司教様と会う
ふわあ……。
カイさんが開けてくれた扉の先に、
目の前に黒い宝石をジャラジャラとまるで全身に散りばめているような司教服が立っていた。……目が覚めるような美しい細身の男なのに服がすごすぎてそっちにしか目がいかない。肩に落ちる銀色の髪に煙るようなグレイの瞳は、艶めいた雰囲気がある。でも駄目。宝石のキラキラに目が奪われてしまう。
「ティアーナ様、ようこそお越しくださいました。ふふふっ。我が主もお喜びになるでしょう。」
女性のような話し方をする。
まさかのオネエ系?
楽しそうに目を細めて笑みを浮かべている。
左目の下に泣きぼくろがあって色っぽい。
私をさらって無理やり連れて来たのに、ようこそお越しくださいましたはない。
この人たちは善悪の区別がないのかな。ていうより悪いことをしているという意識事態が無さそう。
オニキス神の信者は狂信的すぎて危ない人ばかりなのかもしれない。それにしても、オニキス神ってどんな神さまなのだろう。よくよく考えてみたけれどやっぱり聞いたことがない。私をその神に捧げるとか言っていたけれど生け贄にでもされるとしたら……オニキス神は邪神だ。
「来たくて来たわけではありません。とても迷惑しています。」
渋面を作って言うと、彼は本当に愉快そうに笑った。
「そんな悲しくなるようなことを言わないでちょうだい。私たちは嬉しくてたまらないのだから。ふふふ。思っていたよりも易々と貴女を手にいれらたの。まんまと貴女の護衛たちの鼻をあかしてやったわ。今ごろ、さぞ悔しがっていることでしょうね。笑えるわぁ。」
頬に手を当て首を傾げるようにして肩を揺らしている。
彼のグレイの瞳がネットリとした視線を向けてきて鳥肌が立った。
確かに私は易々とさらわれた。
多分……あの時、護衛は部屋の中にいたユノー以外にも……流石に王家の影はいなくても、過保護なお父様のことだ。公爵家の影ぐらいはつけていたはず。それに……ディーン様。影から私を守ると言っていた。彼はどうしただろう。不意に彼のことを思い出して心臓がトクンとする。あの月の無い夜のディーン様。黒い騎士服と黒い髪で暗闇に紛れそうだった。ここの黒ずくめの男たちよりも黒く感じた。子供のように抱っこされて……彼のマントにくるまれていたけれど、まるでアスラン様の匂いにくるまれているようだった。心がふわりと暖かくなる。ディーン様が私がさらわれたことで気にやんでいないといいけれど。
それにしても困った。このままではミカエリス学園の特例試験……あんなに勉強したのに受けられなくなりそうになっている。メイヴェ王国最強のホワイトナイト様が席を外している間にやられたとはいえ……ホワイトナイト様は気にやむくらいが丁度良い気がする。
さらわれるなんてもっての他だけど最悪のタイミングだった。私は絶対に学園に入らなければいけないのに。
そんなことを考えていたら、口振りからしてもこのオネエ司教様が元凶な気がしてきた。
「ティアーナ様は我が主の大切な人。大事にするから安心してちょうだい。」
黒い宝石を散りばめた袖が私のほうに伸びてきてビクリとする。
「そんな怖がらなくてもいいのよ。ああ、早く主に貴女を見せたいわぁ。」
指先で私の頬をツーッとなぞった。
「あら、」
オネエ司教様は目を瞬かせて両手で私のほっぺたを掴むと突然ムニムニさせた。
引っ張られて地味に痛い。
いきなり何なの。
「柔らかいわぁ。触り心地最高ねぇ。癖になりそぉ。ふふっ。主より先に触れてしまったわぁ。怒られちゃうかしら。」
どうやら、私の頬を気に入ったようだ。
そもそも16歳のほっぺたなのだからもちもちしているに決まっている。オネエ司教様は見た感じ二十代後半くらいだからそれはお肌に差はでるだろう。しかし、なぜお肌? あまりに能天気な様子に呆れてしまう。その上、元凶がこの男だと思ったらムカムカしてきた。
「あなたは、何なのですか? 私にはこんなことをしている暇はないのです。早く帰りたい。」
その瞬間、オネエ司教様はスッと笑みを消した。
「ごめんなさいね。帰すわけにはいかないの。」
そして、酷薄な表情を浮かべる。美しい顔がゾッとするほど妖艶になった。
「貴女は我が主のものになるのよ。それが貴女の運命。だから諦めて。良い子だからここに居るのよ。」
うわあ!
『運命』という言葉にカチンとくる。
またもや『運命』だ。
ああ、もう!
『運命』って言葉は大嫌い。
どんな表情をオネエ司教様が浮かべようと忌避感が強すぎてちっとも怖くない。
アスラン様の運命の番然り。
私の運命然り。
『運命』なんて私は拒絶する。
『運命』と言われようと私は諦めない。
「嫌です。」
私はきっぱりと断った。
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