幽閉されたアスラン様
お父様を国王様の元に残して私とサティス殿下はアスラン様が幽閉されている離宮へ向かった。
「途中足場が悪いです。手を繋いでも?」
国王様の居た宮殿を抜けると広い庭園に出た。
色とりどりの花が一面に咲いて風に揺れている。
とても綺麗だ。
真ん中に道が伸びていて、その先、木の生い茂った森のなかに高い塔がそびえているのが見えた。
あれがアスラン様の幽閉されている離宮?
森の入口あたりから地面に段差があったり木々の葉や枯れ枝が落ちていたりするみたい。
成る程歩きにくそうだ。
頷いて差し出した私の手を取り、サティス殿下は私の歩調に合わせて歩いていく。
かなり私の足元を気にしてくれているのかとても歩きやすい。
年下なのにしっかりしてるのよね、サティス殿下って。真面目で浮いた噂も全くないし。清廉潔白を地でいく感じの人だと思う。
サティス殿下の横顔を見ながらぼんやり考えていると、
「ティアーナ嬢、兄上は幽閉されてから幾分落ち着きを取り戻してきていますが、あなたをまた傷つけるかもしれません。」
サティス殿下がポツリと言う。
「ユノルト男爵令嬢と出会ってからの兄上は私にとっても悪夢のようでした。兄上の変わりようは尋常ではなかった。あれは溺愛なんて生優しいものではないです。邪悪な何かに魅了され精神を鎖で繋がれた囚人です。近しい者にはわかります。あの兄上が正常な執務ができなくなり無能に成り下がりました。あり得ないです。しかも、ユノルト男爵令嬢以外には全て無関心なのです。家族でさえもです。」
最後の方は口調が荒々しくなり辛い思いが痛い程伝わってきた。苦し気に顔を歪めたサティス殿下は、はっとしたように表情を改めた。
「不覚にも感情を表に出しすぎました。」
王族は常に感情の抑制ができるように教育される。そのせいだろうか、しょげたように肩を落とした。
でも、それを言ったらしょげるのも駄目なのでは?と思っていると、口元に手を当て考え深げに暫くじーっと私を見ていたサティス殿下は閃いたように頷いて言った。
「お義姉さまだとずっと思っていましたので、あなたの前だと無防備になってしまうようです。」
そして、「困りましたね。まぁ、あなたの前ならいいか。」とぶつぶつ呟いている。
それは、
婚約破棄後初めて明かされた驚愕の事実では???
国王様の前で言った時には聞き流したけれど、サティス殿下のなかでは私ってお義姉さんだったの?
運命の番が現れなかったら近い将来あり得た未来を感じて不思議な気持ちがした。アスラン様と結婚してサティス殿下と義姉弟になっていたかもしれない未来。潰えた未来……。
今日は驚いてばかりだ。
苦しんでいるのは私だけだと思っていたのに国王様もサティス殿下も苦しんでいた。
家族にも無関心とは思わなかった。
それではアスラン様は私だけではなく国王様やサティス殿下への家族愛までも失くしてしまったということ? そんなことがあるの?
それに話の中に気になることがあった。
正常な執務ができなくなったとは?
私は首を傾げる。
「サティス殿下、アスラン殿下が正常な執務ができなくなったとはどういうことですか?」
サティス殿下は今まで見たことがない皮肉めいた顔をして口角を上げた。
「傀儡。つまり、兄上はユノルト男爵令嬢の言う通りに執務を行うようになったんです。」
そんな!思わず耳を疑う。
運命の番ってそこまで影響力があるものなの?
「私、わからないのですが……
獣人の国では番のいらっしゃる方が多いですよね?そちらの国の執務はどうなっているのでしょう?番の方の言う通りにしていたら国が立ち行かなくなりそうですが。」
「私もそう思うのです。我が国と獣人の国とは公式には国交が無かったのですが、今回のことで陛下とは別に特使を派遣しました。もう少ししたら色々情報が入ってくるでしょう。」
サティス殿下とは思えない冷ややかな表情に目がいく。
彼は怒っているのかもしれない。
私だってそうだ。
アスラン様は幼少のころから聡明怜悧だった。
文事と武事に優れ皆から期待されていた。
自分の能力に傲ることなくいつも上を目指して努力していた。
私は物心ついたときからそんな彼をずっと見てきたから知っている。
きっと弟君のサティス殿下もそうなのだろう。
運命の番なんて滅びればいいのに!
