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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第二章 やさしさのかたち

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15/17

夜と朝のあいだで

 夜空に散らばる星がまだ煌めく中、ゆっくりと日が昇っていくのを窓辺に座ってぼんやりと眺めていた。

 夜空を赤く染まっていく朝焼けが少しずつ混じり広がっていく。


(────この空は、ずっと変わらないんだ……)


 夜と朝が混じる、この神秘的な時間。

 百年近くの時間が経って、昔からずっと変わらないものがあるんだって、少しだけ驚いてしまった。

 寝ているクリスが毛布をちゃんとかけているか確認して、そっと窓を開けた。


 秋から冬へ差し掛かろうとしているそんな季節。

 少しだけ開けた窓から入ってくる空気はほんのり冷たくて、でも身が引き締まるような感じがして心地よかった。

 うずうずと、心がざわめいた。


(ちょっとだけ、散歩、してみる?)


 この空の下、空気の中を歩いてみたい。

 クリスは寝ているし、起こすにはまだとても早い時間だ。


 私は寝る必要はないから問題ないけれど、クリスは毎日の仕事で疲れているだろうからできるだけ休ませてあげたい。


 実際、あれから夜通し話すぞ! って意気込んでたクリスはしばらくしたら寝落ちしてしまった。

 クリスは無意識に限界までがんばってしまうんだろう。


(毎日お疲れ様です、クリスさん)


 昨夜の楽しんでくれてたクリスを思い出して、頬が緩む。

 私がここにいて、こうやって喜んでくれる事が本当に嬉しい。


 自分の部屋にもなるべく早く招待したい。

 またこうやって喜んでくれるだろうかとドキドキするけど、きっとクリスは優しく微笑んで喜んでくれるに違いない。


(楽しい事が、やりたい事がたくさんある……)


 外から入ってくる良い香りは、きっとウィルムさんが開店前に焼いているパンの香りだ。


(────行ってみよう!)


 この香りの中の散歩はきっと最高だ。

 窓を静かに閉めながら、顔をにまにまさせてしまった。






 クリスの部屋は二階にある。

 動きやすい服に着替えて階段を降り、昨日のリビングをのぞく。

 キッチンの方にも誰かいないかなと思ったけれど、誰もいなかった。

 家族でパン屋をやっているみたいだから、みんなもうそちらに行ってしまっているのかもしれない。


(ひと言かけて行けたらと思ったんだけど……)


 いないなら仕方ない。

 店の方に顔を出して声をかけてみよう。

 玄関に向かおうとして、テーブルの上に籠に入った小さな丸パンがいくつか置いてあるのが目に入った。

 おそらく朝食用のパンだろう。


(……これを外で食べられたら最高では?)


 ひとつだけ、貰っても許されるだろうか?

 店に行って声をかける時にひとつだけ貰った事を伝えよう。


 籠と一緒にある紙も一枚もらって丸パンを包む。

 ほんのりと感じる温かさに心がほくほくする。

 それを抱きしめて外に向かった。


 玄関のドアを開けると優しく風が入り込んできた。

 一歩外に出ると、一気に心が洗われた気がする。


(うわぁ、気持ちいい)


