始まりの始まり
「ティアおねえさま!」
公爵家に帰りついた私が自室の扉を開けた途端、ヒューベルトくんがガバッと私に抱き付いてきた。
私は、熱烈なお迎えに天国へ召されそうになる。
あああ!
何? この可愛い生物!
ふわふわの銀糸の髪が私の頬に触れて……
抱き付いたこの重み……なんて愛おしいの!
幸せ過ぎて死ぬ! いや、もう天国に居るのかもしれない。
……駄目。
至福すぎる!
私の推しが私の息の根を止めにくる。
私が蕩けた顔で悶えていると、ガシッと胸に抱き止めていたはずのヒューベルトくんがスポン! と居なくなった。
へ? あ?
「コレは没収です」
ふええ?
見ると、ヒューベルトくんがホワイトナイト様の腕に回収されていた。
「あああ! ホワイトナイト様! 酷いです! 私の癒しを返してください!」
ホワイトナイト様の背後にサリナと本日の護衛らしいユランさんとカイルが肩を震わせて笑いを堪えているのが見える。
あー、皆酷い! 私の不幸を笑っている!
「ティア、はしたない顔でベルくんに破廉恥な行為は駄目ですよ」
ホワイトナイト様が私に小言を言う。
むぅぅぅ。
「どこが破廉恥なのですか! 顔は、まぁ……」
蕩けていた自覚はありますよ? だって、ヒューベルトくん、可愛い過ぎるのだもの! こう、ぎゅーっと……この誘惑に抗うことなんてできないよ。思い切り抱きしめたいのだもの!
「ティアおねえさま! 僕のお兄様と会いましたか?」
ホワイトナイト様の腕に抱っこされながらヒューベルトくんが私に手を伸ばした。
気になるよね?
命を狙われていたとしても、大好きな兄君だものね。
ヒューベルトくんの心の内を思いやって私は胸が痛んだ。
私は、ヒューベルトの伸ばした手を取ると、穏やかに言葉を紡ぐ。
「うん。会ったよ」
そして、笑って見せる。
「でもね。学園でも会うことが多いから、別段特別なことでもないんだよねー」
すると、ヒューベルトくんは暫しキョトンとして破顔した。
「そうですね! そう言われるとそうでした」
ああ、可愛い。
今のキョトンとした顔!
キュンキュンしちゃった。
「それでね」
私は、ヒューベルトくんにレオンハルトさまとの会話の内容をかいつまんで話しておこうと思った。
ヒューベルトくんはまだ五歳だけれど、エンデ王国第二王子で、当事者だ。
それに、こんな風に可愛いらしさ全開で私をメロメロにしてくるけれど、その言葉や仕草を額面通りに受け取ってはいけない。
ヒューベルトくんには二面性がある。
子どもらしくない、大人びたヒューベルトくん。ヒューベルトくんは幼くても王族だから。聡明で思慮深く、時折みせる王族らしい振る舞いは威圧感すらある。うん。私の推しは、ゲームの中でも現実でもとても可愛くて格好良い。
「ベルくんの兄君についての報告をしておくね」
私の言葉にヒューッと息を呑んだヒューベルトくんの顔つきが変わった。可愛さをそぎ落とした凛とした顔つき。
……それでも可愛いんだけどね。
人払いをしてから、ホワイトナイト様と一緒にヒューベルトくんにはありのままを伝えた。
その後、ヒューベルトくんは自室へもどったのだけれど、リゼによると長い時間考えて込んでいたらしい。
レオンハルト様がヒューベルトくん襲撃を自分ではないと強く否定し、襲撃どころかヒューベルトくんを愛していて、消息不明のヒューベルトくんを懸命に捜索していると聞いたら……それは混乱するよね。
だって、前提が違えば全てが変わってくる。
ヒューベルトくんの襲撃がレオンハルト様によるものでなければ、どんなに嬉しいか。ヒューベルトくんは大好きなお兄様から裏切られていない事になるのだから。
とはいえ、当面は裏付け捜査と襲撃現場でヒューベルトくんが見たというレオンハルト様の側近についての調査だよね。
あ、何か刑事ドラマっぽい。
ちょっとだけ前世を思い出して笑ってしまった。
そろそろ寝ようかと思っていたから、室内には私一人だ。
独り笑い……誰にも見られなくて良かった。恥ずかしすぎる。
私は、バルコニーへ続く硝子張りの扉に近づき、何とはなしに外を眺めた。
……明日は学園だ。
魔法実技の授業がある。
クラスが一緒だから、レオンハルト様と会うよね?
結界を自分に張り続けるのもだいぶ慣れてきたから、ヒューベルトくんの匂いはしないと思うのだけど、面倒くさそうな予感しかしない。
でも……それって、もしかしたらチャンスなのかな?
レオンハルト様の側近二人に近づけるかもしれない。
せめて、どんな人たちなのか知りたいし。
あれ?
突然、キーン!と耳鳴りがして、空間が歪んだような変な感じがした。
肌がピリピリする。
え? 何で?
ゾワッと全身に鳥肌がたった。
何か……おかしい。
コプッ、コポコポコポ……
水が湧き出るような音と共に、視界が真っ暗になる。
ボコッ、ボコボコボコボコボコボコ……ボコッ。
急激に大きく激しくなっていく音。
不快な何かが、身体に纏わり付いてくるみたい。
何なの!
ズプッと、下に引っ張られる。
嘘! 足から埋まっていっていない?
ズブズブと、身体が足元から引きずり込まれていく。
まって! 足元は床なのに!
まるで底無し沼にでもはまってしまったかのように……
私は、暗い闇底に落ちていった。
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執筆が遅めではありますが皆さまが楽しんでくださるよう頑張ります。




