ハレンチ極まりない獅子の正体
すっと通った鼻梁。凛々しい眉毛。鋭い眼差し。精悍な顔でありながら、猛獣のような獰猛な雰囲気がある。首の後ろにチリチリとした感覚が走る。生存本能的な何かが刺激されているみたい。
怖いよ!
何かを見定めるように真っ直ぐ凝視してくるエメラルドグリーンの瞳にゾクリとした。
この方があの獣人の国……エンデ王国の第一王子、エンデストリア殿下?
全身の毛が総毛立つような威圧を感じる。
殿下は何の獣人なの?
きっと狂暴な猛獣に違いない……と、根拠もなく思う。
「私が自ら選んだ婚約者候補だからな。当然だろう。」
ユリウス陛下は私の髪に手を伸ばて一房取ると、エンデストリア殿下に見せつけるようにして口づけした。
ユリウス陛下は殿下から発せられている威圧なぞ歯牙にも掛けていない様子だ。
私は椅子から立ち上がると、堂々と落ち着いて見えるようにカーテシーをして、エンデストリア殿下を凝視し返した。
「ヴァルシード公爵が次女ティアーナ・ヴァルシードでございます。よろしくお願いいたします。」
エンデストリア殿下は一瞬驚いた顔をしたが、口角を上げて挑むように私を見据えた。
「私と踊っていただけませんか?ヴァルシード公爵令嬢。」
へ?
いきなりダンスに誘われてしまった。しかも候補とはいえ、ユリウス陛下の目の前で。
これは何?
親善的なもの? それとも、何か別の思惑が?
まだ、ユリウス陛下とファーストダンスを踊っていないから誰とも踊れない。それを分かっていて誘っているし。そもそも、私と踊りたい理由がわからない。
……つ、それ以上にどうして挑戦的な態度なの!
眼光が鋭すぎて睨まれているような気さえする。
ユリウス陛下に後ろから手を握られ軽く引かれた。
はっとして振り返ると魅惑的な笑みを浮かべた陛下と視線が絡まる。一瞬、その瞳に愉快そうな色が浮かぶ。
なに?
警戒した途端、繋いでいた手を思い切り引っ張られて、倒れるようにユリウス陛下の膝の上に乗せられてしまった。
えええ!
「無理だな。私の婚約者候補は私の膝の上が良いようだ。」
ちょっとまって!
断りかた!
普通に断ってえええ!
不敬かもしれないけど、ユリウス陛下! 可笑しいでしょ? それは!
結局、私は大勢の前で陛下の膝の上に座らされるというとんでもなく恥ずかしい目に合わされてしまったのだ。
酷すぎる。
恥ずかしすぎて泣きそうになった。
後から知ることになるのだけれど、この断り方は信じられないことに正しかった。獣人国であるエンデ王国に合わせた断り方だったのだ。『嘘おお! 』って叫んでしまってサリナに怒られちゃったのは後日談だ。
「それでは、仕方がないですね。今回は諦めましょう。これほど陛下が嫉妬深いとはね。ヴァルシード公爵令嬢、貴女には聞きたいことがある。時間をつくって欲しいのだが、断れば、また貴女の所へ行くことになるだろう。」
私に聞きたいこととは?
それより、またとは? まるで私の所へ来たことがあるような言い方だ。
私には全く覚えがないんだけど。だいたい、一国の王子が来たら大騒ぎでしょう?
目をぱちくりさせた私にエンデストリア殿下は肩を竦めた。
「まあいい。好きにする。」
それは不穏すぎるのですが!
訳がわからなすぎて眉間に皺がよりそうになるのを堪える。散々サリナから変顔になるのを注意されたからね。
と、
ひやっ!
不意に、耳に生暖かいものが触れてピクリとした!
「あれは、獅子だよ。」
触れたのがユリウス陛下の唇だったのにも驚いたけれど、『獅子』という言葉にもっと驚いた!
獅子いいい?
エンデストリア殿下は獅子の獣人なの?
獅子で思い出すのは………
人の匂いを嗅ぎまくってくれたホワイトナイト様が言うところのハレンチ極まりない獅子じゃないの!
「では、貴方が私に不埒なことをした獅子なの? 」
思わず言葉が溢れる。
「は? 」
エンデストリア殿下の顔が怒りを帯びた。
この人のせいで、私はあんなあんな!
ディーン様に抱きしめられて匂いをつけられちゃったじゃないの!
羞恥の余り死にそうになったことを思い出してカーッと顔に熱が集まる。
貴方が、あんな舐めるように私の身体中の匂いを嗅ぐから!
涙目になって睨んでしまった。
殿下の怒りを帯びた顔が狼狽える。
「まて! 誤解があるようだ! 」
「あんなことをするなんて、酷いです! 」
猛烈に怒りが湧いてくる。
殿下であろうが不敬だろうが抗議せずにはいられなかった。
「おや、殿下が私の婚約者候補と面識があったとは。ぜひ、私も経緯を知りたいね。知っているだろうが、私は嫉妬深いのだよ。」
ユリウス陛下は冷ややかに目を細めた。
ゾワゾワと背筋が寒くなる。
怖い! 怖い!
私は嘘の婚約者候補だから、本当は全然嫉妬なんて感じてないはずなのに……
何なの! この演技力!
ユリウス陛下に感心しながらも、このド迫力にのまれてしまう。
「私の探している者の匂いがしたので訪ねたことがある程度だ。」
さすがにエンデストリア殿下も少したじろいだ様子だ。
それにしてもだ。
めちゃくちゃ端折っている。
最終的にホワイトナイト様に吹き飛ばされて、ディーン様に運ばれて行ったのだ。そんな事言えないよね。一国の王子だし。
あの時、獣人かもとは思ったけれど、まさか獣人国の王子様だなんて思わなかったな。
そこまでして、誰を探しているのだろう?
「まあ、良い。だが、ティアーナは私の婚約者候補だ。ゆめゆめ忘れることのないように気を付けることだ。」
こうやって、ユリウス陛下は私の後ろ盾を知らしめていくのだと、陛下の膝の上に未だ座らされがっちり腰に回されている腕を見ながらため息をついてしまった。
もれなく会場中の人たちも目の当たりにしたことだろう。
後ろ盾はありがたいけれど色々と大丈夫なのだろうか………。
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