脳筋熊の脱出計画
良かったあ……。
ユランさんを雇えて本当に良かった。これで、ここを逃げられる可能性が格段に増す。
後はどうやってここから脱出するのか計画を練らないと。
「でね。ユランさんの仕事内容なんだけど……。」
詳しく説明しておかないとね。
「あー、だいたい見当はついている。お嬢ちゃんを元いた場所に返せばいいんだろう? 」
ユランさんは事も無げに言った。
「それより、なあ、お嬢ちゃん。対価の二つ目は長期になるだろう? その間俺を雇い続けろよ。」
あ、え? その辺りは考えていなかった。脱出したら終わりのつもりだったのだけど、そう言われるとそうよね。対価の約束を履行するには近くに居て貰ったほうが良いかもしれない。癒しの魔法が使えるようになったらユランさんに村へ案内して貰わないとだし。ちゃんと訓練しているところも見て貰わないとだよね。
「はい。公爵家に戻ったら長期の雇用契約を結びましょう。」
「それでいい。」
ユランさんは頷くと、何故かニヤリと笑った。
え? 何か不穏な……。
「それじゃあ、明日、朝イチで正面突破するから。そのつもりでいてくれ! 」
「『はあっ?』」
私と白一くんの言葉が被った。数刻前のユランさんと白一くんに負けないくらい……それは見事に!
「ああ、起きれなかったら寝ててもいいぜ。どっち道担いで逃げるから。」
ええっと、えええ?
まってまって? まさかの力業?
「脳筋なのはユランさんじゃないの! 」
ジト目でユランさんを見ると、ユランさんは得意気に胸を張って見せた。
「俺は獣人だからな。その方がはやいんだ! 本気で走れば魔導師でもなけりゃあ追いつけない。」
熊は時速50キロくらいだせるんだっけ? でも四本足でよね? 私担いでとか……無理じゃないの?
って、魔導師とはちょっと違うけど、あの鬼だか悪魔だか分からないメアがここに居たらちょっとやそっとでは逃げられなそうなんだけど? それにオネエ司教も侮れないし。そんな簡単な作戦(……って言えるの? )でいいの?
「取り敢えず、体力温存な! お嬢ちゃんは今日は早めに休んでくれ! それじゃあ、俺は行くぜ。」
こちらの不安をよそにユランさんは部屋から出ていってしまった。
大丈夫かなあ?
そんなんで脱出できるの? ユランさんは身体が大きいだけでなく考え方も大きかった? 大雑把すぎるよ。
だけど、どちらにせよ、私の危機的状況が変わらないなら、少しでも好転が望めそうな方へ進みたい。何もしなかったら確実に穢れで瀕死のダメージなのだから。
その後、カイさんが運んできてくれたご飯を食べて、早々に私は寝ることにした。
着の身着のままでさらわれて私物も無いから何の準備も要らないしね。
白一くんは私の中に入っておくらしい。
気を失っている間に連れてこられたから分からないけれど、色々な目にあったにしては、さらわれてからそんなに日数は経っていないと思うの。ぎりぎり特例試験に間に合いたいなあ。
私はベッドに横たわりシーツを頭まで被って目を閉じた。
……そうは言っても、端から上手く脱出できるとは思っていない。ユランさんを仲間に引き入れて戦力増強はしたけれど……ダメ元なのだ。ただ、ユランさんなら、強そうだし、ここの地理にも明るいだろうから逃げきれたら迷うことなく帰れる。私が一人で逃げるより断然マシだと思う。
何とか脱出できますように!
ぎゅっと閉じた瞼に力を込めた。
そして、
数分後……
薄暗い室内に寝息の音だけがきこえるようになった。
『ティア! 』
んあ?
『ティア! 』
後ろからぎゅっと抱き締められる。ふわりと香るのは………。
……アスランさまの匂い!
え? 何で?
声も匂いもアスラン様だ!
胸がキュンとする。
温もりを背中に感じて心臓の鼓動がはやくなる。
何で? 何で? 何で?
『ティア、もう大丈夫。辛い目にあわせてしまったね。』
耳をくすぐる大好きな人の声。
ああ……。これは夢だ。
私の願望が見せた夢。
夢なのに優しい言葉をかけられて……心から安心してしまっている。縋りたくなってしまっている。
アスラン様!
もう婚約者ではないのに。こんなことをする資格もないのに。
今だけ許して!
振り向いてアスラン様に両手を伸ばす。
ギュッとその首に手を回して力一杯抱き締めた。
頭を撫でられる感触と、抱き締めた身体の体温がリアル過ぎて……泣きたくなるくらい幸せで胸が締め付けられる。
「ティア、待たせてすまなかった。」
んえ?
額に柔らかいものが触れる。
気のせいか感触が何だか生々しい。額にキスされたような……。
「ティア、声を出さずにそろそろ起きてくれないか。」
起きて?
どういう?
今度は頬に柔らかいものが触れた。
んあ!
パチッ!と目を開けた途端、私に抱き締められ覆い被さる男の綺麗な顔が目に飛び込んできた。
え、あ!
驚いて声を上げそうになった私の唇を彼の手が塞ぐ。
ディーン様?
目を大きく見開いた私をディーンさまの赤い瞳がじっと見つめていた。
「口を開かないで聞いて! 君たちの計画は影で聞いていた。私はそのサポートする。聞きたいこともあるだろうが、脱出した後にこたえるよ。いいね。今度こそ私は君から離れない。」
ディーン様の瞳が揺らぐ。
「必ず君を守る。」
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