ホワイトナイト様は不思議な人
セバスに案内されたのはバルコニーから花に彩られた庭園が見渡せるとても素敵な部屋だった。落ち着いた造りで王宮にも負けないくらい豪華だ。警備の都合で三階ということもあって見張らしも良い。
私、ものすごくもてなされている?
お父様とクラウスの仲が気になってくる。旧知ってところをもっと詳しく聞いておくべきだったな。
「あの、セバス。先ほどクラウス様にお願いするのを忘れてしまっていたのですが」
サリナから猫ちゃんを受け取ってセバスに見せる。
「こちらへ来る途中で保護したのですが、この子も一緒にお世話になってもよろしいでしょうか?」
「旦那さまは動物がお好きですので大丈夫かとは思いますが、私から聞いておきましょう。」
セバスは優しく目を細めた。
物腰が柔らかく、穏やかそうな人だ。
この部屋に案内される途中の廊下で他の使用人たちとも擦れ違ったが、暖かい雰囲気を纏っており私たちを歓迎してくれていることが伝わってきた。
これから始まるここでの生活は過ごしやすそう。
私は安堵してそっと息をついた。
「ところで、こちらからもお願いがあるのですが。
お嬢様の専属メイドのサリナさん以外にこちらのメイドを1人おつけしてもよろしいでしょうか?」
セバスが考え深げに申し出た。
「構いませんが、サリナだけでも十分かと」
後ろに控えているサリナが肯定してぶんぶん頭をふっている気配がする。
サリナは優秀なので何でもこなす。何ならスカートの中に暗器も隠し持っているくらいだ。
「当家との調整役と思っていただければ」
お世話になるのだからここは受け入れといたほうが良さそうかな。
「わかりました。お願いします。」
「筆頭メイドのリゼです。彼女をおつけします。」
セバスの後ろから公爵家のお仕着せを着た細身の女性が現れた。女性よね? 青い髪を後ろで結わえた凛々しい感じの美女だ。長身なせいもあって中性的な感じがする。涼やかな水色の瞳が印象的だった。
「リゼと申します。よろしくお願いします。」
少し低音の落ち着いた声。格好いいなあ。見るからにできるメイドっぽい。筆頭って言ってもんね。
「こちらこそよろしくお願いしますね。」
微笑んで言うとリゼは一瞬目を見開いたが直ぐにお辞儀をした。
「では、お嬢様の専属メイドの私がしっかりリゼさんに教えますね。リゼさん、よろしく。」
早速、サリナは自分の方が立場は上だとリゼを牽制している。サリナって私のことに関しては容赦ないのよね。私の身の回りのことはリゼも含めてサリナに任せておけば大丈夫そう。
セバスは、サリナとリゼの様子を見て満足気に頷くと、
「それでは、失礼します。」
お辞儀をして部屋を退出した。
抱いている猫ちゃんの背中を撫でながら何気なく周囲を見回すと、
セバスと話をしている間に、カイルとユノーの二人は早くも扉の外で護衛業務を始めていた。
私の護衛騎士たちは優秀すぎる。お父様には本当に感謝しないとだ。
「そろそろ寛ぎませんか?お疲れでしょう?ティアーナ様。」
ホワイトナイト様が、慣れた手付きで予めテーブルに用意されてあった茶器でお茶をいれながら言った。
何故ホワイトナイト様が?
ああ! サリナはまだリゼにかかりっきりなのか。
サリナは、リゼに手近なことから教えているのだろう。仕事がはやい。『すべては、お嬢様の為に! 』とか思ってそう!
