのが抑えきれない。
ルカがアメリアに粉砂糖をかけたドーナツを二つ渡す。
アメリアはそれも丁寧に包んで、茶色の紙袋に入れてくれた。
「はい、お待たせ。頼まれたものとおすすめにベリーとクリームチーズたっぷりのホットサンドを入れといたわ」
「ありがとうございます!」
代金をアメリアに手渡す。
「代金はこれだけいただくわね」
アメリアからホットサンド二つ分引かれたお釣りと紙袋を受け取る。
「いいんですか? ありがとうございます」
紙袋越しに香ってくる幸せの香りに、自然に顔が綻んだ。
「もちろん。ちなみにおすすめは新作なの。よかったら感想聞かせて」
「絶対おいしいと思いますけど、わかりました」
優しくぎゅっと紙袋を抱きしめる。
「ふふ、ティアさん、来てくれてありがとう。気をつけて帰ってね」
「はい、ありがとうございます」
手を振ってくれるアメリアに会釈して、幸せを噛み締めながら家に帰った。
ジョイは今、何をしてるのだろうか?
そう思いながら、工房のドアをそっと開ける。
工房にジョイの姿はなかった。
「あれ?」
ドアを開いて店側を見ると、ちょうど接客が終わったところのようだった。
カラン、と呼び鈴が鳴り、お客が出て行く。
工房に戻ってきたジョイに声をかける。
「ジョイ」
「ん? ティア、どうした?」
出かけてなかったっけ? とジョイは首を傾げる。
そんなジョイに私は紙袋を掲げて、ジョイに言う。
「ホットサンド買ってきたから、一緒に食べよう」
紙袋越しにもわかる、食欲をそそる香りが最高だ。
「飲み物も持ってきたよ」
紅茶とカップの入った入れ物を掲げ、完璧でしょ、と自慢げに言う。
ジョイは少し驚いたように紙袋と紅茶を見て、ふわっと緩むように笑った。
「ありがと。ちょうどお腹空いてた」
「うん、そうだよね。チキンと野菜たっぷりのホットサンドに、アメリアさんに新作とルカさんにドーナツももらったから、選び放題だよ」
ジョイが片付けてくれた作業台の上に紙袋と紅茶を置く。
ジョイが棚に道具を置きながら、驚いてこちらを見る。
「え、すご。豪華」
「でしょぉ」
帰ってきながら、食べるのが楽しみで仕方なかった。
紙袋を開けてのぞく。
何度だって思う。
広がる香りが最高だ。
「私、新作のベリーとクリームチーズのホットサンド食べたい」
言いながら新作ホットサンドを取り出す。
「え、じゃあチキンもらっていい?」
「もちろん!」
「やった! ありがと!」
工房の奥から椅子を持ってきたジョイに紙袋ごと渡して、その間に紅茶を一緒に持ってきたカップに注ぐ。
小さく歓声を上げながら、ジョイは紙袋をのぞいている。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
ジョイはにこにこしながら紅茶を置き、ホットサンドを取り出すと椅子に座った。
私はホットサンドを抱きしめるように持って対面の椅子に座る。
「久々かも」
ぽつりとジョイはそう溢す。
「久々だよ。ジョイはもっとお昼も食べないとだめだよ?」
ジョイは仕事が立て込むとすぐ昼食を抜く。
しかもそのうち食べる事を忘れてしまうみたいで、そのまま夜まで食べない事が頻繁に起こっている。
ジョイは静々と頭を深く下げた。
「はい、承知いたしました。以後、気をつけてまいります」
「ぜひそうしてください。よろしくお願いしますね?」
私は言い聞かせる上役になりきって、流し目で鷹揚に頷きながらジョイに応える。
ジョイは私の演技に耐えられないと言うように噴き出した。
私も耐えられず、肩を震わせてしまう。
「ははっ。ありがと、ティア」
「いいよぉ。でも本当にちゃんと食べてね」
「わかった。じゃあ食べようか」
「うん、いただきます」
「いただきます」
ひと口食べると、こんがりしたおいしそうな香りが口の中に広がった。
クリームチーズの少しだけ塩気のあるまろやかな中に時々ベリーの甘酸っぱさが混ざる。
(おいしい……!)
噛むたびに甘酸っぱさが弾け、繰り返すとクリームチームのコクがそれに深みをつける。
毎回毎回、新しいおいしさに出会う。
(幸せすぎる……!)
