リュミエール殿下
ごめんなさい。
……って言いたい。言えたら良いのに。
溜め息をつきそうになる。
聖王国の第一王子に言えるはすがない。
「……わかりました」
項垂れて了解した私の背中をソルジュが労るようにポンポンと叩いた。
「それじゃあ、ティアーナ。私は先に食堂へ行っているね?」
気を利かせようとするソルジュの制服の端をギュッと掴む。
駄目!
ソルジュ! 行かないで!
ソルジュは目を瞬かせて驚いたように私を見て、それからフワリと笑った。
「リュミエール殿下、差し支えなければ私も同行して宜しいでしょうか?」
ソルジュってなんて良い人なんだろう。
一人で彼らに付いていきたくない私の気持ちをちゃんと汲み取ってくれる。
だって、嫌だもの。一人でこの三人に囲まれてのお話とか。ロベールさんからは睨まれているから困った雰囲気になるのは確実だし、ツヴァイトさんは私がユリウス陛下から囲われていると言って感じが悪かったし。リュミエール殿下の相手だけでも大変そうなのに。孤軍奮闘なんて辛すぎる。せめて友達のソルジュに付いていて欲しかった。味方と思える人が一緒にいて欲しくて。
「おや、ソルジュ・レーヴェンさんはヴァルシードさんと親しかったの? 知らなかったな。いいよ。一緒においで」
リュミエール殿下の言葉に、あれ? って思った。殿下の言い方だと、ソルジュは殿下の知己みたいだ。ソルジュは聖王国の人だから元からリュミエール殿下と知り合いでもおかしくはない。だけど、リュミエール殿下の口調に気軽い印象を受けた。そういえば、ソルジュって雰囲気が貴族だと思うのだけれど家格を聞いたことは無かったなあ。学園では家格に関係なく皆平等ということだったから、全然気にしていなかった。もしかすると、ソルジュの家格は上位なのかもしれない。王族と関わりが深かったり? そう思えば、ソルジュがかねてより情報通なのも頷ける。
「ありがとうございます。リュミエール殿下」
ソルジュはリュミエール殿下にお礼を言うと、私の方をチラリとみて茶目っ気たっぷりにウインクをくれた。
うっ。
行動が男前なのに可愛いなんてソルジュ最強なんじゃないかな。
「では、ヴァルシードさん、聖王国が所持するロイヤルルームへ招待するね」
ロイヤルルーム? 聖王国所持? ここは学園なんだけれど? そんなのがあるの?
頭の中で疑問符が飛び交う。
その様子を見かねたソルジュが説明をしてくれる。
……私って、そんなに思考が顔にでるのかな?
「ティアーナも知っているように基本学園に通う生徒は皆平等だ。とはいえ、例外もある。王族は学園で学びながら公務を行う必要があるせいで便宜がはかられているんだ。それが、ロイヤルルームと名付けられた部屋だよ。それこそ平等に各国に設けられているね」
そうなんだ。
確かに、王族にはそういう部屋は必要だと思う。
でも、そんな部屋にこれから連れていかれるの?
王宮の執務室みたいな感じかな?
畏れ多くてかなり嫌かも。
そんなことを考え逃げ腰ながらも数分後……聖王国のロイヤルルームにいた。
目の前のソファにリュミエール殿下とロベールさん。テーブルを挟んだソファに私とソルジュが並んで座っていた。ツヴァイトさんはリュミエール殿下の後方に立っている。
王族のための部屋だけあって豪華でありながらも落ち着いた雰囲気の内装だった。
思わずキョロキョロと見回してしまった私に隣でソルジュが肩を震わせている。
そんなに笑わないでよ?
「本当に仲が良さそうだね」
リュミエール殿下は硬質な金色の瞳で私を見つめた。感情の見えない瞳は何を考えているのか全くわからない。
こうして真正面から見ると、リュミエール殿下って……ますます感情のない白磁の美しい人形のように見える。
そのリュミエール殿下が首を傾げた。
「どうしてかな? 今日は女神セレネ様の神聖な気配が君からしないね?」
ドキッ!
直球きた!
いきなり過ぎて心臓がバクバクする。
と、取り敢えず落ち着こう。結界もしっかり纏えている。
「何を仰っているのかよくわからないです」
私も首を傾げて見せる。
自然な感じに振る舞えているといいのだけれど、内心冷や冷やしていた。
リュミエール殿下がじっと私を見つめてくるのだもの。
「君の魔法属性は何?」
えっと。
これ、答えてもいいやつ? クラスで公表しながら属性判定をしたから大丈夫よね?
「……水と風と無です」
「ああ、そのせいでルシアン王国の第二王子に君を取られたのだったね。私が君とペアを組みたかったのに」
ヒュッと私は息を呑んだ。
リュミエール殿下の隣でロベールさんが目をつり上げ怒りの表情を浮かべたのだ。
……それは怒るよ。実際にリュミエール殿下とペアを組んでいるのはロベールさんなのに、私と組みたかったとかリュミエール殿下は何ということを言うのだろう。
ロベールさんは、恋愛感情みたいなもので色々考えていそうだけれど、絶対違うから。リュミエール殿下は、ただ女神セレネ様の神聖な気配の原因を探りたいだけだよ? ロベールさんが怒るようなことではないのに。また、私がリュミエール殿下を誑かしていると思っていそう。
「こんな人に、女神セレネ様の神聖な気配があるはずがありませんわ。聖女でもないのに。それに、私は大聖女候補序列一位ですわ。いずれ大聖女になるのですから、シェザリオン様のペアは私が相応しいと思いますの」
ロベールさんの言葉にリュミエール殿下は顎に手をあて考えるような仕草をした。
さすが王子様。振る舞いの全てが優雅だ。
本当に綺麗だなあ。
伏せた長い睫毛に目が吸い寄せられてしまう。
うっかり魅せられていると……
いきなり、リュミエール殿下が爆弾発言を投下した。
「……確かに感じたんだけどね。ねぇ、君って大聖女?」
ぅへっ?
えええええ! どうしてぇ?
どうしてそうなるの? ロベールさんの話をちゃんと聞いていた? 今は私、何の気配もしていないよね? それに、聖女に必要な光属性持っていないです。いや、実際は持っているけれど耳に着けているアメジストのピアスで隠されているから大丈夫だし。どこをどうやったらこの短時間でそういう結論が導き出されるの?
「リュミエール殿下、ヴァルシードさんが困っていますよ? ヴァルシードさんは残念ながら光属性は持っていません。魔法属性判定はクラスで私も一緒にしましたから断言できます」
ソルジュが吃驚して混乱している私に助け船をだしてくれた。
「そうなの? 私の勘は外れないのだけれど。おかしいね? ああ、そうだ。こうしよう? ヴァルシードさん。私と親睦を深めようか」
……親睦って何だっけ?
思わず親睦の意味を調べたくなった。
本当に、本当にこれってどういう状況なの?
なぜ、この会話の流れで私とリュミエール殿下が親睦を深めようということになるの?
リュミエール殿下っておかしいの?
変わっている?
しかも、にこりともしないんだよ? もともと表情が乏しいのかもしれないけれど。
「ティアーナ、ごめん。諦めたほうがよさそうだよ」
ソルジュが申し訳なさそうに言った。
『私が付いてきたのに役に立たなくてごめんね』というソルジュの心の声が聞こえてきそうだった。
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