国王陛下からお城に呼び出しです
大きな鳥居をくぐると
向こうに優美で厳かな境内が見える。
ここは神域……
空気が澄んでいるのを肌で感じる。
周囲の木々のざわめきが気持ちいい。
子供のころからここに来ると癒された。
(ああ、私……今、癒しが必要なんだ。)
『また、来てたの?華はここが好きだね。』
白い着物に浅葱色の袴を着た長身の黒髪の男の人。顔は影になって見えない。
『うん、ここに来ると落ち着くの。』
これは私?
『そういえば、誕生日プレゼント……本当にあんなのが欲しいのか?』
『へへへ。高校生のお小遣いで買うには高いんだよ。」
遠い記憶……
「お嬢様!ティアーナお嬢様!起きてください。」
サリナの声がする。
懐かしい夢を見ていた気がするけど……全く覚えていなかった。
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「え?
陛下からの登城の要請ですか?」
隣国への旅の準備に忙しいなかお父様の執務室に呼ばれて行けば、お父様は眉間に皺を寄せ怒りをあらわにして言った。
「あんのくそギデオンめが」
不敬です。お父様……。
ギデオンと呼び捨てられているが、我らが国王陛下の御名である。いつもは陛下と呼んでいるのに余程腹に据えかねているらしい。以前聞いたはなしでは二人は幼なじみだったはず。
だけど呼び捨てはだめでしょ。
天井を仰ぐ。
「うちの娘にこれだけ酷いことをしておきながら、城に来いとはどの面下げてどの口がいってるんだ!」
お父様、怒っている。ものすごく怒っている。
不敬を通り越してお城に討ち入りしそうな剣幕だ。
「しかも王命ときた」
不満を爆発させ吐き捨てるように言った。
いつもは落ち着き払っているお父様がこのところ感情の起伏を隠そうともせず、寧ろ積極的に表に出している。
私のせいよね?間違いなく……。
「どのようなご用でしょうね?」
と、言ってはみたが心がざわつく。
お城へは行きたくないな。
あの夜会の記憶が甦り、自分の脈打つ音が耳のなかでドクンドクンと響く。
王命である以上行かないと駄目だ。
逆らえば臣下として反逆の私意があるとみなされるかもしれない。
でも、お城にはアスラン様がいる。
正直、アスラン様の冷々とした私のことなど露ほども関心がないというような瞳を向けられるのが怖い。
アスラン様がユノルト男爵令嬢と一緒に居るところを見るのも嫌だ。
見てしまったら……きっと冷静ではいられない。
思わず負の感情が溢れてきて俯いてしまった。
私の様子を見て取ったお父様はガシガシと頭を掻いて、はーっと息を吐いた。
そして、私の前に歩み寄ると腰をかがめ怒りを収めた凪いだ瞳で私と目を合わせた。
「私も一緒に登城する。何があろうと私がいる。ティア、大丈夫だ。」
深紅の瞳が力強く煌めく。
「もう、何者にも決してお前を傷つけさせない。」
お父様は安心させるように私の肩に手を置いた。
素直に、お父様の気持ちが嬉しかった。
私のために怒ってくれるのも、心配してくれるのも、励ましてくれるのも、全てが。
お父様の気持ちに応えたい!
そう思えた。
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登城の日、
朝早くからサリナに起こされ、あれよあれよという間にお風呂で体を磨かれ、コルセットでぎゅうぎゅうに体をしめられた。
いや、いつもよりしめすぎでしょう!苦しいから!
半分涙目になりながらお腹に力を入れて我慢する。
「お嬢さまあ、お城の方々をミカエシテやりましょうねぇ。」
えっと、サリナ?
サリナの表情に決意を秘めたような強いものを見つけて目を見張る。
「運命の番がなんだというのです。お嬢様のほうが断然美しく、気高く、尊いです!その上、お優しくて女神さまのようではありませんか!」
運命の番がなんだには激しく同意するけど、
それ以外は誉めすぎ。
身内贔屓だよ。
「美しくて愛らしいお嬢様をご覧になって皆さま後悔されるといいのですわ!本当に、お嬢様の髪は黄金に輝く絹糸のように美しく、瞳はピンクトルマリンのように神秘的な色合いで、その上、肌は透けるように白くて…うっ、うっ、うっ」
泣き出したサリナに申し訳なくなる。
「私は悔しいのです!お嬢様!なんなんですか!皇太子殿下はたかが番ごときに心を奪われるとか!お嬢様への愛はそんなものなんですか!悔しくて!不甲斐なくて!このサリナ!絶対に殿下を許しません!!」
「サリナ、そんなことを言ったら不敬罪で罰せられるわよ。私は大丈夫だから、ね。」
私のために怒ってくれるサリナ。宥めるようにその手を取り両手で包み込んだ。
「サリナ、ありがとう。」
怖いくらいに好戦的だけど、あなたが居てくれて心強い。
本当にね。
私への愛って何だったのかしらね。
もう何度も繰り返している問。
「というわけでお嬢様、今日は世界で一番綺麗にさせていただきます!もともとお綺麗ですがお嬢様は日頃控え目にされておりますから衣裳も装飾もより力をいれて選んでおります!」
えっと、
サリナの勢いに押しきられ、いつもよりかなり豪華で華美なドレスと装飾。気合いのはいった髪型に結われて少し心配だったが、自分でも吃驚するぐらい綺麗に仕上がった。
すごいわ、サリナ。
サリナの熱意と技術に畏れ入る。
一階のエントランスで待っていたお父様は、私を見て目を瞬いた。
「とても綺麗だ。」
「ありがとうございます。お父様。サリナのお陰です。」
「そうか。」
お父様は微笑むと、私をエスコートするために手を差し出した。