オルフェス・ヴァルシード 2
ここはメイヴェ王宮内にある騎士団総括室だ。
相変わらず、書類仕事が多い。もっと身体を動かしたいんだが。
そろそろ前線にでるかな。視察とでも銘打っておけばいいだろう。
副長官のいつもの報告を半分流しぎみに聞きながら、カリカリとペンを動かし書類にサインを書き込んでいたが、
「なに? 」
副長官の言葉にピキッ!と音が聞こえたように思えるほどオルフェスは固まった。
「ですから、エンデ王国が不穏な動きをしています。」
総長の放つ圧に額から流れる汗をハンカチで拭いながら報告する。
「どういうことだ? 詳しく報告しろ! 」
何故、今なんだ? タイミングが合いすぎてはいないか?
エンデ王国には正妃と側妃に一人ずつ息子がいて、水面下で皇太子争いがずっと続いていると聞く。第一王子派と第二王子派に別れ、それぞれを擁護する貴族たちが牽制しあい対立しているそうだ。過激な手段を講じる者もいるらしく特にまだ小さい第二王子は常に命の危険にさらされているという。まぁ、よくある話だ。
表立って国交のない我が国でもそのくらいの情報は得られる。主に、隣国ヴィオラス王国経由だが。
「エンデ王国からヴィオラス王国に放たれている密偵の数がかなり増えているようです。理由は判明しておりませんが。」
「密偵が増えるか。フェルナンド、お前の見立ては? 」
副長官……フェルナンドに問いかける。
「探し物をしているのではないかと考えております。」
私の副長官はおっとりしてぽわぽわしているように見えるが、実際は見た目に反して鋭い洞察力を持った男だ。情報の収集と分析に長けており、その能力はこの国随一だろう。
「探し物か。」
指でコツコツ机を叩きながら考えをめぐらす。
何もかも気にくわない。
ここのところ不可解なことが連続している。
ティアをヴィオラス王国に送り出してから一週間以上か。
治安が良いからクラウスの元に預けることにしたというのに、行ったその日に何者かの襲撃を受けたと伝令から聞いたときには剣を抜きそうになった。
しかも、野盗の類いではなく、明らかに暗殺を生業とする者たちだったらしい。雇い主を吐かせる為に数人生け捕りにしていたが、護送途中に死んでしまったということだ。予め毒などを持っていないことは確認していたのだが、どうやら後発的に現れる呪いを仕掛けられていたらしい。雇い主は元から彼らを襲撃後に始末するつもりだったのだ。
しかし、ティアを狙う理由がわからない。捜査は行き詰まっている。
ただでさえ、私はイライラしていた。
何が『氷の鬼総長』だ。笑える。
イライラの原因。
宮中から、五月蝿くアスラン殿下の周りで騒いでいたユノルト男爵令嬢の姿が急に見えなくなったのだ。
ティアがヴィオラス王国へ発った数日後だ。
ユノルト男爵を呼びだして聴取したが、のらりくらりと娘の居場所はわからないと言う。少し頭を冷やさせるために部屋で謹慎させていたら家出してしまったそうだ。怪しすぎるだろう! 拷問にでもかけてやろうかと思ったくらいだ。
更にイライラの原因。
アルフレッド・メルヴェーゼ王弟殿下だ。
ティアとの婚姻の話は断ったのにもかかわらず、しつこく書簡が送られてくる。
まるで熱烈な求愛だ。これまで、そんな素振りがあったか?
それに、アスラン殿下と婚約破棄したばかりだぞ。
いや、したばかりだからか。
誰かに取られる前にとでも考えているのかもな。
だが、やらんぞ!
胡散臭い!
そこへきて、エンデ王国の不穏な動きだ。
本当にイライラする。
「いっそ、この国放り出してティアの側に行くか。」
家はもうシェルに譲ればいいだろう。シェルは呆れるだろうが、母親に瓜二つのティアを大事にしているからな。むしろ早く譲ってティアの所へ行けと言うに違いない。
ティアの姉のシェルは、女にしとくには勿体ないぐらいの男気のある……あれは、もはや、性別女だが長男だな。基本なんでもできる。剣の腕は騎士団に入れるレベルだし、冷静な判断力とずば抜けた行動力。そつなく領地を治める能力もある。おまけに美人だ。
ティアとは7才歳が離れている。母親が死んだとき、シェルがその穴を埋め、ティアが母親とそっくりな笑顔で癒してくれた。
ティアは自分が母親の顔に似ているとは微塵も思っていなさそうだが。
「うわわわわ!やめてください! 貴方に放り出されては困ります!」
フェルナンドは心底恐ろしいと泣きそうな顔で懇願してきた。
ふん。言ってみただけだ。
「おやおや、また部下を泣かしているのですか?公爵様。」
急に現れるのはいつものこと。
目の前に黒衣の男が現れても驚かない。
艶めいた灰色の瞳が面白そうに揺らめいている。
「これのどこがそんな殊勝な男に見える?嘘泣きに決まっているだろうが。」
ちらりと副長官に目をやり、したり顔ですましているフェルナンドを示す。
「で? 暫く前から話をきいていたのだろう? 補足があるか? 」
恐らく、タイミングを見計らって出てきたのだろう。
隠密行動を得意とするこれにとっては容易いことだ。
アレクセイ・ホワイトナイト……アレクは私の直属。最も信頼する部下だ。魔導師でありながら剣術にも長けている黒翼騎士団特務隊の隊長である彼は規格外に強い。いわば最強。その彼をティアにつけた。
性格的にやや難はあるが、ティアが生まれた日にレギオンと等しく家に駆けつけた1人だ。『星のお告げがありました。このお方こそが私の女神です。私はこの瞬間からこのお方の僕となりました。』そう言ってレギオンと同じくらい周りの者たちをどん引かせていた。アレクもいささか執着ぎみにティアを慕って構いそうだったからできるだけ遠い任務に追いやったのだったな。当時13才だったか?まだ特務隊に入ったばかりだったな。若くから魔導師の才能が飛び抜けていたから、騎士団入りも早かった。
今回ティアを隣国に出すことにしたとき、アレクならティアを守りきるだろうと判断した。
ストーカーの如く遠見の魔法でティアをずっと守っていた変態だからな。恐ろしいほどの執着だがそれだけ信頼できる。それにこれだけティアを想っているのに邪なところが全く感じられないのだ。
「ありますよ。補足。」
アレクは艶然と微笑んだ。
「探し物は保護しています。私のティアは困ってしまう程に強運ですので。」
あああ! こいつ、ティアを遂に愛称呼びしやがった!
しかも、殴りたくなるくらい機嫌が良さそうだ。
ティアの護衛を任せたら、この綺麗な顔がとろっとろに蕩けたのを思い出した。長年に渡りティアを慕っていたのに側に寄らせて貰えないばかりかティアから認知すらされていなかったアレクは、歓喜に打ち震えた。あげく、目が逝ってしまったとにきは狂喜にも見えたなあと遠い目になる。
「それと、不本意ですが、影からティアを守る者を連れていきます。貴方にも口出しできない者です。」
…………!
「ああ、そうでした。ティアはヴィオラス王立ミカエリス学園に入学します。」
おいおい!
盛りだくさんすぎるだろう!
アレク……お前、
めちゃくちゃ楽しそうじゃないか!!!
読んでくださりありがとうございますm(_ _)m




