襲撃
「ティアーナお嬢様はすっかり猫ちゃんに夢中ですね。」
いつの間にか膝の上で眠ってしまった猫ちゃんを見ながら、恐らく目尻を下げて締まりのない顔になってしまっているだろう私に呆れたように言う。
「でも、良かったです。お嬢様の緊張が解けられて。メイヴェではずっとどこか張りつめた表情をしておられましたから。」
サリナが嬉しそうに笑った。
アスラン様のことでいっぱいいっぱいだったから。
婚約破棄されて、傷ついて、たくさん泣いて、アスラン様から逃げようとして……私は、かなり混乱していたんだろうな。アスラン様を諦めないと決めてからは、力が沸いてきて前向きになれたけど、頑張ろう!って少し気負いすぎていたのかもしれない。サリナにずいぶん心配をかけていたのだと思った。
「サリナ、私はもう大丈夫よ。目標ができたし。」
そう、私の目標。獣人の国エンデ王国のことを知る。そして、私とアスラン様の間を引き裂いた『運命の番』とは何なのかを知りたい。もっと詳細で明確な真実を。それを知り得た後、その先にアスラン様の幸せがあるといい。
「ねえ、サリナ、い……」
突然、馬車が大きく揺れた。
猫ちゃんの耳がピンと立つ。
「ティアーナ様!馬車が止まっても外に出られませんように!」
外からカイルの声が聞こえた。
「あ!窓に近付くのもだめですからね!」
襲撃?
複数の馬の足音と剣の合わさる音がして襲撃っぽいのにカイルの声には緊張感の欠片も感じられなかった。
ドドドドと地を鳴らす馬の駆ける音が四方からする。爆音やら雷が落ちたような音やら人の怒号らしきものもするけれど馬車の中では外がどうなっているのかさっぱりわからない。
ふと気がつけば、サリナは暗器を取り出し敵の襲撃に備えていた。
「ティアーナお嬢様、必ず私がお守りします。」
「ンニャア!」
猫ちゃんがサリナの言葉に呼応するように鳴いた。
魔物に怯むことなく立ち向かっていた姿といい、猫ちゃんはなかなか豪胆なのかもしれない。
「そんなに構えなくても、きっと大丈夫だと思う。」
ホワイトナイト様もいるし、カイルもユノーもメイヴェ王国最強クラスの騎士でお父様が選んだ護衛だもの。
馬車は襲撃者から止められることなく走り続けていた。
たまに急な方向転換はあるけれど、さほど揺れもせず安定している。
うん、絶対に大丈夫。
それにしても、何故襲撃されているの?
野盗?金品狙い?
ヴィオラス王国に来て早々に襲われるとか、この国は治安が悪いの?
でも、そんな国をお父様が勧めるはずがないし。
考えに耽っていると、静かに馬車が止まった。
「ティアーナ様、襲撃者の排除が終わりました。ご不快な思いをさせてしまい申しわけありません。」
馬車の扉越しにホワイトナイト様の声がした。
私は、急いで扉を開けようとしたが、外から押さえられているのか開かなかった。
「駄目です。扉は閉じたままでいてください。醜悪なもので貴女の清らかな目が穢れるといけませんので。」
清らかって……ホワイトナイトさまの目には何かおかしなフィルターでもかかっているの?
「皆、無事ですか?」
早々に扉を開けるのは諦めて、一番気になることを聞く。
「当然です。むしろ、あちらの方々は地獄を見たでしょうね。憐れみさえ覚えます。貴女の乗る馬車を襲ったのですから、それ相応の報いは受けていただきました。」
圧倒的にこちらが強かったってこと?
「貴女の護衛には現在、私たちの他に先ほどの騎士たちと、後程追い返そうと思いますが……王家の影がついています。」
ええええええっ!
お城で国王様が私に王家の影をつけていると言っていたけれど……。
「どうして、こんなところまで王家の影がついてきているの? 」
「恐らく、影のほとんどは、貴女が赤ちゃんの時からついていた者たちでしょうね。心配で陛下のお墨付きを貰ってきたのでしょう。」
何故、私が赤ちゃんの時のことを彼が知っているのか……本当に私たち今日初めて会ったのよね?
深く突っ込むと怖そう!
「では、日暮れまでには到着したいのでデスターニア公爵家へ急ぎます。」
これで話はすんだと言わんばかりにホワイトナイト様が扉から離れる気配がした。
馬のいななきとともに馬車が動き始めた。
それにしても、襲撃の目的は何だっの?
考え込む私の手を猫ちゃんがペロペロと励ますように舐めた。
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