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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第二章 やさしさのかたち

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静かに動き出すもの

────あたたかかった白い丸が、立体感を持ち始めた。


 白いもやがたちのぼり始め、それは次第に艶を帯び大きく強くなっていく。

 それに力づけられるように淡かった発光ははっきりと発光しだし、ところどころ小さく爆発が起こりきらきらした光が舞い上がる。

 発光する白い丸の奥からは、何かが蠢くような気配が生まれている。


 “ここにいる”

 そう、訴えてくるように。

 “ここにある”

 そう、わからせてくるように。


 あたたかくて好きだった、この場所。

 そんな場所にあった白い丸は、たしかに“進化”し始めていた。


────────動きそう。


 そう思った時には、もうゆっくりと発光する白い球体は地響きを思わせる振動で真っ黒な空間を震わせながら動き始めていた。






(──────夢?)


 ぼやける視界をこれまたぼんやりした頭で眺める。

 昼食を取った後、そのままテーブルにうつ伏せになって寝てしまったようだった。

 重い瞼をゆっくりと瞬かせると、もやをまとった白い球体が浮かんでくる。

 夢の最後は、その存在感を見せつけるようにゆったり回っていた。


(まるで太陽みたいだなぁ……)


 ぼんやりとそう思いながら、もぞもぞと自分の腕に顔を埋める。

 ブラウスの肌触りが心地よくて、少しだけ幸せな気分になる。


(こんな事、初めてかも……)


 いつの間にか寝てしまっていた。

 昼食を食べるまではしっかりと意識もあった。

 食べてからぷつりと、唐突に記憶がなくなっている。

 顔を腕に埋めたままゆっくりと深呼吸をする。


 私は本来寝る必要なんてない。

 人間化してる時間は過去も含めてまだ一週間程度だからなんとも言えないけど、それなのにこうやって寝落ちしてしまうなんて初めてだった。


(単純に、疲れた?)


 人形にも疲れなんてあるのだろうか。

 そう思ってしまうけれど、初めて仕事をした日に緊張で疲れたと感じたから、私がわかっていないだけで疲労というものは実はあるのかもしれない。

 ふ、と笑う。


(────新しい発見、かな?)


 きっとこうやって、小さな知らない事をたくさん知っていくんだろう。

 それにほのかな嬉しさを感じながらゆっくりと体を起こして、仕事に向かう。


 昼休憩から店に帰ってくると、ジョイは来客対応をしていた。

 人形をカウンターに置いて、深い緑の上品な服を着た年配の女性がジョイに向かって言う。


「この人形をできれば修理したいのだけど、できそうかしら?」

「そうですね……少し見させてもらいますね」


 年配の女性に頷きながらそう答え、時間の経過を感じさせる人形をジョイはそっと持ち上げる。

 柔らかいブラウンのスカートにオフホワイトのブラウスが優しげに微笑む人形にとても似合っていた。

 ジョイはゆっくりと全体を見たあと、ひとつひとつ、人形の動作を確認していく。

 人形を見ているジョイの目は真剣で、どこか嬉しそうに見えた。


(人形関係の仕事だ……! ジョイ、がんばれ!)


 心の中で応援しながらジョイの後ろをそっと通り抜け、店内の音楽の音量を少し下げた。

 その流れで午前中の日報に漏れがないかさっと確認する。


「私の祖母の人形を母に贈ったものだから、少し古いのよね。どうかしら? 修理できそう?」


 静かな店内に年配の女性の声が響く。

 私はその声を聞きながら日報の確認を終え、梱包資材の確認に移る。

 カウンターに小さく人形を置く音が響いた。


「…………そうですね。修理は可能だと思います」

「そう! それはよかったわ!」


 笑う年配の女性にジョイは微笑んで頷く。

 私はそんな様子を嬉しく思いながら、店内の乱れた棚を整えに向かった。

 商品を整えていると、ふと店の外から店内を見ている茶髪の男性と目が合った。


(──────あっ)


 目が合った男性は一瞬驚いたように止まった後、小さく会釈した。

 反射的に私も会釈する。


(あの人────フォーチュンを引き取って行った人だ)


 フォーチュンは無事に、持ち主のもとに帰る事ができただろうか。


(エステヴァン、さん……だったかな?)


