子猫を拾いました
ところで、
秘密の拠点は、外から見ても神殿のようでした。
「ここって……私の気のせいでなければ
普通に神殿ですよね? ホワイトナイト様。」
神殿とおぼしき大理石でできた白い立派な建物から出て来た私は、鳥を飛ばしたはいいが……周囲に立ちこめる清浄な空気と澄んだ水を湛える湖にため息をついた。湖の向こうには森が見える。なんとも穏やかで美しい景色だ。
驚いたことに、この神殿は湖の真ん中にあった。
しかも向こう岸に行くための経路がない。
外界からまるで隔離されているみたいだ。
皆、想定外だったらしく、神秘的な美しさを眼前にして茫然自失。言葉を失ってしまった。
それは驚くよね。
私も、戸惑っているし。
あそこから外に出たら、すぐに馬車に乗って移動かと思っていた。
それにしても……
静寂すらも心地よい場所だなあ。
あれ?
少しだけ何かが頭の片隅に引っかかる。
瞼に何かが浮かびそうになったが、
「その通り。神殿ですよ。」
ホワイトナイト様の声に霧散してしまった。
「神域みたい。」
無意識に口にして、『神域?』と、 首を傾げる。
私は、本当の神域を知っている。
ここは、本当に神域だ。
でも、何故知っているの?
「勿論、神域です。」
ホワイトナイト様は私の顔を探るようにじっと見つめたが、肩を竦めるとクスリと笑った。
「さすが、私のティアーナ様です。よくおわかりになりましたね。ここは、女神のように清らかで美しい貴女に相応しい場所です。」
そして、私の手を取り指先に口付けた。
唇の感触にドキリとして、サッと手を振りほどいた。
何を言っているの?
貴方のじゃないし!
急に何てことをするの?
顔を赤らめてしまった私に、
「たいへん可愛らしい。」
ホワイトナイト様はこぼれるような色気を滲ませて目を細めた。
不覚にもドキリとしてしまった自分を叱る。
もおおう!
ホワイトナイト様といると調子がくるう。
でもそのはずみで、さっき脳裏をかすめたものがすっかり追いやられてしまったことに私は気づかなかった。
「では、そろそろ出発しましょう。」
ホワイトナイト様が手で空を切ると、
何もなかった湖の上にキラキラ輝く半透明の橋が現れた。それは此方から向こう岸までのびている。
「魔法ですか?」
驚いて、ホワイトナイト様の顔を見ると、
「ここに張ってあった結界を一部解除しただけです。あの橋はずっと存在していますが結界を張ると見えなくなってしまいますので。」
事もなげにいう。
「ああ! すごいな! ここはもしかしてセレネ神殿ですか?」
カイルが腑に落ちたといった感じで言った。
「ここに転移門が繋がっていたとは。ヴィオラス王国のセレネ神殿は許しがなければ決して入れない外界から閉ざされた神殿だと聞いたことがあります。」
「あ― 、知っているぞ。この神殿だけ治外法権なんだよ。だからここは、公爵領だな。」
ユノーが笑いながら言った。
へ?
想像が及びもつかないことを言った。
えええええ?
「まさか、この神殿ってヴァルシード公爵家のものなのですか?」
他国にある神殿なのに?
「古の盟約ですね。極秘ですけど。」
遠くの方を目をすがめて見遣りながらホワイトナイト様が言う。
何かに気をとられているようだ。
古の盟約かあ。お父様に聞いたら教えてくれるかな?極秘だと無理?でも気になるし。実はうちって私の知らないことが結構ある?
そういえば、さっきから全く気配を感じさせないのだけどサリナは?
見てみると……持ってきた荷物を出し入れしている?
そのまま持っていくだけでしょう?
「サリナ何をしているの?」
怪訝に思って尋ねると、サリナは素早い手付きでサクサク荷物を移動させながら、
「少し障りがありそうなので、最低限必要な物だけ持っていくことにします。残りはここに置いておいて後日(ホワイトナイト様に)取りに行ってもらいます。」
と、言う。
「ここから森を抜けるまで徒歩だし、賢明かもな。」
ユノーが感心したように顎を手でさする。
「お嬢様、終わりました!」
サリナが荷物をカイルとユノーにも分配する。
「戦闘の時には投げて結構ですので。よろしくお願いします。」
戦闘……って、穏やかではないわね。
でも、森だしなあ。
魔物ってこの辺りにはいるのかな?
