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王家には龍の血が流れているそうです


気がつくと自室のベッドに横になっていた。

何か……夢を見ていた気がするけど、思いだそうとすると頭がズキリとした。


あれは、現実かぁ……。


目を開けると、側に控えていたらしい私の専属メイドのサリナが駆け寄ってきた。


「ティアーナお嬢様、良かったです。お目覚めになられたのですね。お加減の悪いところはありませんか?」


サリナは私が3歳のときにうちに来て、それからずっと使えてくれている。身体能力も高く特別な訓練を受けた彼女は護衛も兼ねている。どんな時も私の側に在り、4歳年上の彼女は私にとってもう1人の姉のような存在でもある。優しくて世話焼きで……もともと過保護な感じなんだけど、いつも以上に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのは婚約破棄のことをもう知らされているからなのかな?


「ティアーナお嬢様……こんなに目蓋を腫らして。

目が溶けて無くなってしまいそうじゃないですか。」


ブツブツと言いながら目蓋に冷たいタオルを置いてくれた。

自分でも気がつかないうちに涙が出ていたみたい。

ひんやりとして気持ちがいい。


私……とても弱っているんだなあ。


涙が見えないようにタオルを目蓋から目を覆うように引っ張った。


夜会での二人の姿が目蓋に浮かびキュゥと胸が締め付けられる。


『マリエナ・ユノルト男爵令嬢だ。私の愛する番。私の唯一だ。』


アスラン様の声が頭の中で反芻する。


悲しみの波が押し寄せてきてぶわっと涙が溢れてはタオルに染み込んでいく。


じゃあ、私とアスラン様は?


「私のことも唯一と言ってたよ?アスラン様。」


うっかり、ポツリと声にだしてしまった。

サリナがピクリと肩を揺らし痛ましい者を見るように私を見て顔を歪めた。


あ、聞こえちゃったのかな?


今にも泣いてしまいそうな様子のサリナに慌てる。


ごめんね。サリナ。





一通り世話をしてもらったあと一人になりたいからと言ってサリナを部屋から追い出した。


きっとこんな状態だし、サリナは私を心配していると思う。でも、自分の身に起こったことを1人で落ち着いて考える時間が欲しかった。





昨夜以前、最後にアスラン様と会ったのは3日前だった。五歳から始まったお妃教育はほぼ終わっていたけれど、私はお城の図書室に通っていた。本を読むことはもともと好きだった。いずれ国王になるアスラン様のために少しでもお役にたちたいと思ったから、ありとあらゆる分野の本を貪欲に読んで知識を深める努力をした。そんな私をアスラン様は理解し、決して無理はしないようにと言い含められたけど好きなようにさせてくれていた。そして、登城した時には立太子してから忙しくてなかなか時間が取れなくなったアスラン様と二人きりでお茶をするのが習慣になっていた。


『ティアと少しでも一緒にいたい。私の望みを叶えてくれるね?本当ならずっと君のそばに居たいんだ。』


と言って、アスラン様はどんなに忙しくても私のために時間を作ってくれていた。

その日もアスラン様とお茶をした。



いつもと変わらない……



アスラン様の甘やかな瞳が私を映す。私だけに見せるうっとりするような微笑み。

私の鼓動はトクントクンと速くなる。

目も心も奪われ身体が熱を帯びる。

色っぽすぎて辛すぎる私の耳もとに唇を寄せる。


『ティア、君は私のものだ。』


アスラン様の色香を含んだ低い声。


耳が鮮明に覚えている。




恥ずかしいけど嬉しくて、くすぐったいような蕩けるような甘い時間だった。



全てを失ってしまった。



私の世界は凍りつき一瞬にしてパラパラと砕け散ってしまった。


私がアスラン様のものであるなら、彼は私のものであるのに。

そうでしょ?アスラン様。


だけど、あの時、最後に見た彼の瞳はもう私を映してはいなかった。




……あ、また泣きそう。

間欠的に泣き続けている。駄目だなあ……私。

喪失感が半端なくて……


気がつくと……

アスラン様……愛してる……愛してる……愛してる。

祈りのように何度も心の中で繰り返している。


失ってしまったものが大きすぎたから……

体の真ん中にぽっかり穴が空いてしまったみたいになっている。






ドアがノックされた。


「ティアーナお嬢様、旦那様がいらっしゃいました。」


「お父様?」


慌てて私はベッドから体を起こした。


「そのままで良い。」


開いたドアからいつも冷静なお父様が青ざめた顔で焦ったように入って来た。ベッドの側、サリナが用意した椅子に腰かけるとお父様は気遣わしげに私を見つめた。


「ティア、すまなかった。」


突然のお父様からの謝罪に吃驚してしまう。


お父様はこの国の騎士団総括室長官を勤めていて、氷の鬼総長と2つ名を持つ強面の美丈夫だ。銀色の髪と赤い瞳は見るものを惹き付け、同時に畏れられる。けれど、いつも威風堂々としていて正しく任務をこなしていく姿に崇拝する者も多い。そんなお父様が謝る姿なぞついぞ見たこともなかったのに。


