国王様のおはなし
お城に着き、お父様にエスコートされて馬車から降りると、
私、やはり注目されているわよね。
お城に居る皆さまからの視線を感じる。
アスラン様とのことは知れわたっているだろうし、今年?いや今世紀?最大の醜聞だし。
「ティア」
大丈夫です。お父様。
気遣わしげに私を見つめたお父様にそっと微笑んだ。それは蕾が静かに花開くような可憐な笑み。
周りでほーっと感嘆のため息が聞こえる。
なに?
訝しげに首をかしげるとお父様は面白そうに口元を綻ばせた。
「サリナの執念だな。」
何故ここでサリナがでてくるの?
サリナの渾身の力作……
華美だけれども繊細で息を飲むように美しい姿と
今度のことで少しやつれて心許なげな雰囲気が庇護欲を誘い相まって人の目を惹き付けているのだが私は気がつかない。
困惑する私に「ははは」とお父様は笑った。
何が可笑しいのかさっぱりわからない。
ちょっとだけむくれる。
でも、笑うお父様のお陰で少しだけ緊張していた肩の力が抜けたような気がした。
広い廊下を歩いていると不意にお父様が足を止めた。つられて私も立ち止まる。
柱の影から優美な物腰で、黒色の髪を流すように顔の横で結わえ王家の色アメジストの瞳を持つアルフレッド・メルヴェーゼ王弟殿下が現れた。
「今日は王宮に来ていたの?ヴァルシード公爵。」
「はい。陛下に呼ばれましたので。」
お父様がこたえると、
「へえ、そうなんだ。」
王弟殿下は、どこか含みのある声で頷いた。
まさか、王弟殿下と出くわすとは思わなかった。お父様も少し怪訝な表情をしている。王弟殿下は陛下が即位した時に臣下に降下して大公領を治めている。だから王宮には普段いることはない。何か用事かな?確か、陛下とは歳が15才も離れていて現在25才。若いのに立派だなあと、手持ちぶさたに麗しい顔を眺めていると、王弟殿下が私を見た。
顔を眺めてたのがバレた?焦って挙動不審になりそうになるのを必死に抑えていると、
「ティアーナ嬢、大変だったね。」
唐突に、王弟殿下は空いている方の私の手を取り両手で包み込んだ。
そして、伏し目がちにいたわるように言葉を繋げた。
「私もあなたの気持ちを思うと胸が痛いよ。私は心からあなたの力になりたいと思う。どうか心の片隅でもいいから覚えておいて。そして何でも良いから私を頼って欲しい。」
思ってもいなかった言葉に二の句が継げなくなる。
王弟殿下からこんな言葉をかけてもらえる理由が見当たらない。そもそも、王弟殿下との関わりはほとんど無かったはず。
戸惑っていると、お父様がむんずと私の手から王弟殿下の手を引き剥がした。
「勝手に娘の手を握らないでいただきたい。」
挑むように王弟殿下をねめつけた。
「ふふ。不敬だよ、ヴァルシード公爵。このくらいで目くじらを立てるなんて心が狭いね。
ああ、そうだ。後日書簡が届くから。
それでは、またね。ティアーナ嬢。」
ひやあ!!!
吃驚した。
王弟殿下はさっと私の手を取ると口付けたのだ。
「では、失礼するよ。」
艶めいた流し目を私に送るとすたすたと去って行ってしまった。
呆気にとられて背中を見送る。
口付けられた手の甲が熱を帯びて熱い。
すさまじい衝撃だった。
心臓がばくばくする。
いったい何が起こったの?
お父様は胸ポケットからハンカチを取りだすと私の手をごしごしと拭いた。
「全く、けしからん。ティア、やつの言葉は忘れて良いからな。 」
王弟殿下もアレだけどお父様も大概だ。
壊れた人形のように私はこくこくと頷いた。
「時間を食ってしまったな。急ごう。」
再び歩き始めた私たちはようやく、広い廊下を抜け、王の間にたどり着いた。
扉を守る兵士にお父様が名を告げる。
すると、
「バルシード公爵様、ご息女様です。」
兵士の声と共に扉が開いた。
そこには……
王の椅子に腰かけた国王様とその隣に第二王子サティス・ヴェル・メイヴェリア様の姿があった。
どうしてここにサティス殿下がいるの?
サティス殿下は確か私より1つ年下の15才だったはず。アスラン様が銀の月ならサティス殿下は金の太陽に例えられる。煌めく黄金の髪を持つ彼はアスラン様とは異なる美しさを持っている。常に優しい雰囲気でアメジスト色の瞳は暖かい。同じ色でもアスラン様は少し冷たい色に見える。アスラン様の婚約者だった私にサティス殿下は礼儀正しく紳士然に振る舞っていた。小さい頃から知ってるのに、アスラン様を間に挟んで会話をするくらいで、婚約者の弟なのにそこまで親しくはなかったなあと改めて思った。
アスラン様はここには居なさそう。
ほっとする。
「国王陛下、殿下にご挨拶もうしあげます。」
お父様が国王様の前に膝をおり頭を下げる。
「国王陛下、殿下にご挨拶申しあげます。」
それに倣うように私もカーテシーをする。公爵家令嬢として王妃教育を受けたものとして優雅に完璧に。
国王様の目に称賛の色が浮かぶ。
「楽にしなさい。」
これから国王様は何を話すのだろう。
見当もつかない。不安でいっぱいになる。
「此度のことティアーナ嬢には改めて詫びよう。愚息のことすまなかった。」
なんと国王様が頭を下げた。
私もお父様も目を見開く。
「陛下、私などに!頭をおあげください。それに、アスランさ…殿下は愚息ではございません。とても素晴らしい方です。」
「ティアーナ嬢よ、あれは、アスランは残念だが廃嫡することにした。」
え?どういうこと?