 息を吸うと体の中も洗われていく気がした。

 店舗の方に向かって歩き出すと静かな空間にさくさく音が響いて、昨日も歩いたはずなのに特別な場所を歩いているような気持ちになった。


 店舗の横にあるドアを抜けて、まだ開店前の店舗をのぞいてみる。

 そこには焼けたパンを並べているアメリアさんが見えた。


 コンコン、とノックするとアメリアさんはすぐに気がついてくれた。

 赤い柔らかな髪をキュッと一つにまとめ真っ白なパリっとした三角巾とエプロンがとても清潔感があってかっこいい。

 入り口を開けてくれたアメリアに声をかける。


「おはようございます。アメリアさん」

「ティアさん、おはよう! 早いのね!」


「はい、ちょっと目が覚めてしまったので。クリスさんを起こすのはしのびなくて、ちょっと近くを散歩してこようかと思って声をかけました」


「ああ、あの子、朝が弱いから。わかったわ。ゆっくりしてきて?」

「はい、ありがとうございます。あと、テーブルにあった丸パンをひとつ、いただきました」


 そう言って、手に持っていた紙に包んだ丸パンを見せる。


「ああ! あなた達二人の朝食にと思ってさっき持って行ったの。どうぞ食べてみて。ティアさん、朝から外で食べるなんて、なかなか通ね?」


 アメリアさんのわかってる、と言わないばかりの顔がおもしろくてつい笑ってしまう。


「ふふっ、食いしん坊で、すみません。ありがとうございます。おいしく食させていただきますね」

「どうぞどうぞ。気をつけて行ってきてね」

「はい、ありがとうございます。いってきます」


 手を振ってくれるアメリアに手を振りかえして、私は噴水公園に向かって歩き出した。


 振り返った店先から見ると、噴水が正面から右に向かっていくように真っ直ぐ等間隔に並んでいて、その間にベンチが置かれている。

 少し先には芝生が見えて、もしかしたら少し広い空間があるのかもしれない。


 とりあえず噴水に沿って真っ直ぐ進んでみる事にする。

 噴水の音を聞きながら石畳を歩くとコツコツ、と音がする。

 公園の石畳は天然の石を並べて作っているのか、自然なのに味わい深い色の波や層があった。


「おはよう。今日も良い風だね」

「おはよう。今日も良い日になりそうね」


 私と同じように散歩をしているのか、すれ違う人達がそうやって挨拶を交わしている。

 辺りを見回すと、まだ朝も早いのにまばらではあるけれど思ったより活動している人がいる。

 暦で今日は基本的に休みの日になるはずだ。

 それでもこれだけの人が活動している事に少し驚く。


(────あれ?)


 前方に明るい琥珀色の頭が見える。

 あれはこの前汽車について説明してくれた少年ではないだろうか。

 動きやすそうな白いシャツにベージュのズボンを身につけて、俯きながら歩いている。


(────前を見てない?)


 全く前を見ていないのか、すれ違った私に気づかなかった。

 まあ、一度話しただけでそこまで気にする存在じゃないと言われたらそうだけれど。

 気になって少年の後ろ姿を見つめる。


(いや、でも)


 あのままでは街灯にぶつかる。

 一瞬、悩む。

 少年の笑顔を曇らせてしまった事が頭を過ぎる。


(────でも)


 ユイリが言ってくれた言葉を勇気にして、そっと少年との距離を詰めた。

 街灯とぶつかりそうなおでこの間に手のひらを入れて、優しく止める。


「……危ないよ」


 少年がビクッと止まったのを確認してすぐに手を退ける。

 少年は驚いて、私を見上げた。


「……お姉ちゃん?」

「うん、おはよう」

「おはよう……」


 まだ少しだけぼんやりしてる少年が前を向いてまたビクッとする。

 少年はそのまま一歩後ろに下がって、私と街灯に視線を何度も往復させる。


「え……もしかしてぶつかりそうだった? お姉ちゃんが止めてくれた?」

「うん。関わられるのは嫌かなって思ったけど、単純に危なかったから」

「そんな事ないよ。……ありがとう、お姉ちゃん」


 はにかんで噛み締めるように少年が言う。


「大丈夫ならよかった」


 少年に嫌がられてなさそうでほっと息をつく。

 はにかみながら微笑んでる少年を見ていると、俯いて考え込んでいた事が少年らしくなくて少し気になる。


「……嫌だったら答えないで大丈夫なんだけど、聞いてもいい?」

「ん? いいよ?」

「さっき考え込んでたみたいだけど、どうかしたの?」


 そう言うと少年は表情を暗くした。


「……大丈夫?」

「……大丈夫と聞かれたら、とりあえず今は大丈夫。でも……」

「うん……」


 少年はまた俯いた。

 考えているのか、沈黙が続く。

 話せないなら話せないで大丈夫だが、どうなのだろうか。

 ここで声をかけて焦らせたり圧をかけるような事をするのも嫌だ。


(うーん?)


