弟君ヒューベルト
更新が遅くてごめんなさい。
レオンハルト様は、息を詰めた。
そうして、しばし後……
「……そうだな」
黄金の睫毛を揺らしてレオンハルト様は目を伏せ、ため息をついた。
獰猛さを消した悩ましげな表情はレオンハルト様が戸惑っているように見える。
どう話そうか迷っているのかな?
まあ、自国の揉め事を他国の王様や令嬢に話すのだから、情報漏洩しすぎないようにどこまで話せば良いのか悩むところだよね。
「我が国でエンデ王国の密偵が動き回っているな?」
「っ、それは……」
徐にユリウス陛下が話し始めると、レオンハルト様は顔を上げた。
どうやら、レオンハルト様の様子を見かねたユリウス陛下は手持ちの情報を提示することにしたらしい。
「エンデ王国第二王子が行方不明。第一王子が血眼になって探している。
第二王子は何者かに襲撃され、共にいた護衛に生存者無し。その場に第二王子の姿は無く生死不明。襲撃した破落戸に交ざって魔導師らしい者の死体もあったとか?」
「…………」
レオンハルト様は表情を硬くした。
きっと、ユリウス陛下がそれを知っていることに驚いているのだろうと思う。
現場に残っていた死体のこととか……知らない情報に私も驚いたし。
「襲撃の事由は王位争い。近年、第一王子派と第二王子派の派閥争いが激化。正妃と側妃の対立がそれを助長させた」
レオンハルト様の顔が、しだいに驚きと戸惑いに満ちてくる。
レオンハルト様はまさかユリウス陛下がここまで知っているとは思わなかったのだろう。
自分が話す前に……多分知られたくない情報も含めて全部相手に言われてしまったら、それは困惑するよね。
ユリウス陛下は……
私がヒューベルトくんを信奉(推)しているから、この件に対してメイヴェ王国と足並みを揃えると言った。
それは、ユリウス陛下も私と一緒にヒューベルトくんを守ってくれるということ。
本当に身に余るほどユリウス陛下は私に優しくしてくれる。
……アスラン様から婚約破棄を言い渡されたあの日からずっと。
あ……
思い出したくない光景が頭に浮かんで、私は急いでそれを振り払った。
今は、ヒューベルトくんのことに集中しないと。
きっと、ユリウス陛下は今日に備えてヒューベルトくんの情報をいっぱい集めてくれたのだと思う。
「目下、襲撃の首謀者はエンデストリア王子……貴方が濃厚だ」
あれ?
レオンハルト様以外にも正妃様とか首謀者として濃厚な人がいるのに? それに、もしかしたら派閥の人が独断でやったのかもしれないのに?
今の時点でレオンハルト様を名指しで濃厚と言うのは言い過ぎなのではないかな?
これではまるでユリウス陛下がレオンハルト様を煽っているような……。
「違う!」
レオンハルト様は激高し声を荒らげた。
……しっかり煽られていた。
「何を言う! ヴィオニーヴェ国王、その言葉を撤回しろ! 私が弟を傷つけるわけがない!」
あまりの激しさに目を見張る。
言葉遣いも荒々しい。鳴りを潜めていた獰猛な獅子が今にも出てきそうだ。恐ろしさに身が竦みそうになる。
ユリウス陛下はその非礼ともいえる態度や言葉に表情一つ変えず会話を続けた。
「そうだろうか? エンデストリア王子が弟君を殺めるために探し出そうとしているのではないとどうして言いきれる?」
ユリウス陛下は淡々とした口調で尋ねる。
「腹違いの兄弟で仲が悪いというのは良くあることだ。こと王家においては殺しあうことも別段珍しいことではないないだろう?」
「違う! 私は弟を好ましいと思っている! いや、それ以上だ! ……愛しい弟を私が傷つける?」
レオンハルト様が殺気立つ。強い射るような目付きででユリウス陛下を見た。
「無い! 私の命にかけて!」
やれやれと、肩を竦めユリウス陛下は私の耳許に唇を寄せた。
「……だそうだが、私の唯一はどう思う?」
不意に聞かれて私は狼狽えてしまった。
ユリウス陛下に煽られて怒り狂ったレオンハルト様の様子は、怖かったけれど弟を心配する兄に見えた。
ヒューベルトくんがレオンハルト様を好きなのと同じくらいレオンハルト様もヒューベルトくんのことが好きなのではないかとも思えた。
だけど、それでは何故ヒューベルトくんの襲撃者の中にレオンハルト様の側近がいたの?
その理由をはっきりさせない限り、レオンハルト様の言葉を鵜呑みにはできない。ヒューベルトくんの命がかかっている。
「……わかりません」
私には、そう答えることしかできなかった。
現状、何も解明できてはいないから。
「レオンハルト様が弟君を探されていることはわかりました。ですが……だからといって、首謀者ではないという確かな証拠はないのでしょう? レオンハルト様、エンデ王国での捜査はどうなっているのですか? 首謀者がはっきりしてもいないのに、もし、弟君が見つかったとして弟君の安全は保証されるのですか?」
レオンハルト様は凍りついたような表情で私から目を反らした。
それは、何となく彼が傷ついているように見え、そうしたのは私の言葉なのに胸が痛んだ。
……レオンハルト様が本当にヒューベルトくんのことが心配で堪らないのだとしたら、こんなことを言う私は酷い人間だ。だけど、真実敵ではないとわかるまでは、油断しちゃだめだ。ヒューベルトくんは私が守るのだから。それに……
「それに、順番が違うのではないですか?」
今、真っ先にするべきことは、
「弟君が再び命を狙われないように、襲撃の首謀者とその背景に何があるのか明らかにすることではないのですか?」
だって、原因が王位争いなら、正妃さまが関わっている可能性が高い。関わっていなくても、レオンハルト様を王位につけたい人の仕業ならレオンハルト様にはもっとやれることがあるのではないかと思ってしまう。
「手厳しいね。私の唯一は」
ユリウス陛下はくつくつと笑った。
「それで、私の唯一はエンデストリア王子に協力するのか?」
私は首を傾げてしまった。
協力も何も……私にできることは無い。
これまでのところ、レオンハルト様を信じる信じないは別として、疑わしい側近のことが何一つわかっていないのだから。その状況で私からヒューベルトくんのことで言えることは何も無い。
「私が協力できることは無いと思います。レオンハルト様の弟君のことは全く心当たりが無いですし」
「だが、それならば何故ティアーナから弟の匂いがした?」
レオンハルト様は納得できないというような素振りをした。
「わかりません」
多分猫ちゃんと戯れたりしてたからだけど。
「これで、私の弟の手がかりは無くなったというわけか……」
レオンハルト様はギリッと奥歯を噛み締めた。
怒りや苛立ち、失望がない交ぜになったようなレオンハルト様の表情に何ともいえない気持ちになる。
「どうやら、この話はここまでのようだな」
ユリウス陛下が話を切り上げるように言った。
「お待ちください」
レオンハルト様はユリウス陛下と私の顔を交互に見た。
レオンハルト様のヒューベルトくんに良く似た青みがかった鮮やかな緑色の瞳が強い光を放つ。
「ヴィオニーヴェ国王、弟を探すために貴方の唯一ティアーナ・ヴァルシード嬢の力を借りたい。ティアーナ嬢に心当たりが無くとも手がかりは彼女についていた匂いだけなんだ。どうか、お願いします」
読んでくださりありがとうございます(*´▽`)
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執筆が遅めではありますが皆さまが楽しんでくださるよう頑張ります。




