熊さんを雇いたい
「ユランさん、私に雇われませんか? 」
「『は? 』」
見事に白一くんとユランさんの言葉が被った。
『余りに唐突すぎるでしょう! 短絡にもほどがあります。』
「おい! ちょっと待て! 」
二人がそれぞれ同時に声を上げる。
えー、だって、こういうのって勢いでしょう?
日本のことわざにもあったじゃない?
思い立ったがなんちゃらって。
『ああ、ありましたね。吉日ですか? そうですね。勢いのある言葉ですね……。』
それきり、白一くんは遠くを見るような目付きで言葉を失くしてしまったかのように口を閉じた。
「お嬢ちゃん、あんた、突然何言い出すんだ! 自分の立場を分かっているのか! さらって来た俺を雇うとか頭おかしいだろ! 」
ユランさんが噛みつくように言う。
そうかもしれないけれど、対価が魅力的なら雇われない? この盲信教団とは関係の無い外部の人なら。
それに、ユランさんここの人カイさんにも態度大きかったし、ここの流儀に従わないみたいなことを宣言していたよね? だから、取り敢えず一手目を打つ。
「対価は、金貨300枚。」
「ああ? 」
ユランさんは顔をしかめた。
金貨300枚はかなりの大金だと思うんだけどな。
これでは駄目らしい。かなり不快そうな表情をしている。お金では動かない雇い主に忠実なタイプなのかな? 仕方がない。二手目を打つことにする。二手目はダメ元だ。
「それと、今はできないのだけど、私、修行して癒しの魔法を使えるようになります! そしたら貴方の村に行って聖女が見つかるまで延命のために定期的に癒しの魔法をかけます! それでどうでしょう? 」
「は? 未確定じゃねえか! そんな、できるかできないか分からないことを対価にするって言うのか! そんなの無理に決まっているだろう! 第一、お嬢ちゃん、あんた聖女じゃないんだろ? 聖女でもないのに癒しの魔法が使えるようになるって言うのか? おかしくないか? なあ、俺でもわかるように説明してみろよ! 」
息を荒くしてユランさんは言い募った。
あ……困ったなあ。
白一くんが訓練したらできるようになるって言ったからとは言えないし。
前世、巫女だったので神聖力持っていて光魔法が使えるみたいですとか言えたらいいんだけど。
『貴女をそんな短絡的なお馬鹿に育てたのは誰でしょうね。』
白一くんが酷いことをボソッと言ってくる。
むむむ。確かに自分でもちょっとどうかな? とは思ったよ。でも、時間が無いの。ユランさんが強力してくれたら脱出しやすくなると思ったのだけれど、これは失敗したかな? サクッと切り出し作戦。
『適当に作戦名つけるんじゃありません。』
白一くんに怒られた。
「説明はできません。信じてもらうしかないです。」
私はユランさんの目を見て真摯に言ってみた。
ユランさんは瞠目して、暫後……。
「グオオオオオオオオオ! 何なんだ! あんた! 」
盛大に頭を掻きむしって吼えた。
吃驚した! 飛び上がるほど驚いた!
熊だけど熊みたいに吼えられた。大音量だった! 部屋の外まで聞こえちゃったかな? 不味いよ! 不味いよ!どうしよう?
『はあー。』
私の肩の辺りにいた白一くんが大きなため息をついた。
『張ってありますよ。結界。貴女と違って私は良く考えていますから。』
そうなんだ。良かったあ!
ホッと胸を撫で下ろした。
でも、何か白一くん辛辣すぎない?
『辛辣も何も私は呆れ果てているのです。』
ぐすん。白一くんが冷たい。
悲しくなったけれど……。
そんなことより、ユランさんだ。
ユランさんは、吼えたことで興奮しているのか肩で息をしていた。
「ユランさん! 落ち着いてください。こんな提案されても困りますよね? それは重々承知しているのです。でも、私はこんなところで命を落とすわけにはいかない。ぐすぐずしているこの時間も惜しい。私はやりたいことがあるのです。その為だったらなんだってやる。」
「お嬢ちゃん、あんた、本物の馬鹿だったんだな! 」
そう言い放ってユランさんは頭を抱えてしまった。
うええ、白一くんとユランさん両方から馬鹿認定されちゃった。そんなに馬鹿げたことを言っているかな? 多分、頑張れば絶対癒しの魔法使えるようになるよ? やれば多分できる子だもの。私。
自分で、自分を慰める。
前世の能力のお陰でこちらで魔法が使えることがわかって、それが、『運命の番』の真実を得てアスラン様を幸せにするという目的遂行の為に有益だというのなら俄然やる気も出るというものだ。頑張れる!
だから、私を信じて欲しい。
「私は馬鹿かもしれない。でも、信じて欲しい。」
理由を説明できない以上……『信じて!』のゴリ押ししか無いよね。
『そういうところが、お馬鹿なんですけれど。』
白一くんは諦めたように続ける。
『……お馬鹿な子ほど可愛いのが辛い。」
白一くんの思考が崩壊しかかっているように見えるのは気のせいだよね? 大丈夫だよね……。
「細っこくて筋肉無いくせに、頭だけ脳筋かよ! 」
ものすごく失礼なことをユランさんは呟いて
「やべえな。俺、懐柔されているのか? 何か身の振り……どうでもよくなってきたわ。馬鹿な奴をほっとくと何しでかすか分からないからな。うおおお! 俺、まさか絆されているのか? ……ああ、昔から馬鹿な奴には弱かったか。俺は、面倒なのは嫌なんだか。いやいや、待て! 手間かけてあんな守りの固いとこからかっさらってきたのに、これじゃあ骨折り損だろう? 」
ぶつぶつ言い始めた。自問自答っぽい?
ここでも何か崩壊してきているような気がする。
ごめんなさい。もしかしたら私のせい?
「お嬢ちゃん、あんた、癒しの魔法はマジで使えるようになるのか? 」
白一くん、訓練したら使えるのよね?
白一くん頼みの確認。
『確実に使えますが、ティア様の努力しだいです! 」
努力するよ! 頑張るよ! 白一くん!
「はい! 必ず使えるようになります! 」
すると、ユランさんは首を振って降参したというように両手を上げた。
「その対価で雇われてやる。死ぬ気で訓練して癒しの魔法を使えるようになれよ! 」
ユランさんが仲間になった!
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