帰還 2
帰還はあっという間だった。
メイヴェ王国黒翼騎士団特務隊は兎に角すごかった。というか、彼らの魔法には本当に驚かされた。魔導師がたくさん集まったら、転移門って即席で作れちゃうんだよ! 『嘘おおお! 』って、馬鹿みたいにあんぐり口を開けちゃって、お父様から注意されたくらい。
そして、転移門をくぐったら、もうデスターニア公爵家の敷地の中だったの。
広い敷地の中央に広場のようなところがあって、そこでクラウスがセバスを従えて私たちを待っていてくれた。
変なのだけれど……。
ここから離れていたのは、ほんの数日のことだったのに、とても長い時間だったように思えた。
懐かしくて、ああ、帰ってこれたんだって思わず涙が零れてしまった。
クラウスはそんな私を真っ直ぐ見つめて
「ティアーナお帰り。」
顔を綻ばせた。
私は、クラウスに歩み寄ると目を擦って心から笑った。
「ただいま。クラウス。」
クラウスはゆっくり私を引き寄せると、壊れ物を扱うかのように優しく抱き締めてくれた。
「貴女が無事で良かった。」
私の肩に顔を埋めた彼の声は微かに震えていて、本当に心配をかけてしまったんだと改めて思った。
ごめんなさい。クラウス。
申しわけなく思うのに、お父様の娘というだけなのにこんなに大事にしてくれて嬉しいと思った。
クラウスは初めて会った時から優しかった。距離の詰め方には性急すぎて驚いたけれど。お母様を知っていてシアと呼ぶ人。お父様の学友。お父様は旧知の仲って言っていたけれど、もっと親しい友人なんだと思う。
「クラウス、離れの屋敷を暫く貸せ! 」
お父様が後からやってきてクラウスに言う。
酷く雑な言い方に私は、唖然としてしまった。
お父様ってこんなだった? 家の中でのお父様の姿と違うよね? 家では公爵……高位貴族らしく紳士的な振る舞いと口調なのに、お外だとこんなにぞんざいな感じなの?
助けに来てくれた時からずっとこんな感じだから、違和感が半端ない。今まで知らなかったお父様の一面を見てしまっているの? 何て言うか野性味溢れる? ワイルドなお父様って新鮮すぎる。
「いいよ。オルフェス。」
クラウスは頷いて、お父様に顔を向けた。
「助かる。ついでにティアを任せていいか? 」
お父様?
「勿論だよ。任せて。」
「ティア、すまない。アレクとディーンに聞きたいことがあるから、屋敷にはクラウスに連れていってもらってくれ。」
ん? んんん? あれ?
何か忘れているような……。
あっ!
「お父様! 熊さんは? ユランさんはどこですか? 」
何ということだ! 私……お父様が助けに来てくれた驚きと喜びで……今の今までユランさんのことを忘れていた!
「熊の獣人か? それなら部下に捕獲させてある。」
ひぇぇ、捕獲うううっ!
ユランさんごめんなさいっ!
「お父様! ユランさんは私と雇用契約を結んでいるのです! ですから、私にお返しください。」
お父様は少し驚いた顔をして、ハッ!としたように私の全身を見た。
「ティア、お前……少し変わったか? 今までのティアと色が違う。」
ふへ?
色が違うとか……何を言っているのかわからないけれど、変わったというのは……私からしてみたら、お父様の方なんだけど。
「私にはわからないのですが、何か変わりましたか? 」
首を傾げて尋ねるとお父様は困ったように視線をしまよわせた。
「公爵さま、魔力のせいですよ。」
ホワイトナイト様が突然現れてお父様と私の間に入った。転移の魔法なのかな?
「ティアはさらわれたショックで魔法に目覚めたのです。ふふふ。とはいえ、まだろくに使えませんが。」
サラリとディスってくる。
お父様は目を見開いた。
「アレク! お前……。」
「はい? 」
ホワイトナイト様は目を細めて楽しそうに微笑んだ。
お父様は苦々しげな表情で声を低くする。
「その辺りも説明してもらおうか。」
怖いです! お父様。プルプルと震えそうになる。ああ、これが噂に聞いていた鬼の総長と呼ばれる所以なのか。ホワイトナイト様、よく平気だよね。っていうか、煽っていません?
「面倒くさいですね。」
「あああ? ティアの護衛から外すぞ! 」
ほら、ほらあ……絶対そうだ。わざと煽っている。
ホワイトナイト様って怖いもの知らずなの? お父様の一応部下だよね?