自分の顔から血が引いて青ざめていくのがわかる。
アスラン様が廃嫡……。
次期国王として幼い頃から努力を惜しまなかったアスラン様。
彼は、誰よりも勤勉で民のために良い王になろうとしていた。
国王様は途方に暮れたように悲しげに口を開いた。
「ユノルト男爵令嬢が現れてからアスランはおかしくなってしまった。運命の番だとしても行き過ぎている。執務も滞るようになった。今、獣人の国エンデ王国にこちらの手の者を派遣して番について調べてもらっている。何かしらはっきりするまでアスランはユノルト男爵令嬢と引き離して離宮に幽閉したのだよ。」
あまりのことに言葉が見つからない。
幽閉……
アスラン様が幽閉された。
信じられない思いでいっぱいになる。
「ティアーナ嬢、私はそなたを赤子の頃から見てきた。そなたの父親オルフェスとは幼なじみだからな。忍んで良く遊びに行った。私はずっとそなたの義父だと思ってきた。」
アスラン様のことで頭がいっぱいなのに…
国王様はすがるように私を見つめてとんでもないことを言った。
「ティアーナ嬢、このサティスと婚約してはくれないだろうか。アスランとのことがあってまだ日も浅い。気持ちの整理もついてないだろうが、そなたにつけてた影から報告をうけてな。いてもたってもいられなくなった。そなた、隣国に行くのだろう。その前に是非とも受けて欲しい。」
は?影?
私に王家の影が付いていたの?
ちょっと待って
それはずっと見られてたってこと?
皇太子の婚約者だったから?
いやいやいや、それよりもサティス殿下の婚約者になれとは?
無理よ。だって私の体の真ん中にある穴は塞がっていない。まだ、アスラン様を愛してる。
血の気が引いていくような感じがして手のひらが冷たくなっていく。
『ティア、愛している。』
アスラン様の声だって現実に聞こえてくるように覚えているのに。
『ねぇ、ティア何があっても私の唯一は君だけだ。だから、妬いてくれるのは嬉しいけど信じて。』
あれは何の時だっけ……
諸外国の重鎮を招いた王宮の夜会で
アスラン様はもてて、公務でもあったから他国のお姫様と踊らなきゃいけなくて……
その中でもひときわ綺麗な方とお話しているのが親密に見えて……
夜会の後で私が焼きもちやいて盛大に拗ねちゃったときだ。
何があってもって言ったくせに。
「陛下!それは承知しかねます!」
お父様が不機嫌を隠さずに声を荒らげた。
「陛下は何を仰っているのか! 私の娘に酷いとはお思いになりませんか!毎日ティアーナは泣いているのですよ!憔悴しきっている娘を見ているのがどんなに辛いか!義父?冗談は休み休み仰ってください。ティアーナは王家には嫁がせません!」
お父様が不敬を通り越してキレている。
慌ててお父様の服の裾を引っ張る。
お父様落ち着いてください。
私は陛下の目を真摯に見て口を開く。
「陛下、誠に申しわけありません。私には身に余るほど光栄なお話ですが、婚約のお話は辞退させてください。
私は未だアスラン殿下を愛しているのです。
今は誰にも心を寄せることはできません。」
「少し宜しいですか陛下。」
国王様の傍らでじっと黙ってこの様子を見ていたサティス殿下が口を挟んだ。
「良い。」
「私は、まだティアーナ嬢を未来の義姉上だと思っています。兄上との婚約破棄は早計であったと考えます。兄上の廃嫡も未だするべきではないでしょう。時期尚早だと思います。
私は此度のことは腑に落ちません。陛下、総力を上げて調査するべきです。
そして、ティアーナ嬢、兄上はあなたのことを本当に愛していたんです。それだけは信じてあげてください。」
サティス殿下のアメジスト色の瞳が悲しげに揺らぐ。
私は、はっ!とした。
婚約破棄の驚きと悲しみが大きすぎて思考が停止していた。
何もかもを鵜呑みにして真実を見極めようともせず、私とアスラン様の15年を運命の番なんてものに簡単に取り上げさせようとしてた。
アスラン様の愛を失ったことに打ちひしがれて彼のことを忘れようとしていた。
私のアスラン様への気持ちはそんな安いものじゃなかったのに。
アスラン様から逃げるのではなく彼の為にできることがあるんじゃないかと初めて思った。
「サティス殿下、ありがとうございます。私は目が覚めるような思いです。私はアスラン様を諦めません。自分が納得できるまでアスラン様を想い続けます。隣国へはまいりますが、番について私も調べてみようと思います。」
サティス殿下は私を見つめ眼をしばたかせるとふんわり笑った。
「良かったです。」
思うところがあったのか国王様は瞠目して言った。
「承知した。サティスの言う通りにしよう。」
「陛下、私は離宮のアスラン様にお目通りできますか?」
気がついたら口に出していた。
「ティア!」
お父様が驚いて声を上げる。
私は、無性にアスラン様に会いたくなった。
会いたくて会いたくて会いたくて堪らない。
うちを出る時は会いたくなかったくせに。
今はアスラン様の顔を一目だけでも見たい。
「許可しよう。サティスに案内させよう。
サティス良いか?」
「はい。」