表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

2

「ところで。」僕は話し始めた。


「前々から聞こうと思っていたんですけど、」


「ああ、オレのことかッ!」


彼は口を挟んだ。


 例えばだが、そこのペンを机に叩くと音が出る。マクロなクーロン力によって得られた力学的なエネルギーが音の振動となって君の耳に届く。それはいいね?


僕はうなづいた。


 電子の成り立ち、分子の振動、鼓膜の受信形態、伝わるべき情報はペンから発信されて空気中の分子をメディウムに、失敬、メディアムが正しい発音かな。ごほん。


随分とテンポが悪い。


 君の鼓膜に届くわけだよ。そしてね、残念ながら僕は君に知覚できない情報の発信方法、知覚できないメディウ、メディアムを使って君に伝達行為を行っている。ただそれだけのことだね。ああ、ここで言う情報というのは、なんだろうね君たちの想像する二進数のデータとかそういう意味じゃない。それも含んでいるのだけど、もっと広義的な意味だよ、いいね。


でも、


僕は反論した。


「僕の耳は、その例の振動を感知するようにできている。目は盲目上に投影される可視光線を受信するようにできている。貴方が僕と正しく情報のやりとりをできているのなら、貴方は、まあ、技術的に低俗なのであろうメディアムにのせるよう情報を変換しているんじゃないですか」


そう、彼はひしゃがれた声でカラスの見た目をして、本物のカラスのように首をクイ。クイッと動かして、ちょうど今腹の方にくちばしを持っていきお腹をポリポリ掻いている。


「カッカッカッ」


彼は何故か笑い始めた。


「いいね、いいよ、だけどね惜しい。惜しいよ。カッカッ」


カラスも目を細めて笑うらしい。


 まあ、結局のところ、3次元の線形空間内のある要素はさね、4次元空間内の要素を完全に知覚することなんてできないのかもしれない。浜辺のカニは空が青くなったり赤くなったりする理由も同じように海が青い理由も気にならないし理解できない。ダニは温度と匂いと刺激がなければ18年間飲まず食わずで生きていけるのだそうだ。彼らの感官は三次元の要素しか持っておらず、各次元の閾値も極端に狭い範囲でしか機能していない。わかるかね、僕の言いたいことが。


「貴方は僕の前で言葉を話し、少なくともカントか、あるいはドゥルーズについて教養のあるカラスでしかない」


「カッカッカッ。そうだね、それがいい。カッカッ。君は面白いよ。」


彼はそれについてそれ以上話してくれなかった。というか、僕の興味が薄れた。


「ところで、線形空間について」


「どうした」


「例えばある次元を持つ空間が与えられて、その部分空間となる集合が基底により生成されるとします」


「ああ」


「基底を示す行列を任意の行列にする表現行列、つまりそれは部分空間内の要素を任意の写像に移す行列演算子ですけど、それとか、直交補空間、行列式の値は、求めずとも、潜在的に存在している。存在しているから求めることができる。ですよね」


「ああ、そうだな。」


「すると僕はどうしても、気になるのですが、空間が規定された瞬間に、あるいは部分空間が規定されてその生成系が与えられた瞬間にその空間内の集合の要素、つまり行列のあり様、可動域はすべて決まってしまうのではないかって。つまり、宇宙もいくつかの素粒子、あるいは超弦理論だったら弦とそれに働く四つの力を基底にした線形結合により現れる空間によってすべての活動は決まってしまっているのじゃないかと思うわけです。それはつまり、量子力学的な不確定性もこみでですよ。するとほんとうの意味での決定論が出来上がり、ラプラスの悪魔は存在しうるんじゃないかって。」


「子供が考えそうな決定論だ。」


「子供ですから」


「オレが思うにだよ」


「はい」


「君の考えていることは概ね正しい。ただ、まあ、君が言う基底を全て求められているとは思わないことだ。そもそも君は自分の認識している基底と思っているベクトルが線形独立なのかどうかさえわかったいないこともある。」


「」


「例えば君は、行列の演算の例えで写像を与える表現行列、直交補空間、行列式の値の3つを出したが、きっと善く考える君のことだ必要十分な要素を抜き出してきたのかもしれない。ただ、直交補空間も、ある行列から同次元への写像だし、行列式もある行列から1次元実数への写像だ、わかるかね。」


なるほど。


「確かに君の言う通り、この世のすべての事象をある基底の線形結合で表すことはできるだろう。しかしね、これは君もわかっているかもしれないが、その集合の要素全てを君は知覚できていないし知覚できない。時間的な意味でね。知覚しているものの中でも正しく部分空間の基底を求められていないこともある。宇宙がどうあるか、それをシュミレート可能か、なんてどうでもいいと思わないか?ラプラスの悪魔の議論には終わりがある。悪魔が演算はできても人間も悪魔も認識と検算ができない。量が多すぎるから。簡単だろう。つまりね、君の考えるべきことはだ、無限に散在する空間内の要素についてどれを獲得してどうまとめあげるか、今君が何が欲しくて何がしたいかそれを考えるだけでいいんだよ。そして、その線形空間のフレームつまり世界のあり方、もっというと外部それ自体について考えていた君の哲学は自己の内部へと向かう。わかっちゃうんだね。だって、散在して自由に獲得できるはずの各要素に対して君は手を伸ばせるものとそうじゃないものがあることに気づく。抽象的には等価なはずなのに。それは、本当は自由に開けている身体を君自身の思い込みで制限しているからだ。その原因を探り、その要素の等価性について身体に理解を刻み始める。そして自己と地者(要素)の哲学に結局集結する。レヴィナスっぽいかな。要素の内、何をするべきで何をしたいのか。それを考えるだけで良いことに君は気づき始める。わかるかな。ワシがラプラスになっちゃったかもね。カラスなのに鷲なんつってな、カッカッカッ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