サリナの胸の内を想像したら吹き出しそうになってしまった。
それにしても、さすがに疲れちゃったな。
猫ちゃんを床に放してあげる。
猫ちゃんもずっと抱っこでは窮屈だよね。
ホワイトナイト様の言うとおりだ。
中身の濃い1日だった気がする。
私は、ホワイトナイト様に促されてテーブルの椅子に座った。
すると、当然のようにホワイトナイト様は向かい側の椅子に腰かけ蕩けるような微笑を浮かべた。
「お茶をどうぞ。」
ありがたく、ティーカップに口をつける。
美味しい。
ほーっと、息を吐いて目を閉じる。
思っていた以上に疲れていたのか、温かいお茶が身体に染み渡る。
目を開くとホワイトナイト様の煙るようなグレイの瞳と目が合った。
「気だるげなティアーナ様も美しいですね。その憂いを含んだピンクトルマリンの瞳に私の心は囚われてしまう。貴女に弄ばれてしまいそうだ。」
そっとホワイトナイト様は手を私に伸ばし頬を指でなぞった。
そして、迷惑な色気を垂れ流してくるのだ。
その色気を止めて!
いきなり変なこといわないで!
訝しげに見ると嬉そうに目を輝かせた。
そこは多分喜ぶところじゃないと思うんだけど。
だんだん彼に慣れてきてしまっている自分が怖い。
彼はすごく変だ。最初から……出会う前から? どういうわけか私を知っていて好ましいと思っているらしい。しかも過剰に。でも、私がアスラン様に抱いている感情とは違うみたいな気がする。何なんだろう。不思議よね。
「貴女のどんな表情も永遠に見ていたいです。」
ゆっくり頬から手を戻すとふいに彼の顔から表情が消えた。
「貴女は今日襲撃されました。そもそも、あのようなことがなければこの国に来ることも無く、襲撃にあうことも無く、こんなにお疲れになることも無かったでしょう。」
彼の纏う空気が凍りつくようだ。
怒っているの?
「愚かなメィヴェの第一王子なぞお忘れになると良いのですよ。たかだか男爵家の小娘に手玉に取られるような男、貴女には相応しくありません。」
いきなり何を? いったい何を言い出すの?
唐突すぎて頭がついていかない。
ホワイトナイト様のグレイの瞳があまりに冷ややかで背筋が凍りそうになる。
それよりも、
ホワイトナイト様はアスラン様を愚かと言ったの?
アスラン様のことを何も知らないくせに?
次代の王として彼ほど相応しい者はいない。一緒に育ってきたから私は知っている。妥協を許さず、己を律し、研鑽を積んできた彼をずっと隣で見てきたから。
だからそんなことを言うのはやめて!
ホワイトナイト様の手が私の唇に伸びあやすように親指で唇を押し開ける。
無意識に唇を噛んでいたらしい。
はっ!として彼の手を払いのけた。
緊張した空気に包まれる。
「とはいえ、ヴァルシード公爵様から貴女の邪魔をせずお守りするように仰せつかっていますからね。貴女のお好きなようになさると良い。それに、私は貴女の僕ですから。」
「貴方は転移門の管理者なのでしょ?その言い方だと元から私の護衛を任されていたように聞こえます。」
「そうですよ、ティア。」
緊張した空気を解すように、美しい顔にからかうような笑みを浮かべた。
なにはともあれ、空気がもとに戻りほっとする。
ホワイトナイト様は何もかも知っているのかな?
そういう口ぶりだよね。
あれ?
ティア?
勝手に愛称呼びしてるんだけど!
「ホワイトナイト様、愛称で呼ぶことはまだ許していません!」
思い切り睨むと、ホワイトナイト様は嬉しそうな顔をした。
だからそこは喜ぶところではないです!
「貴女と私の仲ですから至極自然のことですよ。これからは、これまでの分も含めて貴女をお守りする盾と剣になりましょう。私は、16年待ちましたからね。何人たりとも邪魔はさせません。」
全くもって理解できないのは私がおかしいのだろうか?
お父様、彼は何者ですか?
優雅な所作でお茶を飲むホワイトナイト様をじとりと見る。彼はそんな私に綺麗に笑ってみせた。
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