キョトンとして二人を見ていたら、
「公爵様、ティアが悲しみますよ? ティアから嫌われたいの? 」
ん? あれ? 私巻き込まれていない?
「 ティアはそれくらいでは嫌わない。私の娘だからな。」
「ティア、私がいないと困りますよね? ほら、貴女のことを心配していたこれを連れてきてあげましたよ。」
そう言うと、ホワイトナイト様はポンッ!と空間から何やら白い丸っこいものを取り出して、無造作に私へ放り投げた。
「わふっ! 」
反射的に両手を出して胸で受け止める。
モフッ! と重たい。
と思った瞬間、顔をペロペロと舐められた。
「猫ちゃんんん! 」
猫ちゃんの綺麗な青みがかった鮮やかな緑色の瞳がキラキラしている。
あの時、血で汚れていた口元も真っ白に戻っていてホッとした。
猫ちゃんは無事に逃げ延びてここに帰って来ていたんだね。良かった! とても嬉しい!
あ、また涙出そう。
最近、私、自分でも吃驚するぐらい涙脆くなっていない?
猫ちゃんは私の顎から口元、鼻先、目尻の辺りと顔中をペロペロしてくれる。
顔が猫ちゃんで埋まってしまいそう!
……だんだんくすぐったくなってきたよ。
そう思っていたら……不意に顔から猫ちゃんが居なくなった。
「躾がなっていないな。」
どこから現れたのか、ディーン様が猫ちゃんの首根っこを掴んでぶら下げていた。
「ティアも無防備すぎです。」
ディーン様は何故か猫ちゃん相手に不愉快そうに顔をしかめている。
なんでえ? 猫ちゃんに無防備とか……。
子猫だよ? ああ、もしかして実は豹だから危険だと思っているのかな?
「あの、ディーン様。この子……豹の子どもらしいんですけれど、馴れているし……さらわれた時も助けてくれようとした良い子なのですよ。だから危険ではないのです。」
上目遣いにディーン様を見上げて言うと、ディーン様は一瞬動きを止め……次の瞬間、冷ややかな凄みのある笑みを浮かべた。
背筋がゾクリとする。
怖い! 怖い! 怖い!
何でえ?
ディーン様、何か怒っている?
「ティア、あれは雄だよ。 」
ふえ?
以前、ホワイトナイト様が言っていたのと同じことをディーン様まで言いだした。
雄っていっても豹の子どもだよ?
そこまで拘る意味がわからない。
「不用意に舐めさせないで。また匂いの上書きされたい? 」
んえ? あ、ええええ?
あんな恥ずかしいことはされたくない!
すごく良い香りだったけど……。
包み込むような……優しくて……誘うような甘い……。
身体の奥がキュンとした。
思い出しちゃ駄目だ!
……あの酩酊感……もっと嗅ぎたくなるディーン様の匂い。
思い出したら駄目なのに……。
匂いに誘われて自ら嗅いでしまったことをしっかり思い出してしまった。
恥ずかしい!
顔が熱くなる。きっと真っ赤だ。
「ごめんなさい。気をつけます。」
匂いの上書きを恐れるあまり……秒で陥落した。
「アレク、躾てね。」
ディーン様はホワイトナイト様に猫ちゃんを投げた。
うちの猫ちゃんの扱い方!
可哀想すぎる。
「そろそろ行くぞ。」
お父様がしびれを切らしたように言った。
ちょっと待って!
何故か話が逸れちゃっていたのだけれど……。
「お父様! ユランさんを私に返してください。」
ユランさんとの契約のこともあるし、屋敷へ戻るなら連れて行きたい。
お父様はじっと私を見つめてからため息をついた。
「ティアは、アスラン殿下のせいのせいなのか? 強くなったな。」
はへ?
きっかけは、アスラン様だったかもしれないけれど、多分……前世の記憶を思い出したせいだと思うんだ。急激に私が変わったのだとしたら。
「わかった。連れてこさせよう。ゼクス! 熊の獣人を連れてこい! 」
えと、ゼクスって誰?
「はっ!」
お父様の影の中から返事が聞こえた。
何これ?
お父様の影が蠢いている。
どうなっているの?
「ゼクスは闇魔法の使い手で、影の中に潜めるのだ。」
不思議そうに見ていたら、お父様が説明してくれた。
魔導師って本当に偉大だ。
……私も早く魔法が使えるようになりたいな。
読んでくださりありがとうございます(*´▽`)
いいね、ブックマーク、評価をありがとうございます。
執筆が遅めではありますが皆さまが楽しんでくださるようなお話を書きたいと思います。




