聖女に望むこと
ユランさんは暫く逡巡していた。身動き一つせず、彼の周りだけ時間が止まっているみたいに見える。瞳の中に彼の言葉を待っている私が映っていた。
「そうだな。どうしたって状況が変わるわけじゃないからな。」
ポツリと、ユランさんは言葉を溢した。
「お嬢ちゃんも知っているように俺は熊の獣人だ。俺の生まれた村はエンデ王国の北部の山奥にあるんだが……今年に入って村の女たちが次々と倒れて眠り続けてしまうという奇病が流行りだしたんだ。」
眠り続けてしまう奇病?
頭をガツンと殴られたような衝撃を感じた。
『私、お母様に会いたい! ふえええん! 』
泣いてお父様にすがる私。
『ティア、すまない。』
悲しくて辛そうなお父様に抱き締められている私。
柩の中で眠っているお母様。
心の奥底に閉じ込めていた記憶が甦ってくる。
五年前と同じではないか。
お母様が亡くなった原因不明の病……それがまた現れたというの?
血の気が引いていくのがわかる。
ユランさんは私の顔色が変わったのに気がついたのか訝しげな顔で見つめる。
あ……駄目だ。
身体がガクガク震えてしまう。
自分の腕を身体に回して耐えようとしたけれど、
『ティア様!』
白一くんが心配そうに顔を覗きこむ。
気分が悪い。何だかクラクラする。
「どうした? 大丈夫か! ずいぶん顔色がわるい。」
ユランさんが、さっと私の肩に手を伸ばして支えた。
「ごめんなさい。私が聞いたのに……。」
まさか、話がお母様を殺した病のこととは思いもよらず、気が動転してしまった。原因も治療法も解明されないまま自然終息していたのに再び猛威をふるっているというの?
ああ、そうか。
ユランさんは、聖女なら病を治すことができると考えたんだ。
ユランさんに支えられながら私はソファにフラフラと腰をおろした。
我ながら情けない。お母様のことは受け入れたはずだったのに。……こんな風になるなんて。
「ユランさんは聖女ならその病を治すことができると考えたのですね? 」
少し落ち着いたところで、私の考えが正しいことを確認する為に問う。
だけど、聖女にそれは可能なのだろうか?
もし可能であったなら五年前に私のお母様は助かっていたはずだ。ああ、でも、本物の聖女はいなかった。今、いるのは仮の聖女たちだ。光魔法は使えても簡単な癒しぐらいしかできないと聞く。
「そうだ。聖女に頼みたかった。」
ユランさんはこたえた。
あんな悲しい思いは誰にもして欲しくない。だけど、現状、病を癒す術はない。
本物の聖女なら病を癒せるの?
『病の原因によるでしょうが可能性はあります。……たとえ病を治癒できなくとも、癒しの力で延命はできるでしょう。』
白一くんが私の疑問に答えてくれる。
今の状況がすごすぎて忘れそうになるけれど……
ここは多分『メイツガ』の世界だ。『メイツガ』にティアーナなんて出てこないけれど、メイヴェ王国もヴィオラス王国もエンデ王国も出てくる。そして、なにより、オルフェス・ヴァルシード公爵……父とユリウス・ソルティオ・ヴィオニーヴェ陛下、サティス・ヴェル・メイヴェリア殿下、レオンハルト・フォーティス・エンデストリア殿下も攻略対象として出てくるのだ。だからほぼ間違いないと思う。そうなら、ヒロインもどこかにいるはず。ヒロインは聖女だった。『メイツガ』のストーリーは心の迷宮に囚われている攻略対象者たちと様々なイベントを経て好感度を上げていき最終的には攻略対象者を心の迷宮から解放して愛を確かめ合い番になるお話だ。その過程でヒロインは聖女と認められその力でこの世界を深い闇で閉ざそう目論んでいる魔王と闘うのだ。彼女が正しく聖女なら……病を治せるかもしれない。彼女の持つ魔力はヒロインだけあって絶大だったはず。
ヒロインはどこにいるのだろう。ピンクのふわっふわの髪という特徴だけはわかっているのだけれど、プレイヤーがヒロインに投影しやすいように顔の部分は黒塗りだったのだ。デフォルトネームも設定されていなかったし。
「私は、こちらの方々に聖女と勝手に思われてさらわれてきたのですが、これまで女神さまからの神託もありませんでしたし、神殿で学んだこともないのです。」
「ああ、俺たちがさらってきたからな。俺たちはこれで稼いでいる。だから悪かったとは言わないぜ。」
ユランさんはわざとらしい悪い顔で笑って見せた。
この場の雰囲気を軽くしようとしているみたいだ。
何だかんだ、ユランさんはやっぱり根本は良い人だと思う。
あ……!
白一くん、私にも魔力あるんだよね? もしかしたら、訓練次第では少しだけでも延命させられる治癒ってできるようになる? せめてヒロインが聖女として現れるまでの繋ぎにでもなれたらいいのに。
『貴女は忘れっぽいですね。私の本体が言ったことを忘れたのですか? 』
んえ?
何か言ってたっけ?
『言いましたよ。貴女は下手であまりやりませんでしたが、頑張ればケガも、なんなら病も治せたはずです、と。………要は、頑張ればです。為せばなるのです。ぜひ、為しましょう! 』
え、あ? ええええっ!
何か雲行きが怪しいくなってきたような。
これって……熱血特訓コースに足を踏み入れちゃった?
『どちらにせよ、貴方の目的を果たすためにも力は必要ではありませんか? 』
……そうだね。
力が無くって守られているだけだったから……こうやってさらわれた。さらわれたから学園に入れないかもしれない危機に瀕しているし、明後日、穢れにまみれた挙げく大ダメージで瀕死になるかもしれない。
全てを回避する良い方法はないの?
ユランさんは仕事として私をさらった。それなら、仕事として対価を支払えば……。
私が逃げる手助けを依頼するのはどうだろう?
読んでくださりありがとうございます(*´▽`)




