レオンハルト様の弟君
―私の弟を知らないか?
知っているけれど知らない振りをしないといけない。
レオンハルト様と学園で話をするようになって、最初の頃よりは苦手意識が薄れ始めていた。彼の持つ獅子の獰猛な気配にもびくびくしながら少し慣れた。この前は、リュミエール殿下たちから『女神セレネ様の気配がする』と、問い質されているところを助けられもした。だから若干レオンハルト様に対するガードが緩んできていたように思う。
けれど、ヒューベルトくんから話を聞いたから……
レオンハルト様が弟君のヒューベルトくんを殺めようとしているかもしれないと知ったから……
レオンハルト様を見つめ直さなければならない。
本当に、私の可愛い大好きなヒューベルトくんを辛い目にあわせた元凶がレオンハルト様なら私は彼を許さない。
ヒューベルトくんの悲痛な声が思い出される。
ヒューベルトくんは兄君レオンハルト様のことが大好きなのに。
レオンハルト様がその気持ちを踏みにじるのなら……
彼は私の敵となる。
「知りません。……レオンハルト様、私の国メイヴェ王国と貴国とは国交がありません。それなのにどうして私に貴方の弟君を知る機会があるのでしょう?」
出掛けに見たヒューベルトくんの淋しそうな姿が脳裏に浮かんで、胸が苦しくなる。
「そうだな。普通に考えればそうなのだろう。しかし、あの時、確かに私の弟の匂いがしたのだ。どこかで、お前が私の弟に接触したのではないかと私は考えている」
レオンハルト様のどこか焦燥感を感じさせる声にビクリとする。
どうしてだろう?
レオンハルト様が必死そうに見える。
ヒューベルトくんは兄君が自分を殺そうとしたと思っている。だけれども、それはあくまでもヒューベルトくんの憶測。
現状、明らかなのは、ヒューベルトくんが襲われた襲撃者の中にレオンハルト様の側近の一人を見たという事実だけだ。
そう、側近……今、正にレオンハルト様の後ろに控えている二人のうちの一人。
そういえば、今までレオンハルト様の側近をしっかり見たことは無かった。
どちらかと言うと、二人とも印象が薄い。
三人でいてもレオンハルト様に目がいってしまって、他の二人は素通りしてしまっていた。
レオンハルト様は、黄金の鬣を靡かせてている獅子だ。
人の姿であっても百獣の王の貫禄と肉食獣の獰猛な気配がゾクリと生存本能を刺激してくる。近づいたら食べられそうで、草食獣のように全力で逃げたい衝動に襲われる。だから、側にいると警戒して全神経がレオンハルト様に向ってしまうのだ。……側近二人の影が薄くなるのはそのせいだと思う。
……それにしても、側近の二人がどんな人物なのか関わりがなさすぎて全くわからなかった。
私は、レオンハルト様の側近フローレンス・ベルンさんとガイアス・シモンズさんをさりげなく観察した。
ベルンさんは、とても体格が良くて大きい。精悍な顔立ちで左の目尻に傷痕がある。全身筋肉でできているみたいにがっしりした体つき。なんだか、ユランさんみたいで熊っぽい。
シモンズさんは、しなやかな体つきの美丈夫。細いけれど鍛えていそうな引き締まった体をしている。目元が鋭く、絶えず周囲に気を配っている感じがする。
ヒューベルトくんが見たのはどっちだろう?
「ティアーナ、どうだ?」
返事を返さない私に痺れをきらしたのか、レオンハルト様は畳み掛けてきた。
別のことを考えていた私は、レオンハルト様の言ったことに対して暫く熟考していた振りをした。
「そのようにいわれましても、心当たりがないのです」
首を傾げながら私はこたえた。
「あの、レオンハルト様? 差し支えなければ、どういう事情なのか教えていただけませんか? レオンハルト様の弟君は行方不明でいらっしゃるのですか?」
ヒューベルトくんのことは全く知らないし、レオンハルト様の問いを怪訝に思っていると暗に匂わせてみる。
ヒューベルトくんの安全の為に、絶対にヒューベルトくんを知っていることを悟らせないようにしないといけない。
私の言葉に、レオンハルト様は虚をつかれたように目を見開いた。
あれ? このくらいの言葉が私から返ってくるのは、レオンハルト様も想定内だと思うのだけど?
どうして、そんな驚いたような顔を?
「ああ、すまない。ティアーナからそういった積極的な質問をされるとは思っていなかったからな」
へ?
「せいぜい返事は、『はい』か『いいえ』だと思っていた」
うわ。なにそれ? 私、ディスられている?
レオンハルト様の私に対する認識って……結構酷い?
いや、まあ、あまり関わらないようにしていたから仕方がないといえば仕方がないのだけれど。出会いからしてアレだったし。アレで親しくなろうなんて普通思わないと思う。
雰囲気……猛獣だし。
出会ったときは、実際猛獣だったし。
「私の唯一は、想像以上にエンデストリア王子には塩対応らしい」
楽しそうな声とくぐもった笑いで体を震わすユリウス陛下の震動が伝わってくる。
塩対応は否定できないですけど、そんなに面白いですか? 笑いすぎです。
レオンハルト様は不満そうな顔をした。
「あからさまに避けられているからな。追いがいがあるというものだ。追い詰めたくなる」
うわ。レオンハルト様、何、不穏なことを堂々と言ってくれているのですか!
怖いよ! この猛獣!
その、獲物を狙うような眼光やめてください!
ゾクッとして、思わずユリウス陛下に抱きついてしまった。
私とユリウス陛下の後ろに控えて私を見るホワイトナイト様の呆れたような顔に気がついたけれど、これは不可抗力だから。
「エンデストリア王子、私の唯一を怖がらせてくれるな」
ユリウス陛下は私の頭を撫でながらレオンハルト様を窘めるように言った。
「ティアーナは、私の最愛。追うことは許さない。私の唯一と心得よ」
んへ? ユリウス陛下、大丈夫? 演技過剰すぎない? まさかのノリノリの演技? 私のこと最愛とか言っているし。
ハッ!
そういえば、ユリウス陛下、レオンハルト様が変な気を起こさないように牽制するって言っていたそれ? 現在進行中で、有言実行?
もう、散々私とユリウス陛下の仲の良さは見せつけていると思うのだけれど、まだやるのかな?
ユリウス陛下って面倒見がよすぎるよ。
過保護すぎて、もう、私の保護者みたいになっている。
私は、申しわけない気持ちでいっぱいになった。
「ティアーナ、怖がらせていたのなら済まなかった」
え?
レオンハルト様が謝っている?
うわあ!
「やめてください! 王子様が謝らないでください! 畏れ多くて心臓が止まります!」
王族が謝るとか、そんなこといきなりされたら困ってしまう。
「ははっ! お前の心臓は私が謝るだけで止まるのか。ひ弱す……」
「話が逸れてしまったな。ここからは、ヴィオラス王国国王の私とエンデ王国第一王子で話をしないか? 弟君を我が国で探しているのだろう? まずは情報の擦り合わせをしたいが、どうだろう? 私の唯一にも話を聞かせ、その上で弟君の匂いの心当たりを考えて貰うのが筋だと思うが?」
レオンハルト様の言葉を遮るようにしてユリウス陛下が重々しい口調で言った。
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