私は華じゃない
………ポチャン。
水滴が落ちる音がする。
清浄とした水の湧き出る泉。水中から伸びている神気の漂う鳥居。霞みがかった紫色の空を眺めながら私は水面に浮いていた。
ああ、私が真っ白になる。
気持ち良いなあ。
こうして浮いていると水と私が少しずつ溶けて……交わって……どちらが水なのか私なのかわからなくなってくる。すーっと溶けてなくなってしまいそうな……。
いっそ、溶けてしまおうか。
目を閉じると今度は感覚が大気に溶けていく。
ここは何時でも何もかもが凪いでいる。穏やかで静か。
私……疲れちゃった。
気が休まる間がなかったなあと改めて思う。
アスラン様から婚約破棄されてから色々なことがありすぎた。こんなに活動的……隣国に来たり? さらわれたり? 襲われたり? こうして聖域にいたり? な私は私じゃないみたい。ティアーナでも華でもない何か別の物のようだ。
目を開けて、アスラン様の瞳の色と同じ空を見る。
聖域というよりここは神域よね。
神様の気配が漂っている。
気配がわかるのは華の能力。
……不思議だ。これまでの私とは関わり合うことの無い世界だったのに華を思い出した途端、それが日常になっている。私はどこに向かおうとしているのかな? ちょっと迷子な気分。だってね。アスラン様から婚約破棄された公爵令嬢が、アスラン様の愛を諦めきれずにもがいている。それが私で、きっと、アスラン様の愛が失われたのを知っているから、行き場の無くなった私の愛の全てをアスラン様の幸せに注ぎ尽くして昇華しようとしているんだよ。冷静に考えたら、究極の自分勝手な欲なの。だからかな。上手く行かないのは。バチが当たっているからなのかも。最初から躓いているよね。最初の一歩だったはずの学園の入学もこのままでは無理だし、それ以前にさらわれちゃって、生け贄にされそうだし。いや、その前に、穢れの中に入れられて死にそうだし。何故か、メアみたいな鬼? 悪魔? はいるし、オネエ司教は頭おかしいし、なにより、私は、前世思い出しちゃっているし。
……どうしてこんな状況になっているのかな? 本とに私はどこへ向かっているの?
私ったら、ものすごくネガティブ?
その時、紫色の空に光が溢れた。
わあ! 綺麗!
ふわりふわりと光の粒子が雪のように舞い降りてきた。
光の粒はキラキラと絶え間なく落ちて、
みるみる水面に私の上に優しく降り積もっていく。
まるで光の精霊たちが迷子の私に寄り添ってくれているように思えた。
胸が切なくなる。
なんで、
なんで、なんで、こんな目に遭うの。
辛いよ。苦しいよ。
目の前が滲んでぶわっと涙が零れる。
私が何をしたというの。
こんな訳のわからない所は怖いの。
アスラン様からこんなに離れた所で死にたくない。
本当は心細いの我慢しているの!
みんなのところに帰りたいたいよ。
ホワイトナイト様もディーン様も守ってくれるって言ったのに!
「うえええええええん! 」
突然、堰を切ったように激しく泣きじゃくった。
涙が頬をつたい水面に落ちて溶けていく。
「ふ、うぐぐぐぐ、うえ、うええん! 」
巫女も華も前世もどうでもいい。
ただのティアーナがいい。だって私はティアーナだもの。大好きなお父様もお姉様もいる。
前世で華の人生は終わっているのに! 華の記憶なんて邪魔なだけ。今の私のティアーナの人生を生きたいのに……。
「ぐすっ、ふぐぅ、うええええん! 」
何で鬼がいるの? 穢れがあるの? 白がいて白一くんがいるの? どうして、前世の神域が夢の中に存在するの? 私はこんな華の姿でここで禊をしているの?
アスラン様のことだけで手一杯で余裕なんて無いのに。
華の世界がこちらに侵食してきているみたいじゃない。
いやだ! やだ! やだよ。
「うぐ、ぐすっ、ぐしゅん。」
それに、私の世界が……メイツガの世界ってどういうことなの?
冷静になればなるほど……
不安だった。足元から崩れるような感覚。
何かがおかしい。怖い。怖い。怖い。
だけど今私が崩れるわけにはいかない。気持ちを奮い立たせて、嘘でも強がって、敵に弱みをみせないで虚勢を張るしかないのに。
「ぐすっ。ぐす。ぐす。えええん。」
涙が流れるままに泣き続けて、
涙と一緒にこれ迄胸に溜めていたものを全て吐き出して……
空っぽになった私の心を埋め尽くすように、降り積もった光の粒がポワッと純白に輝く羽になって満たしていく。
すっかり満たされた途端、羽は全てを浄化して癒した後消えた。
あれ?
何で、私、こんなに泣いてしまったんだろう?
あの光のせい?
我に反って驚く。
泣き尽くして涙が出なくなってしまうぐらい泣いてしまった。
恥ずかしくて堪らない。
でも、滅茶苦茶すっきりしている。
ああ、禊が終わったんだ。
思っていた以上に穢れが溜まっていたみたい。
自分の負の感情があんなにあったなんてびっくりだ。
頭もクリアになっている気がする。
私はティアーナ。
アスラン様がいるこの世界が私の世界。
私は負けない。目が覚めたらここからなんとしても脱出する計画を立てよう。そして、学園に入る。
「そう、だからね、白と白一くん、私の事を華と呼ぶのは止めてティアと呼んで欲しいの。私はもう華じゃない。そうでしょう? 」
見えないけれど気配に向かって言う。
そして……数秒後、返事が反った。
『是。』
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楽しんでいただけるように頑張ります。




