真っ暗な闇底で
真っ暗な闇の中を落ちていく。
暗すぎて闇すらも見えない。
黒で塗り潰されたように視界は真っ黒。
もう、目を開けているのか閉じているのかもわからなかった。
水中に潜ったときのように音が聞き取りづらい。
あ、音がしないんだ。
さっきまでのボコボコという耳障りな音もいつの間にか無くなっていた。
沈黙の中、黒で塗り潰された空間を落ちていく。
どこまでも落ちているのに、その落ちる感覚さえも無くなった。
深い闇の中にポツンと一人。
こんなの、怖くて仕方がないはずなのに……おかしいな。私、いやに冷静だ。
私に何が起こっているの?
冷静なのは……こんな異変に、白が……ホワイトナイト様が気が付かない筈がないと思っているからかな?
カタカタカタカタ……
不意に暗闇の中に光が走り、まるで映写機で投影されたような映像が流れる。
なに?
『神代さん、どうしよう? 私のお姉ちゃんが眠ったまま起きないの』
カタカタカタカタ……
映写機の音と共に頭の中に声が響く。
セーラー服を着た少女が胸の前で手を合わせ辛そうな顔で私を見ている。
知っている人のような気がするけれど思い出せない。
……ふと、私の通っていた高校は進学校で、制服が、今時では珍しいセーラー服だったのを思い出した。
闇の中で、走馬灯のようにここには無い光景が断片的に映し出されては消える。
『神代さん、僕のお母さんを助けて!』
『神代様、私の妻を助けてください』
神社の鳥居を抜けた開けた場所に人がたくさん集まっていた。
カタカタカタカタ……
『神代様もう二十八人も若い女性が眠り病にかかってしまいました』
『神代様、これは祟りではないのですか?』
『神代様、お願いします! どうか、お救いください』
人々に詰め寄られ囲まれる華と……あれは、
お父さん?
神主装束の男性の背中が見えた。
お父さん?
お父さんって……つ、頭が痛い。
お父さんの顔が思い出せない。
どうして?
それに、そもそも一体これは何?
『フハッ、アハハハハハ! ハハハッ!』
突然、空間を切り裂くような嘲笑う声がしてビクッとした。
この声……
聞いたことがある。
声の主に思い当たった途端、ゾクリと背筋が震えた。
『この演出はお気に召しましたか? 聖女様』
そこだけが、暗紫色にボンヤリ光っていた。
暗く禍々しいオーラ。
穢れを帯びた空気が澱んで足元から這い上がってくるような気がして気持ちが悪い。
その穢れの中心に、刈り上げマッシュにした漆黒の髪と尖った耳に角ばった浅黒い顔の鬼がいた。
この世界では魔物と呼ぶのかもしれない。
鬼の真っ黒な横に長い瞳孔がニタリと細くなった。
ぞっとするような真っ赤な唇が弧を描く。
『貴女に聖女として完全に覚醒していただくために凝らした趣向でしたが、如何でしたか?』
いきなりの鬼の登場に大混乱なのに、鬼が訳の分からないことを言い出した。
存在するだけで穢れをばら蒔いているこの鬼は、異教徒の盲信教団に攫われた時に対峙した鬼だ。白一くんが結果的に追い払ってくれたのだけれど、メアという名前だったはず。
さっきの映像はメアがやったということ?
それも聖女に覚醒させるために?
あれがどうなったら聖女の覚醒と結び付くのかさっぱりわからない。
それに、
「前も言いましたけれど、私は聖女ではありません!」
私はメアをキッと睨んだ。
聖女、聖女、聖女と……!
このところ、リュミエール殿下からも聖女を疑われているようで面倒くさかったから、禍々しい鬼であろうがメア相手でもイラッとした。
『へえ……。まだそんなことを言っているのですか? 我が君がお聞きになったら、さぞかし嘆かれることでしょう』
メアの癇に障ったのか、ブワッ!と穢れが堰を切ったようにメアから溢れ出た。
濃い、濃い、濃い!
息をする度に胸が焼けつくような痛みがする。
鬼……メアに悟られないように浅い呼吸をして痛みをやり過ごした。
私が弱った素振りを見せて、メアを調子付かせるわけにはいかない。
『聖女の貴女は我が君の贄。……ああ、麗しき至宝、我が君の望みを叶えることこそ私の使命。是非とも、我が君には半解凍ではなく全解凍で召し上がっていただきたい』
恍惚とした表情でメアは、へんちくりんな言葉を並べていく。
メアの歪な熱を孕んだ爛々とした目。それは、狂気に満ちていて……あまりのおぞましさにゾワッと鳥肌が立った。
『変ですね。記憶の断片でも見せれば完璧な聖女へとメタモルフォーゼすると思ったのですが』
記憶の断片?
あれが?
救いを求めて神社に押し寄せてくる人たち。
もしかしたら、セーラー服を着た少女は友だちだったのかもしれない。
わからない。
……それはそう。
だって華の……自分のお父さんだった人の顔もわからなかった。
あのシチュエーションだって知らない。
眠り病?
どこかで聞いたような病気。
そうここで……
私のお母様を殺した病。
ユランさんの村に再び出現した病。
あそこでも病になった人がいた?
なぜ?
なぜ私に見せたの?
あの映像に何の意味があるというの?
そもそもメアはどうして現れたのか?
………鬼は、欲で生きている。つまり、やりたい放題。
『クフッ……クフフフフフッ。アキャア、ハハハハハハッ!』
メアが腹を抱えて嗤う。
顔に醜悪な喜色を浮かべて。
『私、猶予はさほど無いと言いました? 贄を回収して糧に。グフッ、グフフフフッ。……ああ、そうですね。良いことを思い付きました。まだその時ではありませんでしたが、このまま貴女を連れ去りましょう』
細くなったメアの瞳が私を捕らえた。
ゾクゾクした悪寒に襲われる。
どうしょう? どうやったら逃げられる?
……って、そろそろホワイトナイト様! 助けに来てくれても良いんじゃない?
こんなのに連れ去られたら、気持ち悪くて死んじゃう! 近づかれるのも、触られるのも嫌だ。穢れが酷すぎて……そろそろ限界かもしれない。さっきより、この場の穢れが濃くなってきた。
『では、参りましょう。聖女様』
ニヤニヤ嗤いながら、メアが私に手を伸ばしてきた。
穢れを帯びた長い爪の生えた手が私の腕を掴もうとする。
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