 カラン、とドアの鈴が鳴る。

 エステヴァンはゆっくりと店内に入ってきた。

 エステヴァンは今日は紺色のスーツを着ている。

 やけにきっちりした硬い雰囲気があるように見えるのは、もしかして、フォーチュンが直っていた事を聞きにきたのだろうか。


「こんにちは。いらっしゃいませ」


 そう言うとエステヴァンは私を見て頷いた。


「こんにちは。レーベンさんに用があってきたんだが……今取り込み中のようだね」


 エステヴァンはジョイと年配の女性が話している方に視線を送る。

 私もそちらに目を向けて、頷いた。


「はい。申し訳ないのですが、少し時間がかかるかもしれません」

「そうか……どうするかな」


 そう言ってエステヴァンは二人を見つめながら顎に手を当てる。

 そのまましばらく、沈黙が続いた。


(聞いても、いいだろうか……)


 フォーチュンがどうなったのか気になる。

 ちゃんと持ち主のところに帰れたのだろうか。

 ちゃんと持ち主のそばにいられているのだろうか。

 持ち主の体調は、どうなのだろうか。

 フォーチュンの心は、満たされてるのだろうか。


 考えているエステヴァンにそっと視線を送る。

 エステヴァンはまだどうするのか判断をつけかねているようだ。


「あの……少しだけ、お聞きしてもいいですか?」

「ん、構わないよ。なんだい?」


 顎から手を離し、首を傾げながらエステヴァンは私を見る。

 懐中時計の事を私が聞くのは変かもしれない。

 それでも、どうしても気になる。


 どくどくと脈打つ音が耳に響く。

 握りしめている手にじわりと汗が滲む。

 開いた口は緊張のせいか乾燥して、引きつった。


「────懐中時計は、持ち主の元に帰る事は、できましたか?」


 フォーチュンは、喜んでいましたか?

 ぎゅっと胸の前で両手を握りしめて、エステヴァンの答えを待つ。

 エステヴァンはそんな私をきょとんと見て、ふわりと空気を緩ませるように笑った。


「────ええ。ちゃんと持ち主の元に帰りましたよ。今は片時も離さずに、肌身離さずに、あれからずっとそばに置いてます」

「よかった……!」


 フォーチュンが心配していた持ち主も無事でいて、フォーチュンはその持ち主と一緒に過ごせている。

 最高の形でフォーチュンの願いが叶っているって事だ。


(本当によかった……!)


 溢れ出る気持ちをぎゅっと噛み締める。

 エステヴァンは私の反応を見て、柔らかく目を細めた。


「ありがとう」

「えっ?」

「心配してくれてたんだよね?」

「あ、はい。とても……心配してました」

「うん。だからありがとう」

「いいえ……こちらこそ教えていただいて、ありがとうございます」


 そう言って、私はぺこりと頭を下げた。

 エステヴァンは頷いて、再びジョイと年配の女性の方を見る。

 そしてふっと体の力を抜いて、私を見た。


「今日はその件で来たんだよ」

「────そうなんですか?」


 やっぱり、フォーチュンの事だった!

 だらだらと冷や汗が流れる。

 焦りを顔に出さないように、根性で本当に疑問に思ってるような表情を貼り付ける。


「ああ。ただレーベンさんはもう少し時間がかかりそうだし、また来る事にするよ」

「申し訳ありません……エステヴァンさんがいらっしゃった事と要件は伝えておきますね」


「ありがとう。よろしく頼みます」

「はい。ありがとうございます。お気をつけて」

「ありがとう」


 エステヴァンは頷いた後、カランと呼び鈴を鳴らしながら出て行った。

 ほっと息をつく。

 少しだけ肩の力を抜いて、そのまま途中になっていた棚を整えていく。


(思ったより静かだと思うのは、私の気のせいだろうか?)


 エステヴァンはフォーチュンの事でジョイを訪ねてきたけれど、”直るはずのない懐中時計が直っていた”という雰囲気ではなかった。

 冷静で、特に慌てた様子もなかった。

 異常事態という感じでもなかった。

 それが良い事なのか悪い事なのか判断がつかないけれど。


(またジョイを訪ねてくるみたいだから、きっとその時わかるのかな……)


 フォーチュンを直したのは私ではない。

 それでもまた、ジョイに迷惑をかけてしまうかもしれない事が、心に重かった。


 少しだけ汚れているガラスのかぼちゃの置き物を手に取る。

 自分の心を抱きしめるようにそっと手に包んで、綺麗な布で優しく拭き取った。

 透明感が戻ったガラスのかぼちゃはまるで自らが発光しているようだ。


(こんなふうに綺麗になればいいのに……)


 私も、そうだったらよかったのに。

 誰にも迷惑をかけずに、みんなが笑顔で過ごせたらいいのに。


(理想……すぎる?)