 どうしよう、そう思った時、きゅーっと可愛い音が鳴った。


「ん?」

「…………ごめん」

「お腹へったの?」

「…………朝食は、まだだから」


 ふい、と少年は顔を赤くさせて背けた。

 そういえばと、手の中にあるまだ温かい温もりを思い出す。


「よかったら食べる? 小さめのパンだからちょっと少ないかもしれないけど」


 そう言いながら俯いている少年の前に持っている包みを差し出す。

 そんな事を言われると思っていなかったのか、少年は少し驚いたように私を見た。

 私を見つめて、何度か口を開いては言葉を見失っている。

 そんな少年を見ていると、ふっと笑いが出てしまった。


「よし、じゃああのベンチに行こう」


 少年の手を取って、空いているベンチに向かう。

 噴水を背にしてベンチに二人で並んで座ると、紙包を少年の前に差し出した。

 渡されるまま少年は受け取った。


「え、あったかい」

「焼きたてだからね。おいしいよ」


 ウィルムのパンは昨日散々味わった。

 間違いなくおいしいに決まっている。

 昨日のパンの味を思い出して思わずにこにこしてしまう。

 少年は紙包を開けながらそんな私の様子を見て、小さく笑った。


「そんなにおいしいんだ」

「そう! だから食べてみて」


 少年はさらに笑いを深めた。

 私に向かって頷く。


「うん、わかった。いただきます」


 ぱくりと、少年はかぶりついた。

 サクッと小さく聞こえた気がする。

 少年は目を細めて嬉しそうに噛み締めている。


 その顔だけでわかる。

 やっぱりおいしかったに違いない。

 そうだろうそうだろうと私は何度も頷いた。


「表面は軽くサクッとしてて、でも中は柔らかくて甘みが広がる……これ、めちゃくちゃおいしい」

「でしょ?」


 私は満足げに大きく頷いた。


「しかも濃厚だよ。めっちゃ満たされる……」

「さすがウィルムさん」


 それは帰った時にゆっくり味わわなければ。

 そう心に誓いながら、満足げに目を閉じて微笑んでいる少年を見て何だかすごく嬉しくなった。

 自分の好きな物をこうして共有できるのはとても嬉しい。


「ウィルムさんのパンは絶品だよね。噴水の先にあるパン屋さんだよ」

「へー! そうなんだ」


 そう言って2人で遠くに見えるパン屋を眺める。

 パン屋を眺めながら少年は二口目を頬張っている。


「お姉ちゃんは食べないの?」

「私は帰ったらまた食べられるから」


 少年はもぐもぐしていたのを止めて、ギョッとしてこちらを見る。


「え? もしかしてこれだけ?」 


 少年は手に持っている丸パンを持ち上げる。


「うん。この朝の空気の中、ちょっと食べられたら素敵だなって思っただけだから」

「え、ごめん。じゃあ半分こしよ」


 言うや否や少年はすぐにパンを千切る。

 そして紙包に包まれた方のパンを私に差し出す。


「食べて大丈夫だよ?」

「僕が嫌なの。僕がお姉ちゃんと食べたいから一緒に食べよ?」


 押し付けられるようにパンを受け取る。

 少年を見るとイタズラが好きそうな笑顔を浮かべていた。


「ちょっと食べすぎて半分にしては小さいけど」


 悪気なくそう言ってくる少年が可愛い。

 思わずふふっと笑ってしまう。


「うん、ありがとう。じゃあ一緒に食べよう」

「うん、こちらこそありがとう」


 にこにこと私は一口サイズの丸パンを食べる。

 ふんわりと広がる濃厚な香り。

 噛むとやっぱり小さくサクっといって、噛み締めるたびに口の中に甘さが広がる。


 知ってた。パンってやっぱり最高だ。

 早朝の洗われるような空気の中で食べるのも、そんなちょっとした特別な中、他の誰かと一緒に食べるのも最高に素敵な時間だ。


「おいしい」

「おいしいね」


 ふふっと2人で笑い合う。

 パンを持ってきてよかった。


「そういえばお姉ちゃんって名前はなんて言うの?」


 しばらくその空気を楽しんでいたら、少年が思い出したかのように聞いてきた。


「私はティアだよ。君は?」

「僕はエミル」

「エミル君か。よろしくね」

「エミルでいいよ。よろしく、ティアお姉ちゃん」


 ティアお姉ちゃん、その響きにぱあっと花が咲いたような気持ちになった。

 嬉しくて、にこにこしてしまう。


「ふふ、わかった。エミルね」

「うん」


 そう言ってエミルは少しだけ視線を落とした。


「あのね」


 ぽつりとエミルはこぼした。


「僕は前に会った所から南側にある施設にいるんだ」


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