「何故お父様が謝りになるのです?」


お父様は困ったように眉を下げ、戸惑うように言葉を繋いだ。お父様が戸惑うのも初めて見る。それほど今回のことは尋常でない事態なのだと思う。はっきり言って、なにがどうしてこうなった的なことは何にも理解できていない。


「私も未だ当惑している。まさかこんなことになるとは。……限りなく少ないはずだった。しかし、それでも可能性はあった。今、私は後悔している。お前と殿下を婚約させるべきではなかった。」


可能性が何?私、婚約破棄のせいで頭がおかしくなったのかな?お父様が何を言っているのかちっともわからない。


「何のことを仰っているのですか?お父様」


お父様は辛そうな面持ちで口元に手を持っていき目を伏せるとなにやら覚悟を決めたように話し始めた。


「あまり知られていないないことなんだが、

初代国王は龍族の姫と婚姻を結んだと伝えられている。故に王家には龍の血が入っているとされているのだ。だが、1000年以上も前のことなので龍の血は薄まり、稀に先祖帰り的に濃くなることはあってもそれだけで、何かしら問題があったり、ましてや、龍の番が現れたことなどこれまで1度もなかった。確かに、龍となれば番を求めるものであるけれど……まさか、アスラン殿下に。」


お父様は肩を落として、憔悴しきった様子で息を吐いた。


「……お前が会ったマリエナ・ユノルト男爵令嬢だが、彼女とは2日前に殿下が街へ視察に出たときに知り合ったらしい。出会ってすぐに殿下の様子がおかしくなられ、番であることが判明したそうだ。陛下も驚きになり困惑されておられたが、男爵という低い身分ではあるが、彼女が番であるといわれればお認めになるしかなかったようだ。我が国は獣人の国とは国交がないため情報が少ないが、番とは唯一無二で、愛情深くお互いに無しではいられないそうだ。離せば弱り死んでしまうとも伝えられている。かなり厄介なようだ。何より……知り合ってから間もないというのに、アスラン殿下がマリエナ嬢を溺愛して離さない。


本当にすまない、ティア 。お前の殿下への気持ちは知っている。こんなことになってしまって、どんなに辛いか。どうにもしてやれなくてすまない。私は、不甲斐ない父親だ。」


「お父様……。」


ぶわっと涙で目がかすみ溢れて頬をつたう。

お父様が心配してくれているのが痛いくらいに身に染みる。

どんな時も冷静で感情を表に出さないのに、お父様まで傷ついた顔をしている。


王家に龍の血が流れているなんて思ってもみなかったなあ。


番なんて獣人の国だけのものだと思っていたから自分には全く関係ないことだと思っていたし。番ってそんなに惹かれ合うものなの?会っただけで?それまでに持っていた気持ちはどうなるの?無くなっちゃうの?それってどうなの?って思う。これまでのアスラン様と私の一緒に過ごしてきた時間はどこへ消えちゃったの?愛していたのに、愛されていたと思っていたのに、出会ってしまえばこんなにあっさり消えてしまうものなの?

………消えたのよね。消えたからこんなことになったのよね。

愛するアスラン様はもう私を愛していないという現実。


「お父様のせいではありません。これは私の運命だったのでしょう。私はこれまでアスラン様と過ごせて、愛されて、本当に幸せだったのです。そこに後悔はありません。願わくば、アスラン様の番が私であったならと思わずにはいられませんが。」


見ればお父様の目にも涙がたまっていた。お父様が涙を流すなんて!氷の鬼総長が!でもきっとそれほどのことなのだ。


私はこれからどうしょう。


こんな風に、しかも突然、アスラン様の愛を失って心が全然ついていかない。ただただ辛くて悲しい。

涙も涙腺が壊れたように涸れない。


「ティアよ、お前はまだ若い。隣国へ留学するのはどうだろうか?こちらにいても此度のこと社交界の噂になるだろう。煩わしいだろうし、殿下の近くにいるのは辛かろう。」


隣国へ留学……。


ハッ!とした。


良いかもしれない。隣国へ行けば、ここから遠ざかれば、アスラン様のことを忘れられるかもしれない。

この苦しみから逃がれられる?

この体にぽっかり空いた穴も埋まる?

私、本当におかしくなっちゃったのかも……

自分でも驚くほど逃げ出したい。


「ティア、お前は夜会で気を失ってしまったから知らないだろうが、側に隣国ヴィオラス王国のヴィオニーヴェ王がいらっしゃったのだ。倒れたお前を恐れ多くも抱き止めて助けてくださったのだよ。いたくお前のことを心配してくださっていた。かの国に行くというのはどうだろう。ヴィオラス王国のデスターニア公爵と私は旧知の仲だからそちらに滞在できるように取り計らおう。そこで暫く静養して今後のことを考えれば良くはないか?」


私は吃驚した。恐れ多くも隣国の王様に迷惑を掛けしてしまっていたらしい。

意識を無くしてしまっていたとはいえ恥ずかしすぎる。淑女としてあるまじき行為だけど如何せん余裕がないのでそれは考えないことにした。


とにかく、今は……


ここには(アスラン様のいるこの国には)居たくない。


ただもうキツいのだ。アスラン様を思い浮かべるだけで心が、身体にぽっかり空いた穴が血を流す。





「お父様……宜しくお願いします。」


私は隣国へ行くことを決めた。



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