デスターニア公爵家
「サリナ、この猫ちゃん可愛いだけでなくって、とっても賢いと思わない?」
猫ちゃんの肉球をぷにぷに触りながら、サリナに同意を求める。
「そうですね。 お嬢様、僭越ながらその言葉を聞くのはもう11回目です。」
サリナは冷めた目つきで私と猫ちゃんを眺めている。
確かに『猫ちゃん可愛いわね。賢いわね。』って、言いながら猫ちゃんと遊んでいたけれど、サリナに尋ねたのはこれが初めてなのに。
「お嬢様と猫ちゃんを微笑ましく見ておりましたが、さすがに聞き飽きました。」
聞き飽きるほどだったとは。でもね、
「見て! サリナ! この愛くるしいエメラルドグリーンのお目目! ほら? この、小さいのに存在を主張してくるお髭なんてもうキュンってするでしょ?肉球は永遠に触っていたいくらい愛おしいし、この尻尾も危険すぎるくらい魅力的なの! 可愛いがすぎると思わない? 」
猫ちゃんの両脇を持ってサリナのほうに向けてみせて訴えれば。
「はいはい。」
サリナは、棒読みするようにこたえる。
「それにこの猫ちゃん、時々人の言葉がわかるんじゃないかと思うときがあるの。」
意気込んで力説しようとしたところで、馬車がとまった。
ホワイトナイト様が言っていた通り、
日暮れ前にデスターニア公爵家へ着いたようだ。
デスターニア公爵家は、結構遠くからでも見えるくらい大きくて立派な宮殿だった。敷地も広大で森や湖もあり色とりどりの花が咲き乱れ王宮にも負けないくらいの華やかさで圧倒された。うちも同じ公爵家だけあって華美ではあるがここまでではない。
サリナに猫ちゃんを預けて馬車から降り立つと、ずらりと両サイドにメイドたちが立ち並んでいた。その先の中央に執事を従えた20代後半くらいに見える美しい男性が立っている。
お父様と旧知の仲というお話だったけれど彼が公爵様?
お父様のお友達にしては若いような……。
馬車から降りるときにエスコートしてくれたホワイトナイト様に導かれるようにして公爵様らしき男性の前に進む。
近くで見ると本当に美しかった。気品のある端正な顔立ちで、甘やかな微笑みを湛えている。
「初めまして。私はクラウス・デスターニア公爵です。よく来てくださいました。貴女にお目にかかれるのをとても楽しみにしていたのですよ。」
「お初にお目にかかります。私はメィヴェ王国ヴァルシード公爵が次女ティアーナ・ヴァルシードでございます。此度は滞在をお許しくださり誠にありがとうございます。」
ドレスを摘まみ流れるように美しくカーテシーをする。
デスターニア公爵様は目を見張ると一つ頷いて
「ティアーナ嬢とお呼びしても?早速ですが、うちの子になりませんか?」
と、目が覚めるような美しい笑みを浮かべて言った。
へ?
私はポカーンと目を見開く。
冗談よね?
「公爵様、是非ティアーナとお呼びください。そして、あの、その、私の父が泣くと思いますので、申しわけありません。……でも、ご冗談ですよね?」
「ふふふ、どうでしょう?」
どうやら公爵様はお茶目さんなようだ。
軽く理解の範疇を越えてきた公爵様をそう思うことにした。
公爵様は、楽しそうに目を細めて綺麗な笑みを浮かべる。
「そういうことですので、ティアーナ嬢も私のことはクラウスとお呼びくださいね。」
………って、
そういうことでって、どういうこと?
誰かこの状況を説明して!
周囲を窺うが、頼りにしているサリナは遠いし、斜め後ろにいるホワイトナイト様は……助けになる気がしない。むしろ悪化させそうだ。ピリピリとした不機嫌そうなオーラを感じる。
どうにも公爵様は脈絡がなさすぎて私は、さっきから返答に困ってばかりだ。
ホワイトナイト様といいこの国にはおかしな人が多いのではないかと失礼なことを考えてしまう。
「さすがに、公爵様をお呼びするには不遜すぎますので、私は公爵様と」
「駄目です。クラウスとお呼びください。ほら、頑張って!」
えええええ!
周囲から憐れむような視線を感じる。
ふと横をみると『お嬢様頑張ってください! 』とばかりに目をキラキラさせて拳を握ってるメイドと目が合った。
もしかして、これってまさかの通過儀礼?
頑張らないといけないことなの?
一向に諦める気配のない公爵様に私は思わずため息をついた。
これは、譲歩しないと埒が明かなそう。
「クラウス様とお呼びさせていただきます。」
ガックリ肩を落とした私に、直後、更に止めの提案がなされる。
「折角だから、ティアーナ、クラウスと敬称無しで呼びあおう。その方が仲良くなれると思わないかい?
私は貴女と仲良くなりたいんだ。」
ひぇぇ。
私は頭を抱えてしまう。敬称無しの名前呼びなんて普通、親密な間柄でしか許されないよね?
ぎりぎり愛称じゃないだけましなの?
うちの子にならないかと勧誘されたから親子的な親密さを狙っているの?
でも公爵様ってお父様より絶対若いよね?
そう思いつつ公爵様を見やると、ものすごく期待を込めた眼差しでこちらを見詰めてくる。
あー、これは断れないやつだ。
何歳も年上な筈なのに、全力で尻尾をふりふりしている子犬に見える。
「わかりました。クラウス。」
敗北宣言をすると、クラウスは嬉そうに花がほころぶように笑った。
男でも見惚れそうだ。
すると、後ろから
「ティアーナ様、私もアレクセイと敬称抜きで呼んで欲しいです。」
しれっと、便乗してくるホワイトナイト様に顔がひきつる。
落ち着くのよ!私!
一人敬称を抜くのも二人抜くのも一緒ではないの? むしろ、これはこの国の慣例なのでは? と、本気で思ってしまったが……そこで、すっかり疲れてしまった私の頭は考えることを諦めた。
ホワイトナイト様のはスルーしよう。
ぼんやり思っていると、クラウスの後ろに控えていた執事らしき男が前に出てきた。
「お嬢様、私は家令のセバス・クノワートと申します。セバスとお呼びください。」
黒い燕尾服に身を包んだ男……セバスは頭を下げお辞儀をした。執事かと思っていたら家令だったらしい。家令にしては若く見えるが落ち着いた雰囲気の美丈夫だ。
「セバスに何でも言うといい。セバス、早速部屋に案内してやってくれ。」
「畏まりました。」
クラウスがセバスに指示をだし、セバスは恭しく首肯した。
「それで、ティアーナ様、私のことをアレクセイと呼んでくださいますか?それともアレクと? セイでもよろしいですよ?」
まだ諦めていなかったのか……。
何がそれでなの? しかも、敬称抜きから愛称呼びに進化しているし。
「ホワイトナイト様はホワイトナイト様ですね。」
ささやかな意地悪だ。猫ちゃんに意地悪してたし。
すると、ホワイトナイト様は右手で片目を覆うと意気消沈したようにうつむいたのだった。
読んでくださりありがとうございますm(_ _)m