物騒なことを考えてしまう。
運命の番のせいでアスラン様の人生も私の人生も狂わされた。
アスラン様が幸福になれるのなら私も心を殺して祝福しようと思う。でも彼は離宮に幽閉されているではないか。
このやるせない事態に改めてふつふつと怒りがわいてきた。
離宮の中に入り螺旋階段を上がっていくと龍の装飾が施された豪華な扉の前に着いた。
扉の前に金翼騎士団の騎士が二人立っていた。
アスラン様直属は銀翼騎士団。そして、サティス殿下直属が金翼騎士団だ。その他に白翼騎士団、紫翼騎士団、黒翼騎士団がある。騎士服の色で見分けられる。
「ここです。」
サティス殿下が手を上げて指示すると
騎士の1人が解錠して扉を開いてくれた。
部屋は広々としていて、王族に相応しい豪華な装飾と造りになっていた。
私は少し安心した。
これなら不便かもしれないけど思っていたより快適に過ごせるかもしれない。
そして、部屋の奥に目をやると、
窓辺に設置されている椅子にアスラン様の姿を見つけた。
ドクンと心臓が音をたてる。
「兄上、失礼します。
今日はティアーナ嬢と一緒に来ました。」
サティス殿下がアスラン様に声をかけた。
心臓の鼓動が速くなる。
アスラン様だ!
アスラン様は窓の外を見ていた。
長い銀色の髪がキラキラと窓から差し込む光に溶け、眩しくて、まるで夢でもみているようだ。アスラン様綺麗だなあ。胸がきゅんとする。泣きたくなるくらい愛おしくて、愛おしくてたまらない。好きが体中から溢れて止まらなくなる。好き!好き!好き!心臓がはちきれそう。私はアスラン様から目が離せなくなってしまう。やっぱり、無理だ。アスラン様を愛している。諦めるなんて無理だった。
息を詰めてアスラン様を見つめる。呼吸をするのも忘れて目に焼き付ける。
アスラン様は関心なさげに此方には目もくれずに窓の外を見たままだ。
運命の番に出会って私のことはどうでも良くなったアスラン様。
夜会のときに見たアスラン様の瞳を思い出す。
氷のようなアメジスト色の瞳。
またそれを向けられるのは怖いと思う。
私を愛していないと身に染みるから。
だけど……
アスラン様の横顔だけでは嫌だ。
此方を向いて欲しいと思う。
アスラン様の顔をちゃんと見たい。
その為に此処に来たのに。
「アスラン殿下!!!」
思わず呼んでしまった私の声は涙声になってしまっていた。
ここ数日泣きはらしたせいで涙もろくなっていたみたいだ。
サティス殿下が気遣うように私の肩を抱き寄せた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
泣くつもりなんてなかったのに。
思っていた以上にサティス殿下にも心配されているみたいだ。
私を慰めるように抱いている腕に力が込もる。
すると突然、目の前に影がさし、サティス殿下から奪い取るように身体ごとぐいっと引き寄せられた。
驚いて見あげたすぐそばに不機嫌そうなアスラン様の顔があった。
どうして?
はっと息を止めた瞬間、私は力強く抱きしめられていた。
心臓がどくんとした。
アスラン様の匂いがして、重なった身体から体温が伝わる。心臓の鼓動が激しくなる。
なにが?
一瞬だけ視線が絡まったような気がした。
「ティア、もうここへ来てはいけない。」
アスラン様は私の耳元でそう言うと、さっと私から腕をといて離れた。
驚いて固まっている私に背を向け、冷たく言い放つ。
「不愉快だ。二人とも帰りなさい。」
一体なんだったのか。
サティス殿下も驚いていた。
あの抱擁はなに?
アスラン様……私のことをティアって呼んだ。
頭の中がぐるぐるする。
サティス殿下と私は離宮を出た。
二人ともそれぞれ考え込んでいるせいか無言だった。
お父様の居る王の間に着く手前でサティス殿下がおもむろに口を開いた。
「もしかしたら、ユノルト男爵令嬢と離して離宮に幽閉したことが何かしら兄上の精神に影響を与えたのかもしれません。ティアーナ嬢、あなたの気持ちがまだ兄上にあるのなら、私と手を組みませんか?この先どうなるかわかりませんが、兄上のために情報を共有していきましょう。」
それは願ったり叶ったりだ。
私は了承して、今後定期的にサティス殿下と手紙のやり取りをすることにした。
王の間ではお父様が目に見えてわかるくらい心配しながら私を待っていた。
離宮での様子を報告した後、何故か国王様から自分の許可なく誰とも婚約しないことをきつく約束させられた。
つまり、私は王命で自由に結婚できないことが決定してしまったということだ。
困惑している私をサティス殿下が憐れむ様に見ていた。
「ティアーナ嬢は王家の執着体質を身をもって知ることになりそうだ」
サティス殿下の呟きは残念なことに私の耳には届かなかった。