淋しがりやのベルくん
はやく先へ進まなくてごめんなさい。
訓練から解放されて目覚めたものの、魂と身体が離れていた時間が長かったせいか動くのも億劫だった。
……ふかふかのベッドに身体が沈んでいくみたい。
神域に居たのだから私の身体は浄化されて本来なら絶好調のはずなのに……この疲労感。
やはり、ホワイトナイト様……やりすぎだったのでは?
折角開いた目蓋が落ちてくる。
もう、このまま寝ちゃってもいいかな?
うん。起きていられないよ。……今日は長い一日だった。
そうして、私は深い眠りに落ちていったのだった。
「おやおや、無理をさせてしまいましたか?」
落ちる間際に、そっと私の頭を撫でる感触がしたような気がした。
それから、数時間が経過して真夜中。
デスターニア公爵家の夜勤の者たちを除いて皆が寝静まったころ。
私の部屋の扉がほんの少しだけ開いて白い影が部屋の中へ入ってきた。
白い影は物音一つ立てずに私のベッドに走り寄るとピョンと飛び乗り……私の寝ているシーツの中へ潜り込んだ。
……暖かい。
私は温もりを求めてそれを抱き枕のようにギュッと抱き締めて眠り続けていた。
見廻りに来たホワイトナイト様が呆れたように溜め息をついたことも知らずに……。
そして、朝。
けたたましい猫ちゃんの鳴き声に驚いて目を覚ました。
ふえっ?
なに?
「ベルくん、これはどういうことですか?」
ホワイトナイト様? ベルくん?
声のした方に目を向けると、ホワイトナイト様と、彼に首根っこを掴まれて足をバタバタさせながらぶら下がっている猫ちゃんが居た。
えっとぉ……一体何が?
「離してください! おねえさまと一緒に寝てはいけませんか? 別にいいでしょう? これまでも寝ていたのですから!」
うわ、猫ちゃんの口からベルくんの声がする! 猫ちゃんの姿でもお話できるんだ! そういえばユランさんも熊さんになっていた時に喋っていたなあ。
オネエ司教たちから逃げていたときのことを思い出して感慨深げに眺めていると、
「何をのんきな顔をしているのですか! 貴女のことですよ!」
ホワイトナイト様から怒られた。
どうしてぇ?
起きたばかりで何が何やらさっぱりわからないのですけど?
「サリナさん! 取り敢えずティアをお風呂に!」
ふえ?
「畏まりました」
少し離れていたところに控えていたサリナが素早く私の元へ来ると、ニッコリ微笑んだ。
ちょっと、何だか怖い。
サリナお手柔らかにお願いします。……というよりも、取り敢えずお風呂って何?
「さあ、お嬢様」
サリナに腕を取られる。引っ張って起き上がらせ……あれよあれよという間にお風呂でしっかり身体を洗われ、私は学園の制服に身を包んでいた。
気持ち良かったあ……じゃなくて、この展開は、いつもの猫ちゃんの匂い消しでは?
まって! まって!
昨日は猫ちゃんと寝ていないし!
猫ちゃんはベルくんになったからベルくん用のお部屋を用意したし!
「ティア、この駄猫は貴女が寝ている間に貴方のシーツの中に忍び入ったのですよ」
へ?
「失礼な言い方はやめてください。僕はただ淋しくておねえさまと一緒に寝ることにしたんです」
えっと?
つまり、気がつかなかったけれど……私と猫ちゃんが一緒に寝たってこと?
ベルくんは猫ちゃんの姿だから、これまで通りといえばこれまで通り。さすがに人間の姿だと問題かもしれないけれど、まあ、人間でも五歳だし。子どもだし。そこまで怒るようなことでもないと思うけどな。
「ティア、困った人だね」
ふえっ!
背後から抱き締められてびくっとした。
フワッと馨るアスラン様の香り。
あー、もはや朝のルーティン。
「どうして、ティアは毎朝私以外の雄の匂いをつけているの?」
耳許で囁かれるディーン様の声。
ポンッ!と、全身が真っ赤になったと思う。それくらい身体が熱を帯びる。
アスラン様と同じ声でそんなことを言われたら……。
しぬー。キュン死する。
なぜ咎められているのかわからないけれど……言い方!
「ディーン様! 心臓に悪いです」
「そう? 悪いのはティアだけれどね」
私を抱いているディーン様の腕に力が入る。
ギューッと抱き締められて心臓のバクバクが激しくなる。このままだと、心臓が飛び出ちゃう!
ひぇぇ。誰か助けてぇ!
涙目で周りを見ると、サッと皆が顔を背けた。
「自業自得ですよ。お嬢様」
微かにサリナが呟く声が聞こえる。
あ、酷い!
でも、でもね、昨日の晩、頑張って結界を纏えるようになったんだよ? 私。
だから結界を纏えば匂いはしなくなるんだよ? こんなルーティンもいらなくなったんだよ? なのに……どうして?
アスラン様と同じ良い匂いにクラクラしてくる。
匂いの上書きをされているの?
「昨夜の訓練だけでは、まだ貴女の結界は不完全です。恐らく、未熟ですから何かの弾みで解けたりするでしょうし、最善は寝ている間も結界を纏い続けることですが無理でしょう?」
ホワイトナイト様が近付いてきて私に顔を寄せた。
「ベルくんの存在を匂いでレオンハルト様に悟られるわけにはいきませんから、ティアが完璧に結界を纏えるようになるまでこの状況は続きます。お嫌なら、ベルくんと不必要な接触は避けるべきです」
むむむ。
さっき、ベルくんは淋しくてって言っていたよね? 淋しいのに放っておくのは無理だよ。
年相応の子どもにするように甘やかしたいし、淋しければ抱き締めてあげたいもの。
「お、お前っ! おねえさまと僕との仲を裂こうというのか!」
いつの間にか、猫ちゃんから人の姿に戻ったベル君がホワイトナイト様の後ろから飛び出てきた。
「おっと!」
透かさずホワイトナイト様からベルくんは羽交い締めにされた。
「こらこら、ティアに近付くのは禁止です。これから学園へ向かうのですから。また匂いがついてしまうでしょう? 王子のくせにお馬鹿なんですか?」
「ふ、不敬だぞ!」
ホワイトナイト様、ベルくんにお馬鹿っていっちゃったよ。
ベルくん怒った顔をしているけれど、可愛い。
……そうだよね? ベルくんのことがバレないように、女神の匂いがすると二度と言われないように気合いを入れて頑張らないとだ。
私は、ゆっくりと魔力を練り始める。
皮膚のように薄い結界を纏うために。
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