華の記憶
すーっと息をすって大声を上げた。
「誰か! 誰かいませんか! 」
白一くんは身体をくねらせながらフニフニ漂って様子を見ている。
「誰か! 」
もう一度叫ぼうとした時、扉がバン!と開いた。
「騒ぐな! 」
やって来たのは、私をさらって連れてきた一人、大男の熊のような男だった。
怪訝に室内を見回し、床に転がっているラムダさんを見つける。
「お前がやったのか? 」
はあ?
何言っているの? こいつみたいな目で見てやった。
熊のような男は若干怯んだようすで自分の頬をポリポリと人差し指でかいた。
「なんか、雰囲気違うな。」
質問だか独り言だかわからない呟きをもらす。
それはそう。だって、私は思い出しちゃったんだもの。華の記憶。だから、華の気性がそこかしこに出てきている。ティアーナは公爵令嬢でそういう風に育てられたから、自分で言うのもなんだけど奥ゆかしい。仕草も言葉使いも上流階級のものだ。絵に描いたような中世のお嬢様。対して華は庶民だったし、そもそも身分制度のない世界だった。ごくありふれた平凡な女の子。性格は大人しい方だったけれど、一本芯の通った強さを持っていた。そして、ポジティブで一途な所があった。これはティアーナの中にも秘めたところにちゃんとある。そう考えると、結構ティアーナと華は魂が同じだけあって似ているのかな。
……あ、でも完全に似てないところもある。仕草と言葉遣いだ。庶民の華では公爵令嬢としての品位が下がっちゃう。よくよく振り返ってみると、このところの私は華っぽかったような気がする。記憶を思い出しかけていたのかな。……それにしても、変なのよね。現在の私はティアーナでその世界に生きているのに、転生前に華と一緒にいた白一くんがどうしてここに存在しているの?
熊のような男は、ラムダさんの側に屈んでちらりと様子をみると
「呼吸はしているようだ。誰かここの者を呼ぶか。」
と言って足早に部屋から出ていった。
私の顔の横でさっきから白一くんがフワフワいるんだけど、熊のような男が何も言わなかったところをみると、普通の人には見えていないらしい。
数分後、バタバタと複数の足音が部屋へ近づいてきて、修道服の黒ずくめの男たちが現れた。
私を見てハッとしたように丁寧に深々と頭を下げた。
「聖女さま。御前失礼いたします。この者のこのような有り様、お見苦しいものをお見せして誠に申しわけありません。直ちに片付けますので。」
またもや、『聖女さま』だ。
いやいや、片付けるは間違っているでしょう。
「ラムダさんはお医者様に診てもらってください。」
「おおおお! なんと、お優しい! さすが聖女さまです! 」
黒ずくめの男たちの1人が目を輝かせた。
いや、普通だから。
聖女扱いは本とやめて欲しい。
ため息をついて天井を仰ぐと、プカプカと漂う白一くんが憐れむような目で見ていた。
記憶が戻ったとき、華の全てを思い出したと思ったけれど、記憶を探っていくと所々曖昧なものや思い出せないものがあることに気がついた。大きなところで自分の死因とか? やっぱり気になるでしょ? どうやって死んだのかって。老衰? 病気? 事故? ただ、自分の年を取った姿が記憶にないのよね。若くして死んじゃったのかなあ? 転生だしなあ。記憶が残っているっていうだけでもレアだろうし、全てを覚えているわけでもないんだろうな。それにしても、転生は転生でもまさかの異世界転生……乙女ゲームの世界なんてやばすぎだよ。華には『迷宮の愛しい番さま』というものすごくはまっていたゲームがあったのだけど、国の名前や実在する人物の名前がそれと全く同じだった。でもね。ティアーナなんてゲームに出てこなかったのよ。モブに転生したってこと?
シュルシュルシュルと身をくねらせながら白一くんが私の頭を身体全体でよしよしするように撫でた。
撫でるというよりこれは遊んでいる感じ?
記憶がもどったばかりのせいか、頭の中にとりとめなく記憶が溢れてくる。
華は古い神社の家に生まれた。神代神社という。代々この家では娘が生まれたら巫女になるという仕来たりがあった。……娘が生まれたら王家に嫁ぐことに決まっていたティアーナと生まれた時点で未来が決定している所は似ている。……だから、神代華は生まれたときから巫女だった。古くて小さい神社なのにそういうところは妙に格式張っていた。
よくバイトとかでやるような巫女とは違って、華のは厳しい修練を積まなければならない巫女だった。それは産声を上げたときから始まっていた。というのも、華には生まれつき不思議な力があってこの世ならざるものが見えたから。妖怪、幽霊、神様、悪魔、天使などありとあらゆる存在するものが見えた。白一くんの本体である白は、なんと産まれた瞬間から傍にいた。華が初めて笑いかけたのは白だったぐらいだ。産声を上げたときから修練というのは、その瞬間に、この世ならざる悪しきものから身を守る修行が始まったからだ。この世ならざるものは華に対して悪戯ぐらいならまだましだが、憑依しようとしたり、連れ去ろうとしたり、食べようとしたり様々な害あることをしようとした。その為、華が邪気や悪しきものを祓うことができるようになるまで白は華を守りつつ教え導いてくれたのだ。
「聖女さま、司教様がお待ちです。ラムダの代わりに私がお連れいたします。」
他の黒ずくめの者たちがラムダを運んで行くのを見送って1人残った黒ずくめの男が私の前に進み出た。
「私は、カイと申します。」
頭を下げた。
カイさんは、長い黒髪と長い前髪で片方しか見えていない赤い目が印象的な男だった。
私は無理やり溢れる記憶を押し止めてこれからのことに集中した。
司教様に会いに行くのだ。
いわばここの幹部。
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