魔法技術の授業
魔法技術の授業は特殊な空間で行うという。
学園の敷地の中央にある教室のある建物から離れた場所。小さい森を抜けたところにある別館に行かなくてはいけないらしい。なんでも魔法事故が起こった時に被害を少なくする為なのだそうだ。
ソルジュからそう聞いた時には『なにそれ、こわい!』って思った。
魔法技術のクラス分けの張り紙を見てから、そこはかとない不安が続いている。一番はエンデストリア殿下のことなんだけれど……それとは他にロベールさんと一緒なのも不安だった。彼女は、ユノルト男爵令嬢よりも『メイツガ』のヒロインっぽい人だし、大聖女候補序列一位……つまり聖女だから。ラノベだと聖女といえばだいたいヒロインと決まっている。でも、これまでのところストーリーとか覚えている限り全く関係なさそうなのよね。そうすると、そこまで気にしなくてもいいのかな。
そんなことを考えていた私の肩をソルジュがポンと叩いた。
「ティアーナ、そろそろ向かおう。」
いよいよ次の時間が魔法技術の授業だった。通常、魔法技術の授業は移動に時間がかかるということでお昼休みを挟んだ午後に組まれることが多いらしい。周りを見ると、ぽつぽつと同じ方向へ歩いている生徒がいる。
「ティアーナは転移門を使ったことある? 」
並んで歩きながらソルジュが聞いてきた。
転移門って……あれよね? あるもあるよ。この国に来たときもだし……。
思わず遠い目になる。
さらわれた時も使ったよねぇ。簡易転移門とか、魔導師の即席転移門とか……。
「うん。あるよ。」
「へぇ……。」
頷いた私にソルジュは少し驚いた顔をした。
「なに? 」
「いや。転移門は、この学園で初めて使う人が多いから。それ以外だと、王族でもなければ私たちの年代では滅多に使えない。」
そうなの? 確かお父様は公爵家は転移門を持つことを許されていると言っていたんだけど。ソルジュの国では違うのかな? それより、気になったのは……。
「ねぇ、ソルジュ。この学園で初めて使う人が多いってどういうこと? その話し方だと……。」
ソルジュは我が意を得たりという風にニヤリと笑った。
「そう。この学園には転移門があるんだ。」
「すごい! 本当に? 」
「あの森の入り口と出口を結ぶ場所に転移門がある。」
魔法技術を学ぶ施設のある別館は月の塔と呼ばれていてソルジュはその方向を指差した。
木々が生い茂る深緑の森の向こうに月の塔の先端が見えている。
「森を抜けて行くのは大変そうだものね。」
「うん。意外とあの森は深い。」
「ソルジュは本当に何でも知っているのね。」
ソルジュと会話をすればするほどそう思う。
「そうでもないよ。」
ふと、何かに気がついたようにソルジュは目を細めた。
「あれは、エンデストリア殿下だよね? 」
えっ?
うわあ。
森の手前にガセボが見える。その側に腕を胸の前で組んで此方を見ている男子がいた。キラキラと輝く黄金の髪が風に煽られている。
「何でいるの? ……ていうか待ち伏せされている? ううん。たまたま私たちが向かっている方向にいるだけよね。次の授業は同じだし。ああ、こんな風に思うのは……エンデストリア殿下過敏症よね。うん、そう、きっとそう。」
「ぷっ……。なにそれ! あははは。」
ソルジュが吹き出すように笑った。
あれ?
「今の言葉に出してた? 」
思いがけずレオンハルト様とエンカウントしそうな状況にうっかり考えたことをそのまま口にだしちゃっていたみたいだ。
「出しすぎだよ。ふははっ。」
ソルジュはお腹を抱えて笑っている。
「ちょっと、笑いすぎ! 」
「ごめん。ごめん。つ、ふふふ。」
歩きながらなおも笑う。
ソルジュが漸く笑いやんだ時には、私たちはレオンハルト様の近くまでやって来ていた。
「このガセボに転移門が設置されているんだよ。」
ソルジュは、レオンハルト様を全く気にしていない様子でその側にあるガセボを手で示した。
私は、レオンハルト様がまるでそこに居ないように振る舞うソルジュの態度に舌を巻く。しかも、ものすごく自然だ。
ところが、レオンハルト様の前を通りすぎようとした時、ぐいっと私の肩は掴まれ後ろに引き戻されてしまった。
ひやっ。
「おい。」
レオンハルト様の低い声がした。
背筋に冷たいものが走る。
猛獣の気配を消して欲しい。『おい。』が『ガオオ! 』に聞こえるよ。
「ティアーナを待っていたのだが、無視するとはいい度胸だな。」
鋭い目付きで此方を見てくる。
「そんなことを言われましても……。」
思わず、後退りトンと後ろにいたソルジュにぶつかってしまった。
「エンデストリア殿下、授業に遅れますので、月の塔までご一緒しませんか? 」
ソルジュが私の腰を抱き寄せてレオンハルト様から距離を取ってくれる。
私は、ソルジュの卒のない対応に感動した。
すごいよ! ソルジュ!
「良いだろう。」
レオンハルト様は頷くと私に手を差し出した。
「月の塔までエスコートしよう。」
はあ?
「いりません! レオンハルト様ここは学園ですので。 」
学園でエスコートとかないよね。王族だから習慣でしてしまうのかな? だけど、そんなことされたら目立って目立って大変なことになっちゃうよ。こうして会話をしているだけでも周りの注意を引いてしまっているのに。
さっきから此方に集まる視線が痛いもの。
すると横から現れた体格の大きい男子がレオンハルト様の耳許に手をあてて何やら囁いた。
切れ長の目で精悍な顔立ちをしている。
レオンハルト様はそれに何やら頷いた。
そして……。
「そうか。残念だ。」
あっさりエスコートを断念した。
「フローレンス、先に行く。ガイアスと後から来い。」
レオンハルト様は、その体格の大きい男子……フローレンスさんというのかな? に声をかけると私とソルジュに微笑んだ。
「では、行こうか。」
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