対決
うっ!
オネエ司教の声!
と、同時に、
シュルシュルシュルと植物の蔓が地面から現れて私ごと熊さんの身体に巻き付いてきた。
次々と地面から緑が芽吹くように蔓がのびてきて私たちを絡めようとする。
緑色の檻が蔓でできていく。このままでは閉じ込められてしまいそう。
熊さんはそれを引きちぎっては投げ、破壊しながら走ろうとするけれど、蔓に覆われて足をとられる。
「グオオオオオオオオオ! オオオオオオ! 」
熊さんの咆哮が天に轟く。
大きく腕を降り動かし蔓と格闘しながら、顎を左右に動かして鋭い歯で噛み切っている。
ここで捕まってしまうの?
嫌だ! 後もう少しのところまで来たのに!
「ティアーナさまあ、いけない娘ねえ。」
熊さんの前方にじゃらじゃらと黒い宝石を纏ったようなオネエ司教が腕を組んで立っていた。相変わらずのキラキラ司教服だ。
シーツの隙間から顔を出して熊さんの肩越しに見ていた私と目が合う。
「貴女は、我が主の大切な人だから、傷つけたくはなかったのだけど、お仕置きは必要よねえ。」
オネエ司教はうっとりとした表情で赤い艶やかな唇を舌で舐めた。
つ……。
怖い!
この人絶対……ドSだよぉ。
すごい嬉しそうだし。何かゾワッとするし。
捕まったら終りな気がする!
「もぉ、逃げられないわよぉ。諦めなさい。」
いつの間にか、周りを修道服の黒ずくめの男たちに囲まれていた。
これは……絶体絶命では?
ああ、だけど、ディーン様が傍にいるって言っていた。だから……守ってくれると信じている!
……信じているけれど、もしかして夢だった? ディーン様の夢を見ていただけだった? 私の願望が見せた夢? 眠ったせいで記憶が朧気で自信が無くなってくる。
「俺は諦めないぞ! グオオオオオオオオオ!」
熊さんが吼えた。
仁王立ちで襲いかかる蔓を振り落としながら戦意を漲らせている。
「お嬢ちゃんも諦めんな! 」
ユランさんの言葉に身が引き締まる思いがした。
私もユランさんの手助けが少しでもできればいいのに!
魔法が使えたら!
何でもいい! 攻撃魔法が使えたらいいのに!
「さて、そろそろ本気をだすわよお。」
オネエ司教が妖艶に笑った。
緑色の蔓が墨を落としたように闇色に変わっていく。みるみる黒い蔓になり強度を増して襲いかかってきたその時、
「うちの娘を返してもらおう! 」
襲いかかってきた闇色の蔓が地面から芽吹く闇が、一瞬にして凍りついた!
冷気が立ち込め一面が銀世界になる。草も木も周りのもの全てが凍っていた。
黒ずくめの男たちも氷像のようになっている。
嘘! お父様っ?
私は目を大きく見開いて息を飲んだ。
どこから現れたのか、黒い騎士服に金糸と銀糸から成る龍の縫いとりのあるマントを纏ったお父様が空中に浮かんで立っていた。銀色の短い髪を風になびかせ怒りのオーラを放っていた。
そして、その後ろに、次々と黒い騎士服の男たちが現れる。
皆、マントに金糸の縫いとりがある。メイヴェ王国黒翼騎士団特務隊の人たちだ。
それが、どんどん増えて空を埋め尽くしていく。
えっ! ちょっと、これって1個中隊くらいいない?
200人はいそうなんだけど。数の多さに圧倒される。
はっ! あれはホワイトナイト様?
騎士たちの中にいて一際目立つ容姿の男が手を振っていた。
すごいよ。メイヴェ王国が誇る最強の魔導騎士たちがこんなに沢山!
お父様まで来てくれるなんて! お父様は総長だから国内で全騎士団の指揮を取っていて、滅多に前線に出ることなんてないのに。
胸が熱くなる。
どれだけ、私はお父様に心配をかけてしまったのだろう。
お父様自ら出張って来るほどにだ。
お父様の赤い瞳が冷たくオネエ司教を見下ろしていた。
「あら? 貴方、強面の美形じゃないのお。娘って言っていたわね。ふふふ。ティアーナ様のパパなの? ティアーナさまあ、無粋だわ。パパのお迎えなんて色っぽくないわあ。せめて、王子様か最愛の騎士にしなさいよお。」
「ほざけ! 」
ただでさえ、冷気に満ちているのに、周囲の温度が更に下がる。
「良い男なのに、おこりんぼさんなのねぇ。」
「それでは、」
アスラン様の声がする。
熊さんを挟んだすぐ目の前にふわりと空間から現れたディーン様が降り立った。
魔力の多い者は黒い髪になりやすいと云われていて、ホワイトナイト様も黒髪なんだけれどディーン様の黒髪は、こうしてまじまじと見つめると艶やかに輝いていて本当に綺麗な髪だ。細くて繊細な糸のよう。
あ……妙に目を引くと思ったら、いつもは三つ編みなのに編んでないんだ! 余裕でお尻の位置を越える長さの黒髪が風に煽られていた。
ディーン様は徐に指をパチンとならした。
その途端……
熊さんと私を檻のように囲いながら凍りついていた蔓がパリパリパリと砕け散った。
私は熊さんの背中をトントンと叩いて背中から降ろしてもらう。
漸くシーツの中から出られた。
少しよろけながらディーン様の前に立つと、ディーン様は跪いて私の手を取った。
「お迎えに上がりました。我らが姫。」
我らが姫えええ!
「………小賢しい騎士ごときが! 戯れ言を! 」
オネエ司教が忌々しげに顔をしかめる。
私の手を取ったまま立ち上がると、ディーン様はすっと表情消してオネエ司教を見据えた。
「貴方方の分が悪いのはお分かりでしょう? 我々と一戦交えますか? 」
酷薄な笑みを浮かべる。
ゾクリとした。
う、怖い! いつものディーン様とは違う冷酷な雰囲気に驚く。
まるで為政者のような圧がある。
ディーン様って不思議な人だ。ディーン様……あのホワイトナイト様の上司って言っていたっけ? 地位的にはお父様とホワイトナイト様の間くらい? 指示する側の人間だからこんな……背筋が凍るほど怖くもなれるのかな?
「この国は一応友好国ですが、別に戦争になっても私は構わないんだ。」
何かすごいことをディーン様が言っているんですけど! 国王様に怒られない? 地位があるとはいえ、一騎士が戦争を吹っ掛けるのは駄目でしょう? ディーン様って実はヤバい人なの? そう言えば……公爵家で不埒なことをされた獅子に対しても容赦無かったような……。
オネエ司教はぎりぎりと歯を噛み締め、鬼の形相で睨みつけた後、私の方を向いた。
「今回は引いてあげましょう。でもね、ティアーナ様は私の主のものなの。ゆめゆめ忘れないことね。」
どちらかと言うと、私に言い聞かせているようだ。
私は……誰のものでもない!
心の中で反論したのが聞こえたかのように……オネエ司教は煙るようなグレイの瞳を細めた。
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