実は、魔物は世界中のあちこちに生息している。
季節ごとに騎士団が人里近くまで出てきた魔物を討伐しているのだ。
「私が先頭を歩きますね。ティアーナ様とサリナさんは真ん中、カイルとユノーは二人を囲むようにお願いします。」
ホワイトナイト様が手慣れた様子で指示をだした。
「「「了解です。」」」
サリナ、カイル、ユノーが頷いた。
皆が橋を渡り終えると、再びホワイトナイト様が結界を張る。
すると、再び橋が綺麗に消失した。
不思議だなあ。
「少し距離がありますが、開けた場所に馬を隠してあります。ティアーナ様はそこまでお辛いでしょうが我慢してください。そこから先は馬車がある中継地まで馬で移動したいと思います。」
ホワイトナイト様は気遣うように私に言った。
歩き慣れていない私は体力的にも長い距離はきっと歩けない。
ちゃんと配慮してくれるんだなあ。
第一印象がとんでもなくて変な人だと思っていたけれど、結界とか指示だしとか……やるべきときには真面目にやるんだ。この人。
ホワイトナイト様の背中を見ながら彼の印象をちょっとだけ改めた。
半時ほど歩いた頃、
不意に、ホワイトナイト様が歩みをとめた。
彼の背中にぶつかりそうになる。
何?
同時に、カイルとユノーに緊張が走る。
サリナが荷物を投げ私の右手を掴んで引き寄せ、スカートの中から暗器を取り出した。
「前方に魔物が数体いますね。集団で何かを襲っているようです。」
カイルが小声で言った。
それに頷き、不愉快そうにホワイトナイト様が眉間に皺をよせた。
「魔物は一掃しておいたはずなんですけどね。」
何かすごい言葉を耳が拾い、ゾワッと背筋に悪寒が走った。
本当はホワイトナイト様って危ない人かもしれない。気を付けよう。そう思いながら……
私はじーっと目を凝らして前方をよく見る。
あ! あれだ!
魔物に襲われ必死に抵抗している白い猫がいた。自分より大きな黒く淀んだ狼のような魔物と対峙しながら果敢にも爪で引っ掻いている。囲んでいた魔物が次々と牙を剥き出しにして猫に襲いかかるのを素早い動きでかわしていた。
大変だ!
猫ちゃん負傷して血がでてる!このままではやられてしまう!
猫が傷まみれになって孤立奮闘している姿は痛ましくて涙がでそうになった。
「助けないと!」
思わず私が言うと、
ホワイトナイト様は面倒くさそうに、やれやれと肩を竦めた。
「猫ちゃんを助けて!」
とっさに彼のローブを掴み、潤んだ瞳で見上げれば
ホワイトナイト様と目が合う。
「私の女神ティアーナ様のお望みのままに。」
目をしばたかせた彼は何故かその瞳を煌めかせ、空間から杖をとりだすと何やら呟いた。
すると、
猫ちゃんの周囲に燃え盛る火柱が立つ。
私は、驚いて目を見開いた。
すごい!
なんと魔物は一瞬で灰になった。
私はサリナに掴まれていた手を振り切って猫ちゃんに向かって駆け出していた。
「ティアーナ様!お待ちください。」
サリナが叫んで止めるけれど、猫ちゃんが心配で無我夢中だった。
「猫ちゃん!」
猫ちゃんの元にたどり着くとぐったりしている猫ちゃんを抱き上げた。
「手当てしないと!」
白い子猫だった。可哀想に傷ついて体中いたるところから血が流れていた。白い綺麗な毛が赤く染まっていく。
いつの間にかそばに来ていたホワイトナイト様は猫ちゃんを凝視して呆れたように私を見た。
なぜ?
「相変わらず、良い引きをしていますね。運をその魅力で引き寄せるのか?困ったお嬢様だ。」
何やら訳のわからないことを言いながら、癒しの魔法をかけてくれる。
ホワイトナイト様の魔法って最強なんじゃない?
猫ちゃんの傷はみるみる消えていった。
「この子、連れて行ってもいいよね?」
目を閉じてぐったりしている猫ちゃんをそっと撫でる。
この子を置いては行けない。
それにまた魔獣に襲われるかもしれない。
この小さな命を守ってあげたいと思った。
「お好きなように。
私が、貴女の望みを叶えましょう。」
ホワイトナイト様の言葉に私は安堵したのだった。
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