幸せを噛み締めながらジョイを見ると、一つ目のホットサンドをほとんど食べ終わっていた。
「なぁ、ティア。もう一つもらってもいい?」
うんうん、と頷く。
「食べて食べて。ドーナツも一個ずつ食べよ」
私はおやつにしても素敵と思っているけど、ジョイなら平気で今食べちゃいそうな気がする。
いや、むしろ食べるのを忘れるなら今食べた方がいいのかもしれない。
「ありがと! 久しぶりにちゃんと食べたら止まらなくて」
ジョイはそう言いながら紙袋から野菜たっぷりのホットサンドを取り出して食べ始めた。
おいしそうに食べてるジョイを見てると、私まで嬉しくなる。
にこにこしながら自分のホットサンドを堪能していると、あっという間に二つ目のホットサンドがジョイのお腹に消えていった。
ジョイは紅茶を流し込むように飲む。
それもあっという間になくなって、新しい紅茶を注ぎ始めた。
コト、と紅茶の入った入れ物が作業台に置かれる。
ジョイは最後のドーナツを自分の目の前にそっと置く。
そしてひと息ついて、紅茶をゆっくりと味わい始めた。
しばらくそうすると、ジョイは深く息をついた。
癖のある赤髪を揺らしながら、だらりと机に沈み込むように伏せた。
青空みたいな目がとろけるように細められる。
「めちゃくちゃ満たされる……」
「それならよかった」
沁みるようにこぼされたジョイの言葉に、買ってきてよかったってにこにこしてしまう。
「あ、そうだ」
「ん?」
「お土産買ってきたんだよ」
ホットサンドを置き、ゴソゴソと鞄から地脈式汽車の絵が印刷された小さな白い紙袋を取り出す。
起き上がったジョイにそれを渡す。
「お土産?」
「うん、今日駅に行ってきたんだ。地脈式汽車、初めて見たよ」
「へぇ、そうなんだ。楽しめた?」
「うん! ちょうど出発するところが見れて感動しちゃった」
思い出すと、思わず鳥肌が立つ。
とくん、と静かに脈動する音が頭に響いたかと思えば、紋様に命が走るような波紋の広がりが目に浮かぶ。
「説明動画も見て、乗りたくてうずうずしたんだよ。今度は乗れたらいいなって思ってる」
そう言うと、ジョイは柔らかく笑った。
「いいね。汽車で街を巡っても楽しそう。観光地もたくさんあるし」
「それ、説明動画を見てた家族連れのお父さんも言ってた」
今思い出しても父親の完璧主義と子供達の反応がおもしろい。
「移動も楽しい。観光も楽しい。一石二鳥だしな」
ジョイはドーナツを一口齧った。
白い粉砂糖がかかったドーナツはふわっとしていて、溶けるようにジョイの口へ消える。
齧られたドーナツはもっちりと元の形状に戻ろうとしていた。
ジョイ自身もとろけるように頬を緩ませている。
私もホットサンドの最後の一口を食べる。
最高においしかった。
「こっちもね、嬉しい依頼が入ったよ」
ジョイは一口紅茶を飲んで、微笑んだ。
「え、ほんと?」
「うん。姪っ子の子への誕生祝いに」
「うわぁ、よかったね!」
思わずジョイに向かって身を乗り出す。
それは嬉しい。
昨日の件からのこれは、心が救われる気持ちになる。
「ありがと。作り置いてある人形に、少し手を加える形になるけど……」
「すごいすごい! いいね! こうやって少しずつ、積み重ねていきたいね」
「……そうだね」
ジョイは照れたように小さく微笑んだ。
「ありがとう」
「こちらこそ、いい話聞かせてくれてありがとう」
誕生祝いって響きもすごく素敵だ。
そんな大切なお祝いに、人形を選んでくれるのか。
誰かの大事な人の大切な贈り物に、私たち人形を選んでくれるんだ。
心がじんわりと温かくなる。
「嬉しい」
噛み締めるように呟く。
どきどきする胸をそっと押さえる。
「ありがと。時間がかかるかもしれないから、これからがんばらないとだけど」
ジョイは嬉しそうに目を細めて、そう言った。
「うん、無理しないようにがんばってね」
頬が少しだけ熱くなる。
じわじわと高鳴る胸を止められない。
ぎゅっと胸を押さえて、深呼吸する。
するとカラン、と呼び鈴が鳴った。
「あ」
「行ってくる。ティア、お昼ありがとう。おいしかった」
ジョイはすぐに立ち上がって、私にそう言った。
「うん、また食べようね」
「もちろん」
ジョイはそう言って笑って、店に向かった。
ジョイの消えた入り口を見ながら、まだどきどきする胸を押さえる。
ジョイの人形関係の仕事が入った事を喜ばないといけないのに、それより人形が選ばれた事に心が反応してしまう。
(嬉しい)
その選ばれた人形も、人形を選んでくれた事も、全部全部、嬉しい。
全身でそれを味わうようにゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐く。
「────え? ティアも?」
「ん?」
店の方からジョイの声が聞こえる。
(今、私の名前出てなかった?)
首を捻る。
(気のせいかな?)
そう思っていたら、ジョイが顔を出して私を呼んだ。
「ティア、ちょっといい?」
「どうしたの?」
促されるまま店の方に顔を出すと、上質な焦茶色のスーツを着たエステヴァンがいた。
それなら要件はフォーチュンの件だろう。
(それは呼ばれる……のか?)
私と結びつくようでつかないと思う。
(……なんだろう?)