 そっとガラスのかぼちゃを棚に置く。


「少し、高くないかしら」


 吸い込まれるようにその声が聞こえた方を見る。

 そこにはまだジョイと年配の女性が話し合っていた。


「昔にあった店は、半分程度の値段でできたと思うのだけど」


 少しだけ懐疑的な雰囲気を滲ませて、年配の女性はジョイに言う。


「先程も説明したように、劣化した部品を交換した方がいい事、交換部品は受注生産になるんです。人形自体の型が古いので、その分値段は上がります」


 ジョイもそれを感じているのか、なるべく柔らかく話そうとしているように見える。


「それも高いけど、工賃もそうよ?」


 本当に? そう言う副音声が聞こえる気がした。


「工賃はここが最安値、とは言いません。ですが、このくらいが今の相場になります」

「相場? 本当に?」

「はい、本当です」

「────あなた、さっき時間は多めに欲しいと言っていたわよね?」


 そう年配の女性が言った瞬間、ジョイの動きが止まった。

 ジョイ右手がゆっくり、お腹の辺りを押さえた。


「…………はい。言いました」


 静かに、少しだけトーンを落としたジョイの声がなぜか耳に痛い。


「時間を多めに取って、最安値とは言わなくても相場通りなのは、少し私に不利なのではないの?」


 ジョイは何も言わない。


「私も高いお金を出すんだから、ちゃんと信頼して出したいのよね?」


 年配の女性はカウンターに置かれている人形に目をやる。

 そっと人形の髪に触れて、ゆっくりと撫でる。

 そして人形を抱え、ジョイに向かって言った。


「申し訳ないけれど、もう一度考えさせてもらいます」


 年配の女性はジョイの返答を待たずに踵を返す。


「はい、ありがとうございました」


 ジョイはもう振り返る事のない年配の女性に頭を下げる。

 カランと、やけに耳に痛い、呼び鈴が鳴った。

 頭を下げたまま、ジョイは動かない。


 ジョイは悪くない。

 でも、年配の女性も悪くはない。

 きっとジョイだってわかってる。

 だけどわかっていたって、痛いわけじゃない。


 そっと、ジョイのそばに寄る。

 頭を下げたままのジョイの横で、伝票整理を静かに行う。

 ゆっくりと、少しだけ時間をかけて。


 ジョイの気持ちが落ち着くまで。

 心の整理がつくまで。

 大丈夫だよって、空気で届けるように。


 どのくらい経ったのかわからない。

 少しして、ジョイが頭を上げた。

 顔色は、悪くはなさそう。でも、元気はまだ少し足りなさそうだった。


「…………ちょっと、休憩してくる」

「うん、いってらっしゃい。ゆっくりしてきて」


 少しだけ疲れたようにジョイは笑った。


「……ありがと」

「こんな時の店員だからね? ジョイは毎日働き過ぎだよ。休みたいと思った時くらい、ちゃんと全力で休んできて」


 そう言ってジョイに笑いかける。

 きっと私が心配しすぎるとジョイは余計に、気にしてしまうから。

 ジョイの少しだけ揺らぐその目が、少しだけ心配になる。

 でもきっと、ジョイなら大丈夫。


「……わかった。ありがと」


 ジョイを工場のドアの所までゆっくりと誘導する。

 ドアを開けて、そっとその背中を押した。


「どういたしまして。じゃあ、いってらっしゃい」

「────────うん」


 ひらひらと手を振る私にジョイは苦笑した。

 そしてジョイが家の方に歩き出したのを見て、もう大丈夫かなとゆっくりとドアを閉める。


『────なあ』

「ん?」


 久しぶりに聞いたチャリオットの声。

 工場の棚に優雅に座っているチャリオットを見ると、不思議そうに私を見ているような雰囲気を感じた。


「どうしたの?」


 チャリオットに向かって首を傾げる。


『どうして、そうしたんだ?』

「…………なんの話?」


 より疑問が深まる。


『ジョイに、どうして言葉をかけなかったんだ?』

「ああ、それか。言葉をかけて、何かを壊したくなかったからだよ」

『何かって?』

「うーん、空気もそうだし、気持ちもそうだし、心もそう。たしかに心配だったけど、ジョイなら大丈夫だと思ったから」


 どんな小さな事でも嫌な事はある。

 立ってるのも辛くなるほど、苦しくなる事もある。

 でも。


「ちゃんと心と向き合って、気持ちを落ち着かせれば、前に進める。ゆっくりでも、ちゃんと歩ける」

『ジョイならそれができると思った?』

「そうだね。まぁ、実際はそれは後付けで、ジョイの気持ちに寄り添いたかっただけだけど……」


 ジョイは懸命に立ってた。

 それを壊したくなかった。

 声をかける事で、大丈夫だよって鎧をつけさせたくなかった。


「ただそれだけだね」

『ふぅん……そっか。わかった、ありがと』

「どういたしまして」


 なんとなくチャリオットの隣で佇む。

 店舗の方で流れている音楽が静かに聞こえてくるのを、何も考えずにただ感じる。


『…………ジョイは』

「ん?」

『嬉しかったと思うよ』

「……………かなぁ? そうだったら嬉しい」

『多分ね』


 もしかして、私を元気づけてくれてる?

 チャリオットをじっと見る。

 そのまま何も言わなくなってしまったチャリオットを見ていたら、笑いがこぼれた。


「ありがとう」

『…………どういたしまして』


 そう言ってチャリオットは完全に沈黙してしまった。

 チャリオットの思惑通り、心がちょっと元気になってしまった。


 


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