朝イチで正面突破
何が起こっているのか分からない。
ディーン様が目の前にいる。
そのディーン様に口を塞がれていて、こんなに近くに顔があって、アスラン様と同じ匂いがして、アスラン様と同じ声が耳許で囁いている。
えっとぉ。
少しずつ頭が働いてきているけれど、パニック状態だ。
つ、近いっ!
近い! 近い! 近い!
一気に顔に熱が集まり真っ赤になった。
ドクン、ドクン……
音が聞こえそうなくらい心臓が激しく鼓動する。
ちょっと動いただけでディーン様の鼻先が唇が私に触れてしまいそう。
ディーン様の赤い瞳に目を奪われて瞬きすら忘れてしまった。
ディーン様!
えっと、あっ、あ、あの……。
ディーン様は私を助けに来てくれた?
でも、この距離は……。
近すぎです。
ディーン様は身じろぎもしない私にクスリと笑った。
「ティア、嬉しいけれど、この手を離してくれ。」
えっ、 ひゃああ!
寝ぼけて、ディーン様の首に両腕を回したままだった!
何てこと!
ああ、だからこんなにディーン様の顔が近いんだ。全部、私のせいじゃない!
顔から火がでそう! 嫌だ、私ったら! 夢でアスラン様を抱き締めたから、間違えてディーン様に。
慌てて腕を解いた。
寝ぼけていたとはいえ、恥ずかしすぎる!
しかも婚約者でもない男性を抱き締めるなんて……不埒過ぎて涙がでそう。
心臓の鼓動が激しい。
ああ、もう、私、死んじゃうかもしれない。
恥ずか死するよぉ。
ディーン様は目を細めた。
ふえ?
私の額に柔らかいものが触れる。
んあああ、ディーン様にキスされた?
「ティア、もう少ししたら夜が明ける。私は影に潜むけれど君の傍にいる。いいね。」
ディーン様は塞いでいた私の唇を解放すると背筋を伸ばした。
黒い騎士服に金糸の抜いとりのあるマントを纏ったいつも通りの彼の姿。
トクン!
私を真っ直ぐ見つめる彼に心臓が大きく脈打つ。
出会ってから……そんなに時が経っていないのに、声と匂いのせいなのか心が惹き付けられる。
どうしてこんなにドキドキするの?
アスラン様に似ているから?
姿かたちは全然違うのに?
私って、もしかして気が多い? 浮気性?
アメジスト色の瞳が大好きなくせに……赤い瞳にも惹かれるとか、うええ、駄目なやつじゃない?
あ……でも、ディーン様はうっとりするほど美しい顔立ちだし、魔力を秘めた長い黒髪に神秘的な赤い瞳で、誰が見ても魅力的なら……ドキドキするのは普通なのかも? きっと私に限らず皆が惹かれるはず! そうよ、きっとそうに違いない! そこまで考えてちょっとホッとした。
さっきの額のキスも……子どもにするみたいに、私を宥めるためよね。取り乱しそうなほど恥ずかしがっていたから。
……きっとそう。
「では、私は姿を消す。」
パサッとマントを翻したかと思った瞬間、ディーン様は跡形もなく消えてしまった。
今ここに、ディーン様が居たのが嘘みたいだ。夢じゃないよね?
ディーン様が来てくれたんだ!
じわじわと実感が湧いてくる。ディーン様も傍に居てくれるのなら本当にここから逃げられる? 私がユランさんと脱出するサポートをしてくれるって言っていた。ユランさんの脳筋計画にディーン様も乗るってことよね? 成功率がぐーんと上がったよね?
状況が好転してきた。ユランさんと話している時には思いもしなかった。ダメ元だったのに、期待してしまう。逃げられる! 脱出できる! 皆のところへ帰れる! お願い! 神様! どうか上手くいきますように!
最後は神頼みって……
「つ、ふっ。」
手で口を覆って声を殺して笑う。
私も大概だ。ユランさんのことは言えない。
ユランさんの言う朝イチまで後どのくらいだろう。
ディーン様のせいで目が冴えててしまった。
もう寝られないよ。
……そう思っていたのに、
私はシーツにくるまれて猛スピードで走る熊さんの背中の上で激しい揺れに耐えていた。
嘘おおお!
目が覚めたときには冗談かと思った。
絶対眠れないと思ったのに寝ていたの! しかも、結構深い眠りだったらしく……私は、振動で目が覚めることになった。
シーツで作った簡易おんぶ紐の中で!
私の全身をシーツでくるみ、たすき掛けのようにして、その端と端を熊さんは胸の辺りでしっかり結んでいた。
そう、ユランさんは大きな熊さんの姿に変身していた。
熊さんになって四本足で全力疾走しているのだ。
文字通り正面突破の真っ最中!
上に下に揺れる揺れる。シーツの隙間から見える景色がどんどん流れて行く。
盲信教団のアジト(神殿?)からどのくらいのところまで逃げて来ているのか見当もつかない。
「お嬢ちゃん! 舌を噛むから喋るんじゃないぞ! 」
ここがどの辺なのか聞こうと思ったのに注意されてしまった。
追ってはもうかかっているの?
オネエ司教は私が逃げ出したことに気がついた?
どこまで行ったら安全?
知りたいことは山ほどあるのに聞けない。
熊さんは相当走っただろうに疲れた素振りもみせずに走り続けている。
ユランさんすごいよ。
私も頑張ってこの揺れに耐えなければ。
とはいえ、すごく揺れる。シーツから飛び出ないのが不思議なくらいだ。
私が捕らえられていたところは人里離れた森の中だったみたい。
どこまでも木々が生い茂っている。その隙間を縫って熊さんは速度を落とさずに走っているのだから、とんでもない身体能力だと思う。
「もう少ししたら川に出る。そこまで行っ…… 」
ユランさんの言葉が止まる。
「逃げられると思ったあ? ティアーナさまあ。」
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