エステヴァンに向かってぺこりと挨拶をする。
「こんにちは。エステヴァンさん」
「こんにちは。休憩中に申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」
そうエステヴァンに答え私がジョイを見ると、ジョイが頷いて口を開いた。
「それではエステヴァンさん、説明していただいてもいいですか?」
エステヴァンは頷いた。
「ああ。単刀直入に言うと、父が懐中時計の件で話したいと言ってるんだ。悪いが、家まで来てもらえないだろうか?」
「私も、ですか?」
「ああ。詳しい事は聞いてないが、レーベンさんと、もし他に人がいるなら呼んで欲しいと言われている」
「そうなんですね……」
フォーチュンには会いたいし、行く事に問題はないけれど。
どうする? とジョイに視線を送る。
ジョイは私に向かって頷いた。
そしてエステヴァンに向き直る。
「わかりました。ただ今日が一応定休日になるので、次の週始めの方が都合がつけやすいです」
「もちろん、そのあたりはレーベンさん達の都合がいい日で構わない。そのあたりは父もわかっている」
「わかりました」
「それに、まだ父は入院していてね」
「ルドヴィクおじさん、入院していたんですか?」
ジョイは驚いてエステヴァンに問う。
エステヴァンは頷いた。
「ああ。体調を崩して、しばらく前から入院していたんだ」
どくんと、心臓が跳ねた。
フォーチュンが心配していたその通りだったのかもしれない。
「体調はどうなんですか?」
「一時危なかったんだが、奇跡的に持ち直してね。様子を見ながら今週退院予定なんだ」
「よかった」
私とジョイが同時に言う。
エステヴァンが深みのある茶色の目を優しく緩めて、ふっと笑った。
「ありがとう。まだはっきりと決まった訳ではないから、退院した時にまた来ようと思う。その時に都合のいい日を教えてもらえれば嬉しい」
「わかりました」
エステヴァンとジョイが頷き合う。
「それじゃあ」
そう言ってエステヴァンが帰ろうとした時カラン、と呼び鈴が鳴った。
入り口を見ると落ち感のあるダスティローズのワンピースを着たエレナが、爽やかな風と共に入ってくるところだった。
手には大きな紙袋を二つ持っている。
こちらを見て、綺麗なその顔に小さな驚きが広がった。
「あら? マティアスじゃない」
どうしてここに? と、エレナが奥の見えない紫色の瞳を軽く見開いている。
ゆっくりとこちらに歩いて来ながら、その目はじっとエステヴァンに向けられている。
「こんにちは、エレナさん」
「こんにちは。あなたと会うとは思わなかったわ」
「僕もですよ」
そう言ってエステヴァンは肩をすくめた。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
ジョイがそうエレナに声をかける。
エレナはジョイを見て、優雅に頷いた。
「こんにちは。申し訳ないけれど、今日はティアさんに渡す物を持ってきただけなの」
眉尻を申し訳なさそうに下げて、二つの大きな紙袋をカウンターにそっと置いた。
「こんにちは。ティアさん」
そう言って、エレナはとても綺麗に微笑んだ。
「こんにちは。エレナさん」
「前に話していた物を持ってきたわ。あとでゆっくり見てみて、よかったら着てみてちょうだいね」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
私は頭を下げる。
頭を上げエレナと目が合うと、エレナは柔らかく目を細めた。
どこか切なそうに見えるのは、気のせいだろうか。
「それじゃあ、ティアさん、また来るわね。店長さん、お邪魔しました」
「いえ、ご来店ありがとうございました。よかったら次は店内を見て回ってみてください」
「ふふ、ありがとう。次はそうさせてもらうわね」
エレナは嬉しそうに笑った。
エステヴァンは私達に顔を向けた。
「それでは、僕も失礼します」
「ありがとうございました。気をつけてお帰りください」
ジョイと二人でそう言うと、エステヴァンは微笑んで頷いた。
「ああ、ありがとう」
エステヴァンを待っていたエレナと二人で入り口に向かって歩き出す。
「マティアス、さっきまた時計塔の鐘が鳴ったのよ」
「え? またですか?」
「ええ。今回は正しく鳴った後に、しばらくしてもう一打」
「それはちょっと気持ちが悪いですね」
ドアを開けるとカランと呼び鈴が鳴って、二人は会釈して出ていった。
「そう。しかもその音がぐわんぐわんしてて……」
ドアがゆっくりと閉まるのに合わせて、エレナの気持ち悪いと言わんばかりの声がだんだん小さくなっていった。
なんだか怒涛のように色んな事が過ぎ去っていったような感じがする。
「……ルドヴィクおじさんには、多分正直に理由はわからないって話すと思う」
静かになった店内でジョイがそう呟いた。
うん、と私は頷く。
「実際理由はわからないし、ルドヴィクおじさんに直せない物が俺に直せるわけはないから。それにツテと言って嘘をついたところで絶対にバレる。それなら最初から素直に話した方がいい」
「うん、わかった」
「まさかティアまで一緒に呼ばれるとは思わなかったけど」
ジョイはそう言って苦笑した。
「うん、私は大丈夫だよ。色々考えてくれて、ありがとう、ジョイ」
「一番良い解決方法かは、わからないけどね」
ジョイはそう言って、少しだけ悔しげに空色の瞳を歪ませた。
「そんな事ないよ。ありがとう」
実際フォーチュンに会えるのは嬉しい。
どんなふうに毎日を過ごしているのだろうか。
幸せな話がたくさん聞けるといいなと、そう思った。




